北海道の夕張市が財政破綻したのは10年前のことだ。現在、その町の舵取りをしているのは、弱冠36歳の鈴木直道市長である。ご承知の方も多いと思うが、東京都庁から応援で派遣されていた夕張市に舞い戻り、市長に立候補、現在2期目で在任6年目である。安定した都庁職員の身分を棄てて火中の栗を拾う勇気には敬服していたが、2016年7月23日付の朝日新聞に彼のインタビュー記事が掲載されていた。「日本の課題先進地から」と題する記事には、これはまさに日本の将来の縮図ではないかと思われる内容が透けて見えた。多くの日本人には、目にも留めない他人事の感覚であろうが、そこには活かされるべき多くの教訓が散りばめられていた。
人心を導く
少子化で人口が減り超高齢化社会が近づく。国家債務が増え続けるのに消費税増税は先送りとなり、負担は若い世代に転嫁される。上図からも読み取れるとおり、夕張という一地域が抱える課題は日本そのものが内包する課題そのものである。鈴木市長も、インタビューの中でこんなことを言っている。
「最盛期の1960年に12万人弱いた住民は、いま8千人台。炭鉱から観光へという政策転換を決めた市長や議員はいなくなり、残った市民が負担を背負う。全国で唯一の財政再生団体として関心を集めましたが、人口減、少子高齢化、財政難は夕張だけでしょうか? どう『自分事』と考えるか。AI(人工知能)が自動運転する時代がきたら、いまの車の機能は求められず、自動車産業は打撃を受けて企業城下町も役割を終えるかもしれない。夕張と同じです」(下線筆者)
他人事と認識する方が浅はかなのだ。夕張市では2011年に水道料金の値上げに関し、次のような対応をとったそうだ。
――人口減は進み、借金は積み上がる。しわ寄せは若い世代に?
「日本は、先進国のなかで高齢化率や財政状況がより厳しいと認識されています。だから、夕張は課題先進国の課題先進地です。人口が減れば担い手は減り、1人あたりの負担は増える。先送り部分が多くなるほど、意思決定に関与しなかった人に負担が及ぶ。国の構造は夕張と似ています。高度な政治判断が必要な消費税率の引き上げと、小さな夕張の問題を同一視する批判はあるかもしれませんが、市の水道料金の値上げでは11年に二つの選択肢を示して丁寧に説明し、理解をいただきました」(下線筆者)
――どんな二つの案ですか。
「『翌年から10%値上げ』と『5年後から14%値上げ』です。膨大なお金がかかっていた人口10万人規模の時代の水道施設の悲惨な状況や将来の問題認識に市民と差があるなら、これを埋める努力を行政はすべきです。住民の8割は『翌年から』を選んだ。先送りの結論が出るのは、丁寧な説明が行き届いていないためです。消費税の増税も、国民はしっかり考えていたと思う。けれど再延期された。政権与党がこれだけの安定多数を占めていても、課題を次に残す前例ができてしまいました」(下線筆者)
優秀な国民である。政治が私利私欲を棄て、丁寧に対応すれば為せないことはない。尾崎行雄を憲政の神様と崇める政治家は多いが、その明訓「人生の本舞台は常に将来にあり」を実践している本物の政治家は如何ほどであろうか?国の将来を預かる為政者は、票のためにその行動に制約を設けてはならない。夕張市の鈴木市長の純粋な政治活動を見習うべきだ。ちなみに、彼の市長報酬は月額20万円だそうで、これには正直驚いた。
「給与は税引き後の手取り額で年246万円で、市からは交際費や会議費も出ません。でも、飛び込めば志に共感する人はいるはずだと思いました。意識するのは、費用対効果。お金がある前提の節約とは、発想が違います。公費は基本、0円。」(下線筆者)
手遅れにならないために
今から数十年後の日本は、現在進行形で夕張市が取り組んでいる政策を取らざるを得なくなるだろう。公共施設等の経営の合理化、インフラ維持への住民参加、住環境の付加価値化など行政コストの削減に繋がる施策は直ちに取り組むべき課題だ。年金・医療・介護といった社会保障についても同様だ。社会保障は第一義的に国の施策であるが、地方も無関心であってはならない。国民生活最前線の声を施策に反映させる義務があるからだ。そのような意味で、地方政治家にこそ「ドブ掃除」から「外交」まで理解した滅私奉公の有為な人材が求められているといえよう。消費増税先送りに万々歳しているようでは、未来に暗雲が立ち込める。- 1