このコラムは、人事部で働く人々にインタビューし、メンタルヘルス対策にかける思いを中心に、その人生の一端を「物語」仕立てにしたものです。(※文中の名称はすべて仮名です)

★前回までのあらすじ
一之瀬課長の「物語」を知って思ったのは、それは「人間関係は鏡」であるということ。新しい突破口となるアイディアが、再び冬美から溢れてきた。
~人事部3年目・冬美29歳の物語「うつ病の新入社員を救え!」第8話~

欠けた円

真ん丸な円と、右上の一部が繋がっていない「欠けた円」の二つの図が並んで描いてある。
「真円と、少し欠けている円、どっちの円に目がいきますか?」

たまたま読んでいた心理学の本でそんな問いかけを目にした冬美は、本を閉じて考え込んだ。
これは、人間の目は自然と欠けている円、特に「欠けた部分」に注目してしまうというドイツ出身の心理学者、フレデリック・パールズが提唱したゲシュタルト療法の解説だ。
「ゲシュタルト」とはドイツ語で「形」という意味で、「ゲシュタルト療法」とは、問題解決を図る際、出来ていない部分・不完全な部分・マイナス部分にばかり注目するのではなく、出来ている部分・満たされている部分を含めた「全体」として人間を捉えてみよう、というものだ。(一之瀬課長を見るとき、今まで私は、「欠けた円」を見るように、見ていたのかもしれない。課長のダメなところばかり見て、良いところを見ようとしていなかった。ダメなところも含めて、課長は色んな側面を持っている。色んな側面全部合わせて、一人の人間なんだ。それは、私も同じ。きっと、みんな同じ。そう…きっと、大窪くんの上司の、システム1課長や、2課長だって…)

「人間関係は鏡…」
(私が、課長のダメなところを見れば、課長も、私の悪いところを見る。だったら、私が課長の良いところを見れば、課長も私の良いところを見てくれるんじゃないかな…)

「そうだ!!」
思わず声を出しながら、冬美はガバッと起き上がった。
「伝えよう。私が課長に感謝していること、どんなとき、ありがとうって思ったか」
一之瀬課長に対してだけでなく、そんな「ありがとう」のエピソードが社内からたくさん集まったら面白いかもしれない!冬美の頭の中で、アイデアが猛スピードで回り始めた。

「ありがとうエピソード集」を作ろう!

管理職へ「ありがとう」と感じたときのエピソードを集めてみたいのだ、と話すと、後輩の清水と、同期の相澤は身を乗り出した。

「へ~!それは面白いかもしれませんね」
「いいと思うけど、集めて、それをどうするつもり?」
二人の反応に心を強くして冬美は続ける。
「うん、できればね、小冊子みたいにして、社内に配れればなぁって思っているの。うちの社内に、どんな心温まるエピソードがあったのかみんなに知ってほしいと思うし、改めてありがとうって言われた管理職の方々もきっと嬉しいと思うし」
それを聞いた相澤が、相変わらずの明るい表情でニヤッと笑った。
「逆の効果もあると思うぜ。『ありがとう』のエピソードって、つまり、俺たちは部下として、どんな管理職を望んでいるかって話になるだろ?ダメな上司は、そのエピソード読めば、自分はこういう管理職じゃねーなって、気づくかもしれないってこと!」
「さすが相澤さん!深いっすね!!」
清水が茶々を入れるが、その目を見ると、本気で相澤を尊敬しているようだ。
「でもまぁ、社内に公表する気なら、誰に宛てたエピソードかは、匿名にしたほうがいいんじゃないの?エピソード送るほうも、送られるほうも、名前が出ると、変なハレーションが起きるかもしれないし。やっぱり、エピソードが出てこない管理職もいるだろうし」
相澤から、どんどんアイデアが出てくる。
「そうね。特定個人を喜ばせるのが、本当の目的じゃないから。やっぱり、メンタルヘルスの問題って、上司との関係や職場の雰囲気が大きく関係すると思うの。上司ともっと良い関係を築くきっかけになったり、社内のコミュニケーションが活発になったり、こういう職場にしていこうよっていう気づきになったり、そういうことを目指していきたいの」

その後も三人でしばらく相談し、冬美が同期・後輩全員にメールで「ありがとうエピソード」募集の呼びかけをすること、相澤と清水も周囲の同僚に冬美に協力をするよう声掛けをすること、エピソードが集まったら冬美が編集し、冊子にするときは有志で集まって作業することなどが決まった。

冬美は再び、ワクワクする気持ちが自分の中に湧いてくるのを感じていた。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!