私は、ミンツバーグが提唱したリフレクション・ラウンドテーブルを日本に導入し、その縁で2011年に「ミンツバーグ教授のマネジャーの学校」を出版することができました。その執筆の最中、モントリオールを訪れ、彼と話しているときに、「ナオ、ビジネスの世界を良くしていくことも大切だが、それだけではだめだ。人々は長らく、政治に期待してきた。いつかは自分たちの暮らしを、社会を、良くしてくれるだろうと。
1. 政府でも、企業でもない、第3の柱が必要である
私は、ミンツバーグが提唱したリフレクション・ラウンドテーブルを日本に導入し、その縁で2011年に「ミンツバーグ教授のマネジャーの学校」を出版することができました。その執筆の最中、モントリオールを訪れ、彼と話しているときに、「ナオ、ビジネスの世界を良くしていくことも大切だが、それだけではだめだ。人々は長らく、政治に期待してきた。いつかは自分たちの暮らしを、社会を、良くしてくれるだろうと。残念ながら、それは実現しなかった。次に、人々はビジネスに期待した。しかし、それも実現しなかった。今、社会には、政治(政府)でも、ビジネス(企業)でもない、第3の柱が必要になっているんだ」と熱く語っていたことが強く印象に残っています。当初、彼はホームページとパンフレットという形で、自分の考えを投げかけ、多くの人と議論を重ねてきました。そして、2015年「Rebalancing Society(邦訳タイトル:私たちはどこまで資本主義に従うのか)」を出版しました。マネジメントを専門分野として研究を重ねてきましたし、この書籍でも「テーマのほとんどは、私の専門分野ではない」と述べています。しかし、「けれども、本書で扱ったテーマの幅広さを考えれば、すべてが専門外だという人はいないだろう」と続けています。社会の問題は、『そんな大きな問題は……』と尻込みしたり、逃げたりする姿勢が、問題解決を困難にしているのです。
2. 第3の柱、多元セクターとは何か
彼が言う、第3の柱とは具体的にどんなものでしょうか。「さまざまな財団や宗教団体、労働組合、協同組合、多くの一流大学や一流病院、グリーンピースや赤十字のような非政府組織(NGO)……。政府が所有しているわけでも、民間の投資家が所有しているわけでもない団体」のことであり、例として「容認しがたい状況に抗議する社会運動(ソーシャル・ムーブメント)=例:アラブの春の民主化や、好ましい変化を起こすために始まる社会事業(ソーシャル・イニシアチブ)=例:再生可能エネルギーの普及を目指す運動」を挙げています。誰かによって所有されていないということが最大の特徴です。これらの総称として、多元セクター(Plural)と名付けました。それは、政府(Public)、企業(Private)に対する言葉として、誰にも所有されていない多様な団体の総称であることを示しています(Pluralは複数の意)。
皆さんの周りで、多元セクターの動きは活発でしょうか。政治の分野では、SEALDsの活動が多くの賛同と支持を得て大きなうねりとなりましたが、その他の領域では、分散的でまとまった力となり切れていない印象があります。日本に限ったことではないようです。
社会をよくするための動きは、多元セクターに限らず、企業でも取り組みが行われています。CSRや社員個々の意思によるボランティア活動の拡大。さらには社会事業そのものを目的とした会社の設立(ソーシャル・アントレプレナー)も盛んになってきています。
かく言う私たちが起業した株式会社ジェイフィールも、働く人々を元気にしたい、みんなが臆面もなく「仕事が面白い、職場が楽しい、会社が好きだ」と言える組織を増やしたい、そういう社会を作りたい、という社会変革の理想の下でできた会社です。
しかし、ミンツバーグは、ビジネスの枠組みの中ですべての社会問題までカバーできると考えることには無理があると言います。民間企業にも、政府にもその成り立ちからおのずと限界があるからです。
例えば、水問題。水は、国民の生命を守るために必要な国家財産でしょうか。Yesと答えたくなりますが、国内に水源(巨大な河川や湖)を持つ政府が、自国民のために水をせき止めて採取し、結果として下流の国々への流れが大きく制限されたとき、それは致し方ないことでしょうか。あるいは、海水を淡水化する技術を持つ企業がビジネスのネタとして、世界中で最大限高く売ることは当然の企業行動なのでしょうか。長年の研究投資がかかっており、企業が所有する知的財産なので、この分野が新たなビッグビジネスの主戦場となることが見通されています。新しい技術を開発した企業がその恩恵を享受するのが当たり前だというのは、本当に正しいのでしょうか。利益を享受しない限り、新たな技術開発はされないのでしょうか。他に解決策はないのでしょうか。
こうした問題を見てくると、多元セクターの出番となるのですが、大切なのは、これは“誰かが”行うものではなく、“誰もが”行うものだというのです。誰かに依存するのではなく、みんなで行動する必要があると説きます。水問題のような世界的な問題だけでなく、私たちの身の回りにも様々な問題があります。待機児童の増加、介護問題、原発再稼働の可否、被災地支援、所得格差の拡大、子どもの貧困、など多岐にわたっています。
3. 私たちは何をすべきなのか - 今、問われていること
社会問題を解決するには、3つのステップがあるとミンツバーグは説きます。① Reversal(迅速な転換):社会運動などを通して異議を唱え、破壊的な行動を直ちにやめさせること。知恵を働かせることと、広範な人が呼応して動くことによって可能になる。私たち一人ひとりの態度が最も重要な鍵を握る。
② Regeneration広範な再生:勇気と知恵を持つ人が起こす社会的事業によって、建設的な行動のあり方を確立する。多元セクターの動きが政府や企業とうまく連携することができると力強い。
③ Reform大がかりな改革:問題に対処する政府と責任ある企業行動に変革する動き。社会変革に多元セクターの力が必要だと言っても、政府や企業の変化なしには大きな変革は起きないのは言うまでもない。
社会変革の3つのステップを見たところで、あらためて私たちへの問いかけが重みを増してきます。私たちは、何をすべきなのか。自分も何かしたいけれども、どこから始めればよいのかわからないという疑問に対して、彼はこう答えます。
「世界を搾取するものと戦う最初の一歩は、鏡の前に立つことだ。鏡の中の人物と向き合おう。」
この連載では、自分を深く見つめる内省をキーワードにしてきましたが、究極はそこに行きつきます。自分の周囲を見つめて、これまで見えていなかったものを探すことから始まります。人は、自分が信じているとおりに物事が見える(見てしまう)ものなので、考え方が変わると、ものの見え方が変わり、行動も変わってきます。内省は、マネジメントのためのツールではなく、自らの生き方を探るための手段です。
何をしたらよいかわからないとき、内向きに、同じ思考を繰り返しても、何も変わりません。外の世界に目を向けること、出かけることが必要です。外の世界を知ることは、新しい視点で自分を見つめ直すことに他ならないのです。
「携帯のように気が散るものをできるだけ排除して、現実の世界、すなわち近所で起きていること、地元の町で起きていること、世界で起きていることをしっかりと自分の目で見てみよう」
社会のバランスを取ろう(Rebalancing Society)という彼の主張は、言い換えると、一人ひとりが自分のバランスをとるところから始めようということです。
私たちジェイフィールは、単に企業の活性化だけを目的とした会社ではありません。多元セクターと手を携えつつ、社会を変革していく一助となりたいと思っています。今回ご紹介したミンツバーグの提言に応える形で、10月5日から「リフレクション・ラウンドテーブル世界大会」を行います。最終日の8日(土)には、政府、企業、多元セクター三者が会して、どのような動きを始めていけばいいのかを話し合う場を提供します。ぜひ、あなたもご参加ください。