楠木 新著
朝日新書
777円
就活の勘違い―採用責任者の本音を明かす
新卒採用に関わる者なら、昨今の就活を見て「困ったものだ」と考えているはずだ。採用側の意識と正反対のことを、学生は就活の常識、王道と勘違いしている。この勘違いを正すためには採用責任者の本音を理解する必要がある。そこに本書が登場した。時宜にかなった内容だと思う。
「自己分析」が就活のカギと刷り込まれ、キャリアセンターの指導で面接スキルを磨く学生にとって驚きの内容かもしれない。
著者は1954年生まれ。これまでに3回就活に深く関わった。最初は30年前の自分の就活。2回目は1990年代前半に大手企業の採用責任者だった時。そして一昨年に娘の就活を取材した時。
これらの経験と、この2年間で採用責任者と学生に取材してきた内容を元に、本書は書かれている。学生の就活に役立つし、若手人事にとっても啓発されるものが多いはずだ。

本書は9章構成で各章の初めに「ポイント」が見開きでまとめられている。いくつかを紹介しよう。
第1章では「1回限りの短時間の面接で、あなたの採否が決まる。採用責任者は、迷いながら結論を出している」「就活は、相性やタイミングに左右される」「採用の基準は、自分の部下、後輩として一緒に働けるかどうかである」「目の前の面接官との関係性の中で採用の基準は成立している」というポイントが上げられている。
そして具体的なアドバイスとして「ありのまままの自分を表現すること」「異質な人との出会いや自己表現の機会として就活自体をうまく活用すること」が上げられている。
まったく著者の言う通りである。

よくある就活生の不満に「ホームページや入社案内が信用できない」というものがある。著者の意見は明快だ。「広告やPRだと割りきった上でどのように読むかがポイント」。「これらを掲載している会社は、掲載する企業側からフィーを取得しているのです。その会社の顧客は、企業であり学生ではありません」。
これらも大人にとっては常識だろう。テレビや雑誌、新聞のPRは広告代理店が製作している。採用PRも、採用支援会社が企業から受注し、コンテンツを制作している。実際に制作するのは編集プロダクションである。

学生は、就活を大学受験に似たものだろうと思い込み、「正解」があると勘違いしている。「正解」があると信じるから、業界を研究をしてエントリーシートの書き方を工夫する。しかし実際の採用は面接で決まってしまう。そこで面接の練習にはさらに多くの時間を割く。そこにも落とし穴がある。採用面接はコミュニケーションの場なのに、自分を格好良く見せるコンテストだと勘違いしているのだ。
就活学生はかなり多くの企業にプレエントリーする。数百社にプレエントリーする極端な例もある。しかし著者は「選択肢が増えれば増えるほど、実際の選択が難しくなるというパラドックスが存在する」と指摘している。選択肢を増やしていく行為が「ギャンブルに似ている」のである。

就活指南本に書かれていることの中には、けっこういい加減で根拠が不明なものも多い。どの指南本にも書いてある「自己分析」はその代表だ。著者は一昨年に娘の就活を取材した時に、はじめてこの言葉に出会っている。1990年代前半に大手企業の採用責任者を務めていた頃には「自己分析」という言葉はなかった、と書いている。
著者は「自己分析」の有効性に懐疑的だ。多くの人は新たな世界(就活もその一つ)に乗り出す時に、自己を分析し、能力を高め、資格を取得することが有効だと考えがちだ。自分の性格や行動様式を知っても次のステップは見えてこない。自分の足で情報を集め、自分の知らないタイプの人と出会い、感じるプロセスを経て、次のステップが見えてくるものだからだ。
「不安の反対語は、安心ではなくて行動なのです」と一文によって本書は終わる。採用側からも行動し、異質な人と出会い、感じるタイプの学生が欲しいだろう。こういう当たり前のことを説明する就活本は少なかった。
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