2015年に閣議決定された「日本再興戦略」において、雇用制度改革・人材力強化のための施策の一つとして織り込まれ、また、2016年度より「キャリア形成促進助成金」の支給対象制度になった「セルフ・キャリアドック」。
中小企業においても導入が進んでいるが、効果的な導入運用方法について考えてみたい。
中小企業においても導入が進んでいるが、効果的な導入運用方法について考えてみたい。
「キュレーション」と「キュレーター」
前回、「人材」を「人財」や「人罪」と表現することの違和感について触れた。今回は、「キュレーション」という視点に立って、その違和感について考察していきたい。(参考:「キュレーション」とは)
「キュレーション」を行う人を「キュレーター」と呼ぶ。「キュレーター」とは、日本語で言えば、博物館や美術館の「学芸員」の意味で使われる。もう少し掘り下げて表現すると「文化的価値、芸術的価値を持つ資料や作品を収集し、その価値を定義し、または新たな付加価値を付け加え、それらを世間に公開する役割を担う人」とも言える。
近年では、その意味から更に転用され、博物館や美術館以外の分野でも「キュレーション」「キュレーター」という言葉が使われている。IT分野におけるものが、その最たるものだ。インターネット上の無数の情報。そこには情報ノイズもたくさんある。それらの情報の中から、価値ある情報を収集整理して、ソーシャルメディア等にて発信する人たちも「キュレーター」と呼ばれる。
「キュレーター」の大きな役割の一つには、一般の人たちが、その価値に気づかないもの ―― もっと言うと、芸術においては駄作といわれたり、情報においてはノイズと見做されるようなものに価値を見いだし、世間に広めることが挙げられる。
アウトサイダー的な作品ばかりで、なかなか日の目を見なかったが、「キュレーター」により、その価値を見いだされ、世に出された芸術家は、数多い。
生前、全く絵が売れなかったファン・ゴッホの作品は、アルベール・オーリエらの「キュレーター」により見いだされ、世にその名と作品が知れ渡り、私達が知る有名画家の1人となった。
「人在」に価値を見いだす「人材キュレーション」
アメリカのあるブロガーによると「コンテンツがキングだった時代は終わった。いまやキュレーションがキングだ」そうだ。これは情報におけるキュレーションについて語ったものであるが、「情報そのもの」よりも「その情報が持つ有用性」「その情報がもつ可能性」「その情報が持っている、あなたにとってだけの価値」……。そういうキュレーションの重要性を示したものとして、興味深い。
これを「人材」に置き換えてみたらどうだろうか?
私は前回の投稿にて、こう書いた。
「『人材』を『人財』や『人罪』と表現することが良くあるが、いつも違和感がある。もし「人材」を言い換えるならば「人在」が適切では無いだろうか?ただ「人」がここに「在る」だけである。その「人」が「財」を生むのか、「罪」となるのか?それは、周囲の環境にも大きく依存する。その環境要因として『セルフ・キャリアドック』を活かせないだろうか、と考えるのは、単なる理想に過ぎないのだろうか?」
問題のある人材(人罪)が、部署異動によって、あるいは転職することによって活躍する(人財)という事例は、巷にはいくらでもあるだろう。
その逆も多い。ハイパフォーマンスを期待された人材(人財)が、思いの外、活躍できず、組織のお荷物(人罪)となる事例である。
もちろん、その人材本人にも何らかの要因があるだろうが、環境要因によるものが大きいと考えざるを得ないケースを数多く見てきた。
その環境要因を整備する方法論として考えられるのが「キュレーション」である。先ほどの「ブロガー」の言葉に当てはめてみると
「人財がキングであった時代は終わった。いまや人材キュレーションがキングだ」
「人材そのもの」よりも「その人材が持つ有用性」「その人材がもつ可能性」「その人材が持っている、当社・当部署にとってだけの価値」……。それらを見いだせる「人材キュレーション」が重要ではないだろうか?
「人材キュレーション」における「キュレーター」は、他者(上司、人事部、キャリアコンサルタント等)でもあるかもしれないし、もしかしたら自分自身であるかもしれない。
そのキュレーションの場として「セルフ・キャリアドック」を位置づけることができないだろうか。
※なお、前回投稿時には「キャリア形成促進助成金」の助成対象となるとしていたが、今年度は「人材開発支援助成金」と、その名称が変更されていることを、追記しておきたい。
- 1