このコラムは、人事部で働く人々にインタビューし、メンタルヘルス対策にかける思いを中心に、その人生の一端を「物語」仕立てにしたものです。(※文中の名称はすべて仮名です)
★前回までのあらすじ
採用した新入社員がうつ病に?!
どうすれば、彼を救うことができるのか。悩んだ冬美が思いついた方法とは・・・。
★前回までのあらすじ
採用した新入社員がうつ病に?!
どうすれば、彼を救うことができるのか。悩んだ冬美が思いついた方法とは・・・。
冬祭りにて
ドンドコドンドコドンドコ・・・腹に響く太鼓の音色と、太鼓に合わせてオォ~~!と絞り出される男たちの掛け声。無数の提灯が凍てつく大通りを明るく照らし出し、豪華絢爛な山車が何台も曳き回される。極彩色の屋根の彫り物が美しい。冬美は予想を遥かに超えた冬祭りの規模に圧倒されていた。夜祭りなので、吐く息は真っ白。手袋をはめた手を何度もこすり合わせる。しかし鉢巻をキリリと締め、法被を着こなした男たちの熱気に、冬美の気持ちも知らず高揚していく。
人事部長の大崎は神社で冬美を待ってくれていた。「来たか」短く言って照れくさそうに笑った大崎を見て、冬美は瞬間的に「来て良かった」と感じた。大崎の顔が会社にいるときとはまるで違う。これが、「部長」という鎧をつけていない素の大崎の顔なんだろうな、と思う。
社務所前で配っている豚汁の器を手に、大崎と冬美は休憩所のテントに並んで座った。祭りの起源などについて語ってくれる大崎の言葉がひと段落したとき、冬美はさりげなく尋ねた。「ところで、大崎部長は、うちの管理職たちのことを、どう見ていますか?」大崎は一瞬現実に引き戻されたような顔をしてしばらく宙を見ていたが、やがて「人嫌い」と答えてニヤッと笑った。
意味がわからず大崎の顔を見返すと、
「うちの管理職は、ほとんどがSE(システム・エンジニア)上がりだろう。本当は、人よりもプログラム見ているほうが好きなヤツばかりなんだよな。部下育成とか、労務管理とか、面倒に思っているタイプが多い」と、大崎は説明した。
「部長は、それでいいと思います?」
「いいわけない」・・・その言葉に力を得て、冬美は話した。うつ病になった新人の大窪のこと、ストレスチェックと集団分析が、現場介入のきっかけになるのではないかと考えていること・・・。大窪は黙ったままじっと話を聴いていたが、冬美が話し終わると、一言「課長は?」と聞いた。冬美がゆっくり首を横に振ると、「だろうな」と言ってまたニヤッと笑った。「わかった。課長には俺から話しておく」大崎がそう言ったとき、二人の目の前で、花火がドーンッと打ちあがった。冬の夜空に、輝く砂粒がぱあっと撒き散らされたようだった。
あんた、血反吐はいたことある?
人事課長と冬美は、システム開発部の1課長・2課長と向かい合っていた。大窪を板挟みにし、うつ病に追い込んだとされる二人だ。人事課長は「お忙しいところすみませんねぇ~」などと、ふだん出さないような高い声で二人の機嫌をとっている。対して、1課長・2課長はムスッとしたまま腕を組んでいる。1課長はカマキリのように尖ったあごをしており、2課長は音楽家のベートーヴェンのように爆発した頭をしている。
「本当に忙しいんですけど。何かあるなら、手短かにお願いできますか」イライラを隠そうともせず、カマキリが机を指で叩いた。
「いえ、一応、事情というか、経緯を聞いてこいとうちの部長が言うもんですからね、ほら、あの休職した大窪くんの件です。なんで彼は、ねぇ、うつなんかにねぇ・・・」
人事課長の愛想笑いをはね返すように、ベートーヴェンが吐き捨てた。
「知りませんよ、そんなこと。大窪の問題でしょう。だいたい、人事がメンタル弱いやつを採用するから、こういうことになるんじゃないですか?もっとマシなやつ採ってもらわないと、現場が苦労するんですよ。あいつが抜けた穴、残ったメンバーでカバーするんですから」
ベートーヴェンの言葉が終わるか終らないかのうちに、冬美は思わず叫んでいた。
「だったらうつにならないような育て方すればいいでしょう!大窪くんは、決してメンタルが弱い人ではないです。よほどのことがなきゃ・・・」バンッと机が鳴った。反射的に身をすくめる。ベートーヴェンが思い切り机を両手で叩いたのだ。大きな頭をぐっと突き出して、冬美を睨みつける。
「人事のお嬢さん、あんた、現場には何年いたの?2年?3年言っておくけど、新人が2~3年現場で遊んだからって、現場経験があるなんて思うなよ。・・・あんた、血反吐はいたことある?」思わぬ言葉に冬美がハッとすると、ベートーヴェンは薄く笑った。
「現場を知らない人事が、えらそうなこと言うなよ」
冬美はそのセリフに、刃の一閃を見たような気がした。
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