阿川佐和子 著
文春新書 840円
新卒採用で企業が学生に求める能力の1位は、コミュニケーション力だ。社会もビジネスも家庭もコミュニケーションによって成立しているから、人間としての基礎能力かもしれない。しかしこの能力を上げるのはかなり難しい。そこでお薦めしたいのが「聞く力」である。
文春新書 840円
新卒採用で企業が学生に求める能力の1位は、コミュニケーション力だ。社会もビジネスも家庭もコミュニケーションによって成立しているから、人間としての基礎能力かもしれない。しかしこの能力を上げるのはかなり難しい。そこでお薦めしたいのが「聞く力」である。
著者の阿川佐和子さんのことはよくご存じだろう。TVタックルの司会者を務め、いつも紛糾する議論を見事に仕切っている。『週刊文春』では「この人に会いたい」という対談を900回以上続けている。本書の内容は『週刊文春』の対談がメインだ。対談のエピソード、阿川さんの準備、心構え、学んだことが書き綴られている。
採用ではリクルーター、採用担当者、面接官が学生と話す。役割は違うが、みんな学生と段取りよく「うまく」話そうとしているのだと思う。段取りよくするために、リクルーターに対して大学に送り出す前に、会社についての説明法や学生からの想定質問に対する回答を説明するだろう。面接官に対しては、学生への質問事項の一覧などと評価法などを説明し、ハロー効果などの心理の罠について注意するだろう。確かにそういう準備は必要だ。
だがそういう固い知識では質問力は上がらない。にわか面接官の能力を上げるには、阿川さんの教えの方が役に立ちそうだ。
有名タレントとの対談と学生との面談・面接は質が違うと思い込んでいる人がいるかもしれないが、そうではない。目的は週刊誌の記事と採用では月とスッポンほど違っているが、コミュニケーションの本質は同じだ。
本書は35項で構成されている。最初は、『週刊文春』の対談の前任者だったデーブ・スペクターさんについて書かれている。デーブさんは、鋭い突っ込みのインタビューが有名だ。そういう緊張感のあるドキッとする質問がいいと思い込んでいる人が多い。圧迫面接はその典型だろう。
しかし阿川流インタビューは違う。いくつかを紹介しよう。まず「面白そうに相手の話を聞く」。面白そうに聞いていれば、相手はこの人に語りたいと思うようになる。相づちが大事だ。「そう」「それで」「おもしろいね」「それから」というほんの一言が次の話を引き出してくる。これは城山三郎さんとの失敗対談で学んだと言う。
「質問は一つだけ用意しなさい」は、先輩アナウンサーの著書で見つけた言葉だそうだ。それまでの阿川さんは、インタビューの前に周到に準備し、20の質問項目を用意していたそうだ。その順番が狂うとあわててしまい、相手の話を遮り、用意した項目を質問し、インタビューを台無しにしたことがあったとか。
「一つだけ」を読んでから、臨機に応対することの大事さに気づき、質問項目を減らしていった。もっともさすがに1つだけでは不安なので、3つの質問項目を準備してインタビューに臨むそうだ。
採用面接では、エントリーシートに書かれたことを順番に聞いていくことが多いと思う。考えずに済むから楽だろうが、学生にとっては想定問答である。想定問答からは学生の人となりは見えない。
多数の質問項目を準備してその中から項目を選んで面接する企業もあるだろうが、学生の顔をろくに見ないままになりがちだ。少ない質問項目で学生に接し、会話の展開の中で評価する方が良いに決まっている。
興味深かったのは視線について触れた箇所だ。「相手の目を見る」習慣は欧米人のものだ。現在の日本人は「目を合わせて話しなさい」と教育されているが、時代劇の「頭が高い」という台詞でわかる通り、目を合わせないのは目上の人に対する敬意の証だった。本書によれば、エチオピア人とネイティブ・アメリカンは同じ文化を持っているそうだ。社員が多国籍化していくと、視線の文化についても理解する必要があるかもしれない。
「目の高さを合わせる」ことも大事だ。偉そうにふるまう面接官を「上から目線」と就活生は言うが、相手の目の位置、つまり顔の位置が上か下かで心理が変わってくる。だから目の高さを合わせるわけだ。
本書は読みやすい。コミュニケーションのコツについて教えてくれるが、阿川さんの軽妙なエッセイ本でもある。堅苦しいビジネス本、自己啓発本などを読み飽きたという人にはとくに勧めたい。
読了して印象的なのは、この人の柔らかい感受性と、経験から学びとる理解力だ。阿川さんの話す言葉や文章は軽やかだが、鋭い観察眼がなければこんな本は書けない。
採用ではリクルーター、採用担当者、面接官が学生と話す。役割は違うが、みんな学生と段取りよく「うまく」話そうとしているのだと思う。段取りよくするために、リクルーターに対して大学に送り出す前に、会社についての説明法や学生からの想定質問に対する回答を説明するだろう。面接官に対しては、学生への質問事項の一覧などと評価法などを説明し、ハロー効果などの心理の罠について注意するだろう。確かにそういう準備は必要だ。
だがそういう固い知識では質問力は上がらない。にわか面接官の能力を上げるには、阿川さんの教えの方が役に立ちそうだ。
有名タレントとの対談と学生との面談・面接は質が違うと思い込んでいる人がいるかもしれないが、そうではない。目的は週刊誌の記事と採用では月とスッポンほど違っているが、コミュニケーションの本質は同じだ。
本書は35項で構成されている。最初は、『週刊文春』の対談の前任者だったデーブ・スペクターさんについて書かれている。デーブさんは、鋭い突っ込みのインタビューが有名だ。そういう緊張感のあるドキッとする質問がいいと思い込んでいる人が多い。圧迫面接はその典型だろう。
しかし阿川流インタビューは違う。いくつかを紹介しよう。まず「面白そうに相手の話を聞く」。面白そうに聞いていれば、相手はこの人に語りたいと思うようになる。相づちが大事だ。「そう」「それで」「おもしろいね」「それから」というほんの一言が次の話を引き出してくる。これは城山三郎さんとの失敗対談で学んだと言う。
「質問は一つだけ用意しなさい」は、先輩アナウンサーの著書で見つけた言葉だそうだ。それまでの阿川さんは、インタビューの前に周到に準備し、20の質問項目を用意していたそうだ。その順番が狂うとあわててしまい、相手の話を遮り、用意した項目を質問し、インタビューを台無しにしたことがあったとか。
「一つだけ」を読んでから、臨機に応対することの大事さに気づき、質問項目を減らしていった。もっともさすがに1つだけでは不安なので、3つの質問項目を準備してインタビューに臨むそうだ。
採用面接では、エントリーシートに書かれたことを順番に聞いていくことが多いと思う。考えずに済むから楽だろうが、学生にとっては想定問答である。想定問答からは学生の人となりは見えない。
多数の質問項目を準備してその中から項目を選んで面接する企業もあるだろうが、学生の顔をろくに見ないままになりがちだ。少ない質問項目で学生に接し、会話の展開の中で評価する方が良いに決まっている。
興味深かったのは視線について触れた箇所だ。「相手の目を見る」習慣は欧米人のものだ。現在の日本人は「目を合わせて話しなさい」と教育されているが、時代劇の「頭が高い」という台詞でわかる通り、目を合わせないのは目上の人に対する敬意の証だった。本書によれば、エチオピア人とネイティブ・アメリカンは同じ文化を持っているそうだ。社員が多国籍化していくと、視線の文化についても理解する必要があるかもしれない。
「目の高さを合わせる」ことも大事だ。偉そうにふるまう面接官を「上から目線」と就活生は言うが、相手の目の位置、つまり顔の位置が上か下かで心理が変わってくる。だから目の高さを合わせるわけだ。
本書は読みやすい。コミュニケーションのコツについて教えてくれるが、阿川さんの軽妙なエッセイ本でもある。堅苦しいビジネス本、自己啓発本などを読み飽きたという人にはとくに勧めたい。
読了して印象的なのは、この人の柔らかい感受性と、経験から学びとる理解力だ。阿川さんの話す言葉や文章は軽やかだが、鋭い観察眼がなければこんな本は書けない。
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