英語で高等教育を受ける必要性に迫られる時代に
日本の会社にこれから入ってくる人たちが期待している社会は、資本主義社会です。タイ、フィリピン、インドネシア、ミャンマー、ベトナム、インドなどの人たちも、資本主義社会という競争社会で、フェアに戦いたいということを期待しています。ここで少し、米国社会を紹介しておきましょう。米国は徹底したエリート主導社会です。エリートはどのようにして育てられているかというと、だいたいはボーディングスクールというところに入ってきます。教育はリベラルアーツで特に哲学をしっかりと教えます。ギリシャ哲学、プラトン、アリストテレスをきちんと学びます。大学に入ってからは、GPA、つまりグレードポントアアベレイジ(成績、日本で言う優良可、の平均値です)の大競争となります。グーグルの話にもなりますが、まず米国は学歴社会ですから、大学のリストで、ある以下の大学出身者、上位の大学でもGPA3.5以下の学生のは、アプリケーションも見ません。ですから、米国の学生は激烈な競争を経験しています。そういう激烈な競争社会で米国人があっけらかんとやっているのは、米国は「70%でOK」の社会だからです。
それに比べて日本は、とにかく賞味期限切れの商品が店頭で見つかった日には、鬼の首をとったように言われる。時間給の高い取締役がすみませんでしたと頭を下げる。しかも日本中の店からその商品を回収する。
日本でも最近、米国の大学に進学するためボーディングスクールに送り込むという塾がどんどん出てきています。なぜ日本の大学を目指さないかというと、日本の大学には留学生が少ない、外国人教師の数が少ない、そして何よりも英語で講義を行っていないということです。英語で高等教育を受けないと、意味をなさないという時代が来たということです。