経営環境が激しく変化する今、戦略1割、実行9割と言われるほど、企業には“実行力”が求められています。どんなに優秀な経営者がいても、実行力が弱ければ勝つことはできません。では誰が実行しているのか ―― それは現場です。どこの企業にも現場はあります。しかし現場があることと、“現場力”があるかは別の話です。そこで今回は、ローランド・ベルガー会長の遠藤功氏にご登場いただき、いかに現場力を身につけて、それを最大限に活かすことができるか。そのヒントを具体的な事例を交えて、解説していただきました。
経営において大事なこととは?
今、経営において大事なことは、3つあると思います。まず1つ目は、大戦略(グランド・ストラテジー)を描くこと。10年後、20年後を見据えたとき、自分たちは何者か? 自分たちは何をする会社なのか? ―― 自分たちの未来の姿をきちんと再定義する必要があるのです。そしてこの大戦略を実現させるために必要なのが、2つ目、自律分散型組織への転換です。自律分散型組織とは、現場に権限委譲して、現場が自分たちで物事を考える組織。変化が激しい時代だからこそ、その変化にさらされている現場、お客様に近い現場こそが一番何をすべきかわかっているでしょう。そして3つ目は、戦闘能力の強化。権限委譲をされた現場には、闘う意思と高い能力が不可欠です。「闘う集団」をいかにつくれるか? 戦闘能力が弱ければ、いくら現場力が大事だといっても意味がありません。以上の3つの中でも特に大事なのが、2と3です。自律分散型組織を作って、戦闘能力を高めていく。これは企業によって大きな格差があります。現場力の高い企業もあれば、現場力を失った、もしくは劣化した企業もある。そういった中で、まさにお手本になるような現場を本日はご紹介しましょう。
日本で一番乗りたいローカル線・五能線
私が最近出会った中で最も素晴らしいと感じた現場がこちら。楽天トラベルが昨年実施した「日本で一番乗りたいローカル線」というアンケートで見事1位に輝いた五能線です。青森県の五所川原と秋田県の能代を結ぶ路線で、とにかく不便な場所を走ります。150kmにもおよぶ沿線には車中からコンビニが1軒も見えないほど、手つかずの自然が広がっており、夏はとてもオススメです。冬の雪景色も素晴らしいです。しかし、良いことと悪いことは裏返しで、絶景の裏側には、それだけ厳しい自然環境があります。路線廃止の危機
私がこの五能線を取り上げるのには2つの意味があります。1つは、日本企業が失いつつある現場力がわかりやすい形であること。もう1つは、地方創生という観点で見ても非常に良いお手本になることです。今から25年前、この五能線にも路線廃止の危機がありました。過疎化やモータリゼーションの影響で、当然のように路線廃止の対象路線となりました。徹底的な効率化をしても不採算な状況に「このままでは絶対になくなってしまう」と危機感を抱き、そこで彼らが考えたのがグランド・ストラテジーです。「生活路線」が無理なら「観光路線」へ方向転換しようと考えたのです。しかし、五能線なんて誰も知らない、何かをやるにしてもお金がない、しかも地元では「五能線」ではなく「無能線」と呼ばれている。こういう路線が本当に「観光路線」に生まれ変われるのか。当然「無理だ」という声が相次ぎましたが、一方で「やれることは必ずある」「やれることもやらずに諦めるのか」という声もあったそうです。本社がお金を出してくれないのなら、自分たちでやろう。そこで彼らは使い古されたボロボロの列車を自分たちで改造しました。大きな窓やデッキをつけて、観光客に喜ばれるような列車に作り変えたのです。また、ただ走らせるだけではなく、夕日が見える絶景ポイントでは、速度を落としてゆっくり景色を楽しんでもらおうと「サービス徐行」も実施。さらに車内で津軽三味線の演奏をしたり、運転手や車掌がなまはげの恰好をして出迎えたり、自治体と協力して「立佞武多」を復活させたりと、現場発のさまざまなイベントを行いました。JR東日本秋田支社の現場力
これらを実現させた秋田支社は、JR東日本で最も小さな支社です。収入は、全社収入のわずか1%で、しかも厳しい自然環境を背負っています。しかし私から見れば、最も革新的な支社のひとつです。今日本には観光列車がたくさん走っていますが、こうした観光列車やリゾート列車のパイオニアなのです。また、五能線沿線連絡協議会という団体を作ったのも素晴らしい点の一つ。150kmの沿線には13もの自治体がありますが、それぞれの自治体は当然のことながら自分たちのことしか考えていませんでした。そこで、そうした自治体を一つにまとめて、自治体を巻き込んだ広域観光を実現。つまり点でなく、面で売り込むという戦略 ―― これを最初に始めたのも、この秋田支社です。さらに技術的にも素晴らしいのです。冬の積雪量はものすごく、従来はそうした雪を熱で溶かしていました。しかし熱を利用するには熱源が必要になり、莫大なお金がかかります。そこで、空気を利用して雪を飛ばすエアジェットを開発。空気はお金がかかりません。実はこの技術は世界的にも評価され、北欧など海外にも輸出しています。こうして、地方の小さな支社でもやればできるということを証明したのです。AKITA WAY
そしてそれらの活動を支えたのが「AKITA WAY」という考え方です。つまり秋田には、秋田のやり方がある、と。第一に、秋田は「人」で勝負する。秋田にはお金もありません。技術的な蓄積もありません。スーパースターもいません。しかし、秋田には粘り強く戦う人たちがいます。人こそ唯一の財産であり、優位性の源泉なのです。その際に大事なのはホームランを狙わずに、シングルヒットを積み重ねること。三味線もなまはげもホームランではありません。しかし、コツコツとヒットを積み重ねることで、それらが大きな価値になります。「まんずやってみれ。やねばわがらね」というのが彼らの言葉です。そしてもう一つの考えが、「制約は糧なり」。制約があるからこそ、現場は知恵を出します。創意工夫をします。そういう意味で、弱みは見方を変えれば強みになるのです。そして、忘れてはいけないのは、「主役」は社員であるということ。秋田支社の特徴に、リーダーがいないことが挙げられます。支社長がリーダーかと思われますが、支社長は2年毎に交代します。しかし地元採用の社員は代わりません。つまり五能線を復活させたのは、一人の力ではなく、集団の力なのです。このように現場力とは、スーパースターに依存しないことなのです。
ビジット
秋田支社の成功の鍵として、もう一つ「ビジット」が挙げられます。現場の人たちは、一生懸命アイデアを出して、できることをやり切っています。それに対して従来、支社の幹部たちは「改善しろ」「アイデアを出せ」と言うだけで、実際に現場には足を運びませんでした。しかし、現場だけではできないこともたくさんあります。そこで秋田支社では幹部が5班に分かれ、年に2回、現場を訪問しています。そして管理者、一般社員に分け、車座で現場の声に耳を傾けます。1年間に集まる現場の提言や要望は1,700件にものぼり、それに対して回答内容検討会を何度も実施します。要望の6割以上を改善させ、「改善を検討する」を含めると約8割の現場の声が形になっています。ある秋田支社幹部の方は、「『現場の問題に真摯に向き合う』と口で言うのは簡単だが、実際に改善を検討するのはものすごく大変。しかし、ここで手を抜いたら、我々がいつも言っている『現場第一』も『安全第一』も空念仏になる」と語っています。
「非凡」な現場とは? 現場力を生む3つの組織能力
こうした事例を見ることで、「非凡」な現場とは何かが見えてくると思います。「非凡」な現場とは、ひと言で言うと問題解決力がとても高いということです。自ら問題を解決し、チャンスを活かす圧倒的な当事者意識。問題解決力が高い組織では、改善が定着しています。また「非凡」な現場は、「ナレッジワーカー」(知識労働者)を育てます。これからの時代、「マニュアルワーカー」だけの現場では生き残れません。日本企業の現場には創造性がたくさん眠っているのです。現場力は、3つの組織能力で成り立っています。1つ目は、「保つ能力(maintain)」。これは秋田支社で例えると、安全・安定運航、効率化などで、現場における基本的な仕事です。そして最も大事なのが2つ目の、「よりよくする能力(improve)」。これは観光列車の改造、サービス徐行、津軽三味線、なまはげなどで、少しでも良くする、少しでも新しいことに挑戦することです。そしてこの能力が身についた現場は、さらに進化をします。それが3つ目の、「新しいものを生み出す能力(innovate)」です。日本で一番乗りたいローカル線、広域観光、エアジェットなど、現場からイノベーションを起こすことができます。
「微差力」こそ日本の独自性
現場において大事なのは足元の小さなことからきちんとやっていくことです。秋田支社はホームランでなく、シングルヒットを積み重ねる、私はそれを「微差」と呼んでいます。「微差」にこだわることが大切です。ビジネスの現場では「微差」こそが決定的な差になり、「微差」が勝負を分かちます。しかし、「微差」は単発では意味がありません。集合的(全員参加)+連続的(継続)であること、現場のみんなが貢献できることが大切です。「微差」を積み重ねることが「微差力」に繋がります。強い経営とは、どのようなものなのでしょうか。図1をご覧ください。左側の三角形はいわばトップダウンです。骨太で合理的なビジョン・戦略を示すことはもちろん大事ですが、それだけでは自律分散型組織にはなりません。自律分散型組織を作るには、もう一つ、右側の逆三角形が必要です。オペレーション(現場力)は一番上に来なければなりません。ここがエンジンになるのです。そしてその能力を最大限に高めるために、本社・本部、経営トップがいかにサポートできるか。これこそが強い経営、現場力の考え方なのです。この図には描かれていませんが、オペレーションの上にはお客様が乗っています。つまり現場力がなければ、お客様を支えることはできないということです。この2つの三角形が両輪で回ったときに、本当に強い組織になっていくのだということをご理解いただければと思います。
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