OJTといえば、もっともポピュラーな人材育成手法として、これまで日本企業の成長を支えてきた。しかし、それが今機能不全を起こしている。たとえば、我流のOJTをして自分の経験を部下に押しつける、大事な仕事は部下に任せられず育成につながらない──等々。
これらの原因として、マネジャーの人材育成の経験不足、部下と関わる時間不足などが指摘されるが、その奥には、マネジャーが人材育成の意義を感じられない、という問題がある。また、OJTの推進については現場のマネジャーに依存する部分が大きく、なかなか人事部がその方法について体系化し、上手くリードしてこれなかった。
このように、現場での人材育成(OJT)の必要性が叫ばれていても、多くの企業がこの問題に頭を悩ませ、出口が見えない状況が続いている。
そのような中で注目を集めているのが(株)ジェイフィールが開発・提供している「戦略的OJTプログラム」だ。座学と実際のOJTを組み合わせて、マネジャークラスの育成スキルや育成マインドを高めるというものである。今回は、このプログラムを導入した日産化学工業の物質科学研究所(千葉県船橋市)を訪ね、導入の背景とその効果についてお話を伺った。
生頼 一彦 日産化学工業株式会社 物質科学研究所 医薬研究部長(薬学博士)
梅澤 真吾 日産化学工業株式会社 人事部
山中 健司 株式会社ジェイフィール コンサルタント
貴社で「戦略的OJTプログラム」を導入した背景としては、どのようなものがあったのでしょうか。
中期経営計画のなかで「対話する組織」という言葉を掲げています。当社社員の特徴として「誠実」「真摯」「高い協調性」などのキーワードをあげることができる一方、コミュニケーションが表層的で、コンフリクトを避ける傾向が見られます。
製品を世の中に生み出し続けるためには、対話により信頼関係を築くことから始まり、その中で、本音で言い合い、時にはぶつかり合うことが大切だと思います。
また、イノベーションを生み出すためには知の融合が重要な要素です。部署内のコミュニケーションの密度を上げるだけではなく、部署の枠を越えて対話をし、物事の本質を追究していく風土を作る必要があります。そこで「対話する組織」というキーワードを掲げることになったわけです。そして、その実現のために取り入れた施策の一つが「戦略的OJTプログラム」です。
「戦略的OJTプログラム」を導入した背景には、2012年に組織診断を実施して、一人ひとりはモチベーションが高く頑張っているものの、それが組織力につながっていないという課題が明らかになっていたことも挙げられますね。さらに、人材育成の観点で現状に目を向けたとき、上司は業績目標達成を重視した指導が主体で、「部下を育てる」というスキル・マインドが不足しているのではないかという課題意識がありました。
そういった課題が明らかになるなかで、いろいろな人材育成プログラムを検討されたと思うのですが、「戦略的OJTプログラム」を選ばれたのは、何が決め手になったのでしょうか。
当たり前ですが、日常的に上司と部下の間で業務に関する話はします。しかし、先にも話したようにコミュニケーションが表層的なこともあり、仕事の面ではある程度できてはいるものの、その人の内面に踏み込む話まではなかなかできていません。
しかし、個人の力を組織力につなげていこうとすると、上からの指示命令によって各自の業務の方向性を合わせるだけではなく、一人ひとりが本当にやりたいと思わなければ大きな成果、成長は望めません。部下の本音を知るために、上司は時には部下の内面に踏み込んでいくことも必要です。このプログラムにはその内容が含まれています。
このプログラムは上司と部下がペアになり、上司の育成スキルや育成マインドを高めるというものですが、上司の育成スキルが上がれば部下も成長し、その関わりの中で醸成される信頼関係が組織力向上にも繋がると思いました。それと、育成と業務の目標達成がセットになっている点がいいなと思った点です。育成と成果は別で、育成に時間を掛けていたら業務が疎かになると考える人が多いと思います。当社でもそう考える人は少なくありません。しかし、このプログラムでは業務の目標達成も期待できます。
次は戦略的OJTを実施されて、どのような感想を持たれたのかをお訊きしていきたいと思います。プログラムの流れとしては5月に「キックオフ」、9月に「中間発表会」、12月に「最終発表会」があり、「キックオフ」「中間発表会」「最終発表会」の間にはそれぞれ「人材育成ゼミ」があったわけですね。そして、全体を通して、上司と部下で話し合って決めた課題に部下は取り組み、上司はそれをサポートするということになります。
受講者(上司)が大きく変わったのは「中間発表会」の後でした。上司同士のコミュニティができて、廊下で会った時も部下育成について話すようになりました。それまでは、そういうシーンはほとんど見られなかったのですが、「君の部下はそれで納得しているのか」「きちんと対話しているのか」といった会話をメンバー同士でするようになり、良い流れになってきたと思いました。
多少補足しますと、「中間発表会」では、部下がこの3か月間の取り組みについて発表します。やってきたことだけではなく、自分のなかでどのような変化が起こったのか、どのような点が成長したのかを話してもらうように促します。
ペアによって明らかに部下の顔が違います。うまくいっているペアは部下が生き生きと発表する。そうでないペアの部下はやらされ感がはっきりと出ます。上司はその姿を見て、「これはまずい」と真剣に考えることになります。
その後、部下と上司が改めて話をする機会を設けます。このまま取り組みを進めていくのか、それとも変えた方がいいのかを2人で考えてもらいます。
最後は上司と部下で別れて分科会を行います。上司は今までの気付きや学んだことを話し、部下は今日の感想を話す───そんな流れになります。
やはり、大きく変わったのは「中間発表会」からですね。分科会のなかで、他の上司から「結局、業務の話しかしていないのではないか」「部下の育成に関わる話をしていないのではないか」といった指摘を受けて、気付きが生まれる。それで変わっていった人が多かったですね。
「キックオフ」と「中間発表会」の間の「人材育成ゼミ」でも、上司同士が互いの状況や取り組みを発表して相互にアドバイスを与えるのですが、「中間発表会」では、初めて他の部下の様子を自分の目で見ることになります。それが大きいと思いますね。
初めて他の部下の様子を見て、焦りのようなものを感じた人もいたようです。ここから「最終発表会」に向けて飛躍的に育成マインドが高まりました。他のペアが工夫していることを取り入れた上司もいます。大きな転換点になったと思います。