では、現場力をいかに活性化させるか。ひとつのヒントとして紹介したいのが、東北新幹線などの車両清掃を行っているJR東日本テクノハートTESSEI(テッセイ)だ。東京駅に着いた新幹線から乗客が降りると、パートの女性たちを中心に構成されるチームがわずか7分間で完ぺきな清掃を終えるのだが、日本に視察に来ていたフランス国鉄総裁がそれを見て感動し、「フランスではできない。輸出してほしい」と言ったほどだ。清掃の現場がこれほど活性化できるのかと私も驚かされたが、変わったきっかけは7年前に行った仕事の再定義だったという。経営者が、「みなさんの仕事は清掃ではない。お客様に快適に乗っていただくことだ」と伝えると、最初は現場もちんぷんかんぷんだったが、「お客様に快適に乗っていただく手段のひとつが清掃であって、それ以外にできることがたくさんある」と意識がだんだん変わった。現場の知恵が回り始め、出てきたいろいろなアイデアを形にしながら、「清掃の会社」ではなく「おもてなしの会社」になっていった。

 現場力とは何か。私は3つ要件があると思っている。1つ目は現場で起きるいろいろな問題を自分たちが当事者として発見し、解決していけることだ。多くの企業の現場が問題解決型ではなく業務遂行型になっている。業務遂行型の現場では、言われたことはきちんとやるが、それしかやらない。問題解決型に変えるためには、テッセイのように、現場に「清掃」といったタスクではなく「お客様に快適に乗っていただく」といったミッションを与えることが必要だ。2つ目は、全員参加の組織能力をつけることだ。一部の人たちが一生懸命やっても現場力にはならない。いかにみんなを巻き込んだ活動にするかが重要だ。そして、3つ目は、自分たちはこういう現場力を磨こう、これでダントツになろうという目標を掲げてめざすことだ。その結果、現場力が独自の競争力につながっていく。

 さきほど、経営に必要な要素として「ビジョンから戦略へ、オペレーション(現場)へ」と降りていく三角形のピラミッドについて話したが、これからの強い経営のためには、もうひとつ、現場を主役として現場力を高めていく逆三角形のピラミッドが必要になる。こちらは最上層に現場があり、その下に本社・本部、さらに社長・役員がいて、現場こそ会社のエンジンだと伝えながらサポートしていく。この逆三角形をいかに作り込んでいくかが、「実行できる力」で差がつく時代の大きな経営の柱になってくる。

「ウェイ」こそが現場力の精神的な支柱

「現場力と企業経営」
現場力を高めるために、人事部門の方々もいろいろなことに取り組まれていると思うが、ぜひ考えていただきたいことがある。それは、いま、現場を束ねていくための精神的な支柱が非常にぐらついているのではないかということだ。どの会社にもその会社の理念・哲学・価値観といった「ウェイ」があり、そういうものが実は現場力を根底で支えているのだが、職場に非正規社員が増えるにつれ、多くの現場でそれらが失われつつある。だが、トヨタウェイ、花王ウェイなどが知られるように、やはり現場の強い企業を見ると、自社の独自の理念・哲学・価値観が現場に浸透している。こうしたものが共有されていないと、現場はバラバラになってしまう。ウェイこそ現場力の精神的支柱であり、日常性のなかでウェイを実践できていることこそ現場力だ。

 そして、現場力というとすぐに方法論やツールに飛びつく企業が多いが、これは失敗しがちだ。たとえば、ものづくりの現場で「うちでもトヨタ生産方式を導入しよう」と始めても変わらない。精神的な基盤がないからだ。方法論もツールも大事だが、それを生かすためには、まず「人のプラットフォーム」、すなわち理念・哲学・価値観に基づいた行動を実践する習慣が現場の一人ひとりに身につき、組織の“くせ”になっている状態を作る必要がある。これこそ本当の競争力、見えざる資産だ。これを持った企業は本当に強い。

 したがって、これからの経営においてはビジョン、戦略、オペレーション(現場)という3つの要素に加えて、もうひとつ、そういうものを根底から支える理念・哲学・価値観という要素が重要になってくる。強い企業はこの4つが揃っている企業だ。なかでも4つ目は見える成果が生まれにくく、難しいが、重要な部分だ。人事部門が黒子となり、「主役は常に現場」だと意識しながらこの部分の取り組みを行っていただきたいと思う。
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