平成26年の労働安全衛生法の改正により、平成27年12月1日から50人以上の従業員を抱える企業等に「ストレスチェック」の実施が義務づけられた。すでに1年以上が経過したが、報道によると実施率はあまり芳しくないようである。
ストレスチェック実施後の経営戦略

ストレスチェックの義務化から1年……浸透しないその理由とは

その原因は様々なものが考えられるが、企業サイドからは「ストレスチェック」を単なるコストがかかるコンプライアンス事項だと捉えてしまっていることが挙げられよう。裏を返せば、行政サイドのPR不足も指摘できる。実務的視点では、「ストレスチェック」を企業の経営戦略として認識できるような四囲の環境が用意されていなかったように感じられた。

現在、全国の労働基準監督署は、この「ストレスチェック」の実施結果報告書、正確には「心理的な負担の程度を把握するための検査結果等報告書」の提出を促す文書を全事業場に向け発出するなど、実施状況等の確認作業を進めているようである。「ストレスチェック」は、現在進められている「働き方改革」のベースともなり得る施策であり、事業場の「働き方」を取り締まる労働基準監督署としても、力の入れようが違うのだろう。未提出・未実施の事業場は、労働基準監督署のブラックリストに登載されるはずだから、臨検監督を覚悟しておいた方がよいだろう。

集団(組織)分析の実施は企業の投資活動

「ストレスチェック」を適正に実施すること、そのこと自体は極めて大切なことなのだが、法律上義務化された従業員の個人ストレスチェックだけでは、企業の費用対効果は見合わない。なぜなら、個人のストレスチェック結果は、実施後に本人の同意がない限り企業等にフィードバックされないため、当該企業にはメンタルヘルス等対策の基礎データが全く手に入らない。しかも、ストレスチェックそのものは、受検者のうちの「高ストレス者」や「実質的なメンタル疾患罹患者」の現状を改善してくれる手段でもない。せいぜい、従業員個人のセルフケアや面接指導の申出に期待する効果しかないのである。このように、義務化はされたものの、企業にとって積極果敢に取り組むインセンティブに欠けているのが今回のストレスチェック制度の実態である。
 
企業のメンタルヘルス対策の実効性を担保したいのであれば、今回の法改正では努力義務とされている個人のストレスチェック結果を基礎とした「集団(組織)分析」を義務化すべきであった。残念ながらそのようになっていない現在の環境下においても、企業は自ら進んで「集団(組織)分析」に取り組むべきだろう。そうすることで、ストレスチェック実施後に行うべき費用対効果の高い経営戦略が自ずと見えてくるはずなのだが……。


ストレスチェック実施後の経営戦略

これらのストレスチェック実施後に企業が取り組むべき対策とは? 一般的によく言われるのが「職場環境改善」である。しかし、若干の違和感を禁じえない。というのも、現在、ストレスチェックとして活用されている「職業性ストレス簡易調査票」や「新職業性ストレス簡易調査票」が客観性を担保されたベストプラクティスであるとは限らないからだ。身体医学の場合は解剖・生理学的に疾患単位が実証・確立され、それらの疾患に対する医学的治療法もほぼ確立されている。しかし、精神医学では、鬱・統合失調症をはじめとする精神障害の多くについて疾患単位が実証されたことはなく、あくまで類型・約束事に過ぎない。つまり精神医学では現時点において、身体医学の診断と同じレベルでの「科学的診断体系」は確立されていない状況にある。従って、ストレスチェックについても不完全なものであると認識しなければならない。そのように理解することで、職場環境改善のミクロの世界に迷い込むことなく、より本質的・優先的に取り組むべき企業としての経営課題が明らかになるはずだ。

近年の日本企業は、コスト管理の強化や成果主義の導入などといった企業経営の在り方の変化や雇用管理の複雑化やダイバーシティ化といった経営環境の変化に伴い、経営のストロングポイントであった組織力が毀損し弱体化しているように感じる。その影の部分のひとつがストレスフルな社会構造であり、ストレスチェックの結果がそれを物語っていると仮定すれば、直ちに取り組むべきは「組織能力の再構築」である。競争力を高める人材投資、組織開発投資こそストレスチェック実施後に求められる喫緊の対策であろう。小手先の対策に溺れることなく、未来に繋がる改革を推し進めてもらいたい。ストレスチェックの経費を無駄に費消しないためにも。
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