年金の“今後100年”を見通した「財政検証」が公開。経営者がこれからの企業経営で覚悟しなければいけないこととは

2024年7月3日、厚生労働省は公的年金の財政面の検証を行う「財政検証」の結果を公表した。この「財政検証」では “現行の制度を継続した場合” に加え、 “年金制度を改正した場合” の財政への影響もシミュレーションされている。そこで今回は、年金の「財政検証」の結果から、 “これからの企業経営のあるべき姿” について考えてみたい。

「所得代替率50%以上の確保」が確認された財政検証

「財政検証」とは、年金財政の長期的健全性を検証するために少なくとも5年ごとに実施される取り組みで、国民年金及び厚生年金の「財政の現状」や社会経済情勢の変化を踏まえた「今後100年間の見通し」が作成されるものである。

現在、政府ではモデル年金(「平均的な給料額で40年間働いた夫」と「40年間専業主婦であった妻」の2人が受け取る年金の合計)の所得代替率が将来的に50%を下回らないようにすることを目標としている。「所得代替率」とは、年金を受け取り始める時点の金額が、現役男性会社員の「ボーナスを加味した手取り収入額」に対してどのくらいの割合かを示す数値。この数値が高いほど、年金の支払い水準が高いことを意味する。

この点を踏まえて今回の検証結果を見てみると、最近30年間の経済状況と同様の状況が今後も継続することを想定した「過去30年投影ケース」でシミュレーションした場合には、2024年度に61.2%であったモデル年金の所得代替率は徐々に低下して、33年後の2057年度に50.4%に到達。その後は50.4%が維持されることが確認された。

つまり、今後100年間について、政府目標である「モデル年金の所得代替率50%以上の確保」が可能という検証結果が示されたものである。さらには、経済の状況が現状よりも良くなることを想定した「高成長実現ケース」及び「成長型経済移行・継続ケース」では、最終的な所得代替率はそれぞれ56.9%、57.6%と試算されている。

「社会保険の適用拡大」を進めるほど年金の受け取り額は増加する

今回の財政検証では、年金制度を改正した場合の財政への影響を検証する「オプション試算」も行われている。その中で、とりわけ企業経営に大きな影響を与える可能性があるのが「社会保険の適用拡大を一層進めた場合」の年金財政への影響である。

具体的には、次の4つの適用拡大がシミュレーションされている。

(1)「企業規模要件(※1)の撤廃」、「個人事業所の非適用業種解消」を行った場合
(2)「企業規模要件の撤廃」、「個人事業所の非適用業種解消」、「賃金要件(※2)の撤廃又は最低賃金の引上げ」を行った場合
(3)「企業規模要件の撤廃」、「個人事業所の非適用業種解消」、「賃金要件の撤廃又は最低賃金の引上げ」、「5人未満の個人事業所への適用」を行った場合
(4)「週所定労働時間10時間以上の全ての被用者」へ適用を拡大した場合


※1:企業規模要件:2024年9月までは被保険者数101人以上企業、2024年10月からは同51人以上企業
※2:賃金要件:所定内月額賃金8.8万円以上

最近30年間の経済状況と同様の状況が今後も継続することを想定した「過去30年投影ケース」で検証した場合、上記(1)から(4)の適用拡大に取り組んだときの最終的な所得代替率は「(1)51.3%」、「(2)51.8%」、「(3)53.1%」、「(4)56.3%」と試算された。制度改正を実施しない場合の最終的な所得代替率は前述のとおり50.4%なので、「社会保険の適用拡大」により年金の支払い水準が向上することが明確にされたものである。

つまり、社会保険の適用拡大を進めるほど年金財政は健全化し、将来の年金受給者の受け取り額増加に繋がることが確認されたわけである。

経営者は「社会保険の適用」を前提とした経営モデルを

次回の年金制度改正は、前述のオプション試算の結果も踏まえて内容が決定される。従って、更なる「社会保険適用拡大」の実施が想定されている。とりわけ、前述(1)の「企業規模要件の撤廃」と「個人事業所の非適用業種解消」については、有識者会議等で早急に対応すべきことが指摘されている状況にある。

仮に前述(1)の法改正が行われれば、「被保険者数50人以下」の企業であっても、一定の短時間労働者が社会保険への加入を義務化されることになる。社長が1人で切り盛りしている法人がパート従業員を1人雇用しただけで、そのパートが労働時間や賃金の要件を満たせば社会保険に加入しなければならないのである。

社会保険料は法人税と異なり、たとえ赤字決算であっても支払いを免れることができない。そのため、社会保険の適用における企業規模要件撤廃が、財務基盤の脆弱な中・小規模企業の経営に与える影響は計り知れないと言えよう。

「短時間労働者の社会保険加入基準」から企業規模要件が撤廃された場合、パート従業員の社会保険料にかかわる経済的負担に耐えられないビジネスモデルでは、マーケットから淘汰されることを覚悟しなければならないかもしれない。従って、これからは中・小規模企業であっても、人的資源に関する社会保険適用を所与とした経営モデルの構築が必須となるであろう。