4月14日に熊本地方を震源とする地震が発生し、大きな被害が発生している。震災の影響で、熊本県下で事業を営む企業の社会保険上の取り扱いは何か変わるのだろうか。
5月2日の社会保険料引き落としが緊急停止に
被災企業にとって当面の課題は「直近の社会保険料の支払いができるか」にある。震災発生後、最初に到来する社会保険料の支払いは5月2日を納期限とする「3月分の社会保険料」だが、被災企業によっては5月2日に「3月分の社会保険料」が口座から引き落とされた場合、資金繰り等に大きな影響を及ぼすことが懸念される。そこで、震災発生から約1週間後の4月22日に厚生労働省の告示が発出され、熊本県下の企業については3月分以降の社会保険料の納期限を延長することとし、納期限が延長されている間は社会保険料の口座振替を行わない措置がとられることになった。納期限の延長とは、本来、翌月末日(休日等の場合は翌営業日)とされている社会保険料の納付締切日を “先延ばし” にする仕組みのことで、厚生年金保険料、健康保険料、船員保険料、子ども・子育て拠出金が対象とされている。
上記を踏まえ、熊本県下で社会保険料を口座振替で納付している企業に対し、5月2日に引き落とされるはずであった「3月分の社会保険料」について、一律、口座振替を行わない “緊急停止措置” がとられた。企業側から「5月2日の引き落としを止めてほしい」との個別の依頼がなくても、一律に振替停止の措置がとられているため、「日本年金機構に連絡ができなかったので、5月2日に社会保険料が口座から引き落とされた」という事態は、原則として発生しない。
しかしながら、熊本県下の企業の中には今般の震災の影響を被っていないケースも存在する。そこで、口座振替の緊急停止後は対象企業に対して『納入告知書』が郵送され、保険料の納付が可能な企業は『納入告知書』を使用して、金融機関等の窓口で社会保険料を納めることとされている。送付される3月分の『納入告知書』には「5月2日が納期限である」旨の記載があるが、現在、納期限が “先延ばし” にされている最中なので、届いた『納入告知書』を用いて5月2日以降に納めることで問題は発生しない。支払いの期限が “先延ばし” にされている間に保険料を納めれば、期限を超過してしまったことによる “延滞金” の支払いの問題も生じないことになる。
ただし、保険料の納付が可能な企業にとっては、『納入告知書』を使用して金融機関等の窓口で納めるよりも、口座から自動的に保険料が引き落とされる口座振替で納めるほうが便利であろう。そのような企業の中には「社会保険料の納付方法を口座振替に戻してほしい」とう意向を持つケースもあるかもしれない。しかしながら、国の施策として納期限が延長されている間は、納付方法を口座振替に戻すことはできないので注意が必要である。
社会保険料の「納付の猶予」も
納期限が具体的にいつまで延長されるのかは、今後の被災地の復興状況などを鑑みて政府(厚生労働省)が決定し、発表されることになる。そのため、現時点で延長された納期限がいつになるのかが決まっているわけではない。たとえば、5年前の東日本大震災の際には、青森県内の企業は平成23年2月分から同5月分までの社会保険料の納期限が「平成23年7月29日」まで延長されたなどのケースがある。
また、期限が決定された後は該当企業に書面でお知らせが届く予定であり、自動的に口座振替による納付が再開されることになっている。従って、各企業が口座振替再開の手続きを個別に行うことは不要とされている。
さらには、企業が震災により相当な損害を受け、社会保険料を納付することができないと認められた場合には、申請により社会保険料の「納付の猶予」を受ける仕組みも設けられている。前述の「納期限の延長」とは熊本県下のすべての企業が一律に対象とされるが、「納付の猶予」は、納期限が延長されてもなお保険料支払いが困難な企業の申請に基づき、個別に社会保険料の支払いを「猶予」するかどうかの審査が行われるものである。
今後、被災地の状況により被災企業に対して、更なる施策がとられる可能性も存在する。たとえば、東日本大震災の際には、一定の条件を満たす被災企業に対して社会保険料の納付自体を「免除」する措置もとられている。残念ながら本稿の執筆時点(5月9日)では、熊本地震の被災企業に対して社会保険料の支払いを「免除」する措置は設けられていないが、被災地の企業においては、被災に伴う各種制度をぜひとも有効に活用し、一日も早い経営の正常化を心から願う次第である。
コンサルティングハウス プライオ
代表 大須賀 信敬(中小企業診断士・特定社会保険労務士)