2024(令和6)年10月から従業員数51人以上100人以下の企業でも、一定の短時間労働者に社会保険の加入が義務付けられる。経営者としては、制度変更に関する実務上の詳細は担当部門に任せるとしても、「パートの社会保険加入」に関するこれまでの歴史的経緯については承知をしておくとよいであろう。そこで今回は、パート労働者の社会保険加入基準について、歴史的な変遷を整理してみよう。
2024年10月開始「社会保険の適用拡大」を前に、いま経営者が知りたい「パートの社会保険加入」の歴史を解説

都道府県ごとに異なっていたパート労働者の社保加入基準

元来、パート労働者が厚生年金や健康保険に加入する際は、「全国的に統一された基準」というものが存在しなかった。そのため、都道府県ごとに地域の実情に応じた取扱基準を定め、運用するという方策が取られていた。

つまり、パート労働者の社会保険の加入基準は、都道府県ごとに異なることが少なくなかったわけである。

しかしながら、このような仕組みの結果として、パート労働者が都道府県をまたいで移動した場合に、取扱基準の相違からトラブルが発生してしまうことがあった。

そこで、自治体ごとに基準が相違することによる不都合を回避するため、今から40年以上前の1980(昭和55)年6月、当時の厚生省(現在の厚生労働省)によってパート労働者の社会保険加入に関する全国共通の基準が初めて定められ、利用されることになったのである。

1980年から始まった全国統一の「4分の3基準」

当時定められた統一基準は、「1日または1週の所定労働時間および1月の所定労働日数が常時雇用者のおおむね4分の3以上である場合には、原則として社会保険に加入する」という取り扱いである。

つまり、「働く時間数と日数の両方が一般社員のおおむね4分の3以上」ならば、一般社員と遜色のない働きぶりなのだから社会保険に加入してください、というわけである。この基準は「4分の3基準」と呼ばれた。

例えば、一般社員の1日の所定労働時間が8時間、1月の所定労働日数が 22 日という企業があるとする。この場合、1日の所定労働時間は6時間以上(=8時間×4分の3)、1月の所定労働日数は 16.5 日以上(=22 日×4分の3)で、いずれも「一般社員の4分の3以上」となる。

従って、この両方を満たす勤務形態のパート労働者の場合には厚生年金・健康保険に加入を義務付けられるというのが、「4分の3基準」の原則的な考え方になる。この4分の3という数値は、当時の雇用保険の加入ルールなどに準じて設定されたものである。

「4分の3基準」に内在した2つの問題点

ただし、旧厚生省が定めた「4分の3基準」には、2つの問題点が存在した。1 番目の問題点は、この基準が法律で定められたものではないことである。

実は「4分の3基準」は、旧厚生省が作成した“内かん”と呼ばれる内部文書に記載されていた基準である。“内かん”とは、行政機関の内部ルールを記した内規のような性格の文書であるため、記載内容に法的拘束力はないとする見解が一般的だ。従って、4分の3基準は「明確な法的根拠が存在しない基準」ということになる。

2番目の問題点は、判断基準が明確ではないことである。前述の「4分の3基準」の文章をよく見ると、単なる4分の3以上ではなく「おおむね4分の3以上」と記載されていることが分かる。

これは4分の3以上という数値基準が、必ずしも絶対的な基準ではないことを示している。そのため、「働く時間数と日数の両方が一般社員の4分の3以上」に該当しないケースでも、勤務の実態で判断した結果として社会保険加入を命じられる事例も存在した。つまり、制度を運営する行政側に、裁量の余地を残した基準というわけである。

以上のように、1980年にスタートしたパート労働者の4分の3基準は、「法的根拠と判断基準が曖昧である」という問題点を抱えたまま、その後長年にわたって運用され続けることになるのである。

2016年10月からは4分の3基準に当てはまらない「短時間労働者」も社保加入に

4分の3基準のスタートから30 数年経過した2016(平成28)年10 月1日、それまで利用されてきたパート労働者の「4分の3基準」がリニューアルされ、法的根拠が明確で行政サイドの裁量の余地を排除した「新しい4分の3基準」が使用されることになった。

あわせて、4分の3基準に当てはまらない短時間労働者についても、一定の要件を満たすと厚生年金・健康保険の加入を義務付ける全く新しい制度が、2016年10月1日から始まることになる。

具体的には、「従業員数 501 人以上の企業に勤める短時間労働者」の場合、4分の3基準に該当していなくても「週の所定労働時間が 20 時間以上である」などの要件を満たすと、社会保険への加入義務が生じるものである。

6年後の2022(令和4)年10月1日、短時間労働者が社会保険加入を義務付けられる制度は、対象となる企業の従業員数の基準が引き下げられ、従業員数101人以上500人以下の企業で働く短時間労働者が次の全ての要件を満たすと、厚生年金や健康保険への加入を義務付けられることになった。

1.週の所定労働時間が20時間以上である。
2.2ヵ月を超える雇用の見込みがある。
3.賃金の月額が8.8万円以上である。
4.学生ではない。

さらに2年後の2024(令和6)年10月1日からは、対象となる企業の従業員数の基準が再度引き下げられ、「従業員数51人以上100人以下の企業で働く短時間労働者」についても、上記4要件を満たすと社会保険に加入しなければならなくなるのである。以上がパート労働者の社会保険加入基準の変遷である。
パート労働者の社会保険加入基準の変遷
現在、厚生労働省の社会保障審議会では、「従業員数50人以下の企業で働く短時間労働者」にまで社会保険の適用を拡大することが議論されている。仮にそのようなことになれば、中小企業・小規模企業の企業運営に与える影響は、決して小さくはないであろう。
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