経営者の言動・思考様式が大きな影響を及ぼす『モデリング』とは。人材育成で見落とされがちな教育手法を解説

人材育成に悩みを抱える企業は少なくない。「どうすれば新入社員を優秀な人材に成長させられるのか」、「若手社員のパフォーマンスを向上させるには、どのような教育を実践すればよいのか」などの悩みは尽きないものである。ところで、社員教育の手法として注目を浴びることが少ない『モデリング』という仕組みをご存じだろうか。今回はこの点について見ていこう。

代表的な社員教育の手法「OJT」と「Off-JT」

社員教育の手法といえば、「OJT」と「Off-JT」を思い浮かべる方が多いだろう。

OJTとは「On the Job Training」の略で、実務を通じて必要な知識やスキルを身に付けさせる教育手法である。例えば、先輩社員に教わりながら一緒に仕事を進め、その過程で業務を習得するなどだ。OJTは日々の業務を習得するための学習効果が高く、実務に直結した教育スタイルである。

一方、Off-JT とは「Off the Job Training」の略で、実務から離れた場で教育を行う手法だ。職場以外で集合形式の研修を実施する場合などは、Off-JTに該当する。OJTと異なり、Off-JT は必ずしも実務に直結した教育手法ではない。しかしながら、新しい知識・スキルを体系的に身に付ける場合などで、高い学習効果が期待できる教育スタイルである。

企業における人材育成は、OJTとOff-JTを教育の両輪と捉えて実施しているケースが多いことだろう。

部下は上司の言動・考え方を模倣する

しかしながら、人材を育成する手法はOJTやOff-JTばかりではない。『モデリング』という手法も存在する。『モデリング』とは心理学用語で「特定の人物の言動を観察してまねることにより、学習効果が発揮される」という仕組みである。その特徴から「観察学習」と呼ばれることもある手法だ。

「部下は上司のまねをする」といわれる。職場という環境下では、多くの場合、下位者は上位者の言動や思考様式を思いのほかよく観察している。加えて、知らず知らずのうちに、下位者は観察した上位者と同様の言動・思考様式を取るようになることが少なくない。

つまり、上司に倣って自身の「行うべき言動」、「改めるべき考え方」などを選択しているわけである。この傾向は、年齢が若く社歴の浅い社員ほど顕著に現れやすいようだ。

例えば、毎朝「おはようございます!」と気持ちよく挨拶をするリーダーがいるとする。そのようなリーダーが統括する部門では、部下も同じように「おはようございます!」と気持ちよく挨拶をする傾向が強い。

もちろん、リーダーには教育のために挨拶をしているなどの意識は全くないであろう。それでも、「ビジネスパーソンの基本動作である挨拶を部下に励行させる」という点で高い教育効果が発揮されることになる。

一方、朝、まともに挨拶をしないリーダーが統括する部門では、部下も挨拶を蔑ろにしがちである。挨拶をしないというリーダーの行動が、部下の行動選択に多大な影響を与えているわけだ。

これが『モデリング』である。従って、若年社員に取らせたい言動・思考様式がある場合には、OJTやOff-JTで指導するほかに、『モデリング』を利用して自ら行うように仕向けることも可能だ。有用な教育手法の一つといえるだろう。

『モデリング』は教育効果が継続しやすい

好ましい『モデリング』には、他の教育手法では見られにくいメリットが存在する。1番目のメリットは、教育効果の継続性が高い点である。

原則としてOJTやOff-JTでは、講師役を務める上司や先輩社員などから指導を受けた言動・思考様式を取ることが求められる。しかしながら、第三者から指示された言動などを行う際は、部下の内心に「やらされている」というマイナス感情が芽生えがちだ。その結果、研修で指導された事項は、時の経過とともに実行に移されづらくなるものである。

一方、『モデリング』の場合には取るべき言動・思考様式を第三者から指示されたわけではなく、部下が自ら選択している。そのため、「やらされている」という感情が芽生えづらく、選択された言動などは長く継続される傾向にある。教育効果の継続性が高いわけだ。

2番目のメリットは、人材の定着率の向上が期待できる点である。

好ましい『モデリング』が機能している職場では、自身が言動・思考様式を模倣している上席者に対して部下が好感情を抱くことが少なくない。「私もこのような上司になりたい」、「この先輩ともっといろいろな仕事に挑戦したい」などだ。その結果、勤務を長く継続するケースも多いようである。

しかしながら、OJTやOff-JTによって「私もこのような上司になりたい」などの好感情が醸成されるケースは、決して多いとはいえないようだ。そのため、OJTなどの実施によって人材の定着率向上が期待できるかは、大いに疑問の残るところである。

好ましい『モデリング』のキーパーソンはトップマネジメント

教育手法としての『モデリング』にはデメリットも存在する。リーダーの言動・思考様式に好ましくない点がある場合にはその言動などが部下に模倣されるため、業務の適切な遂行に支障を来すリスクがあることである。

そのため、好ましい『モデリング』を教育手法として機能させるには、個々のリーダーの言動・思考様式が自社にとって、またビジネスパーソンとして好ましいことが条件となる。

個々のリーダーの言動などは、リーダーの長であるトップマネジメントの影響を大きく受ける。従って、自社に好ましい『モデリング』を機能させようと思えば、まずは経営者が自身の日々の言動・思考様式について「全社員に模倣させるべきものか」という視点で振り返ることが重要になる。

虚心坦懐に自身を振り返った結果、残念ながら「社員に模倣させるべきでない点」、「改善が必要な事項」に気付くこともあるだろう。その際、自身の言動などを素直に見直せる経営者であれば、統括する企業も持続的成長が期待可能ではないだろうか。