若年性認知症(64歳以下での発症をいう。)社員を抱える会社のリスクについては、2015年6月15日付で「若年性認知症は会社経営のリスクにもなる」という標題で寄稿させていただいたが、今後定年再雇用が常態化していく中で、目立ってくる問題だと思うので、会社の具体的対応策を改めて検討してみたい。
若年性認知症と疑われる社員を抱えたら?
≪具体的事例≫
  ある会社(サービス業)の50歳の正社員の働きぶりが、以前に比し普通でない状況となっているのを
  周囲の社員は認識しているが、若年性認知症に罹患しているとは気づいていない。現在、当該社員の
  仕事への取り組みは緩慢で、取引先を含めた周囲へ悪影響が出始めている。
  家族構成は、妻と社会人・大学生の2人の子どもがいる。家族も若干の異変は感じているものの、
  若年性認知症だとは認識していない。

 このような事例で、会社はどのように対処すべきであろうか。極めて難しい労務管理の範疇に入ると
 思われるが、可能な対応方法を考えてみよう。

 まず、具体的な対策に乗り出す前に、会社が本事例に関連して理解しておくべきことを挙げると
 次のとおりだ。
   ① 若年性認知症という疾病の性格・特徴を理解すること
   ② 当該社員の疾病性を医師の診断を通じて客観的に判断・確定すること
   ③ 現在の当該社員の状況と自社の就業規則の普通解雇要件該当性を確認すること
   ④ 仮に当該認知症がアルツハイマー病等の特定の認知症であれば、休職には
     なじまず、ある時点での退職(解雇又は合意退職)を想定しておくこと
   ⑤ 会社が認知症に罹患した社員を抱え、当該社員が第三者に損害を与えた場合、
     会社は民法第715条により使用者としての不法行為責任を問われる可能性があること
   ⑥ 認知症に罹患した社員(責任無能力者)が、業務外で第三者に損害を与えた場合、
     その法定監督義務者たる家族が民法第714条により、不法行為責任を問われる可能性があること

 特に、⑤及び⑥は認知症特有のリスクであり、しっかりと認識しておかなければならない。

 次の段階は、当該社員が罹患している疾病の確定とそれに対する会社の対応方針の決定である。
   ① 会社選任産業医との面談(本人・家族・会社)
   ② 会社選任産業医(精神科医の場合)又は産業医紹介の精神科医への受診命令及
     び診断書の徴取
   ③ 会社選任産業医との協議により会社の対応方針決定

     このプロセスで、認知症の種類と特徴及び今後の進行度を把握のうえ、会社としての
     具体的方向性を決定することが肝要である。

 病気の確定とそれに伴う会社の方針決定後は、以下の項目について、当該社員の家族との協議を
 丁寧に行う必要がある。
 また、退職についても家族の同意をとっておくことが望ましいだろう。
   ① 当該社員が業務外で第三者に損害を与えた場合、民法第714条に基づき家族へ不法行為責任が
     及ぶ可能性があること
   ② 会社としての対応方針の説明と合意(書)の取りつけ
   ③ 当該社員が今後受給可能な傷病手当金や障害年金等の手続への会社のサポート

     認知症に罹患するということは、家族にとっても大変な状況であり、会社として最大限の
     誠意を見せることが事をスムーズに運ぶ秘訣だろう。会社によっては、これら以外にも
     家族を納得させうる材料を用意する必要があるかも知れない。

 会社としての罹患社員への具体的対応方針は、認知症の種類等や個人差もあるため、マニュアル化は
 困難であるが、概ね次の2区分での対応となるだろう。
 【疾病が重篤でない・会社に転換させうる簡易な業務がある】場合
   ① 当該社員を簡易な業務への転換を検討
   ② 当該社員の病状により、付添い通勤を家族に要請・義務化
   ③ 産業医からの指示により、3カ月又は6カ月ごとの会社指定医への受診の義務付け及び
     診断書の徴取
   ④ 定期的な会社選任産業医との協議(場合によっては家族も出席)
   ⑤ 定期的な診断書及び産業医との協議で普通解雇要件に該当することの確認
   ⑥ 合意退職の意思決定

  【疾病が重篤・会社に転換させうる簡易な業務がない】場合
   ① 診断書及び産業医との協議で普通解雇要件に該当することの確認
   ② 合意退職の意思決定

 
 このような対応は、認知症という疾病の種類によっても変わってくるため、すべからく通用するとは
 限らない。難しいのは、治癒する疾病ではないこと、業務外での行動にも注意が必要とされること、
 などであろうか。

 本稿では、休職という選択肢はとらなかった。会社が休職を認めるのは、当該疾病が治癒することを
 前提とした制度だからである。余裕のある会社は、休職を認め、休職期間満了後に退職してもらうと
 いう方法もあるかもしれない。
 認知症は、他の疾病と異なる特徴を持っている。会社はもとより、各ステークホルダーが
 抱えるであろうリスクを最小化する視点を持ちながら適切に対処したい。

 なお、このような運用と齟齬を来たさない就業規則の関連規定等の整備が求められるのは
 言うまでもない。
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