職場のハラスメントについて、法律の定義を言葉として理解することと、実際の職場で起こる問題に応用することは、かなり距離がある。とくに、「セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)」については、恋愛や不倫がからんでくると、「会社は関係ない。個人の問題」と思いがちである。体に触ったり、性的な話題をしばしば口にしたりするといった行為はセクハラだと理解しやすいのだが、いわゆる「対価型セクハラ」については、誤解している人が多い。
「対価型セクハラ」の具体例
「セクシュアル・ハラスメント」の定義は、「男女雇用機会均等法」第11条から、「対価型」と「環境型」に分けて説明される。【対価型】
職務上の地位を利用して性的な関係を強要し、それを拒否した人に対し、減給・降格などの不利益を負わせる行為。
【環境型】
性的な関係は要求しないものの、職場内での性的な言動により働く人たちを不快にさせ、職場環境を損なう行為。
今回は、前者の「対価型」について、くわしく見ていこう。
前述の定義からすると、「減給や降格などの人事上の権限を持っている人」が、自分より「職場内の立場が弱い人」に対して性的関係を強要し、拒否された場合に、「実際に減給や降格などの不利益処分を行うこと」と読み取れる。しかし、過去に行われたセクハラ裁判における判決の実例を見ると、実際の「対価型セクハラ」は、もう少し広い概念で考えられている。
定義が示す「不利益な処分」とは逆に、性的な関係を持つことで「昇進やよい評価」を約束するなど、見返りを与えることも対価型セクハラとして捉えられる。また性的な関係はなくても、自分の性的な好みで職場内の処遇に差をつけることも対象になるのだ。
相手から性的な関係を強要されたときに、「逆らうとクビになるのではないか」と、不利益を恐れて言いなりになった場合、実際には不利益な処分はないのだが、これもセクハラだと認められる。
さらに、「性的な関係を強要する側」が、実際には降格や減給などの人事上の権限を持っていなくても、単に「上司である」といったように「相手より立場が強い」場合も、やはりセクハラだということになってしまう。
相手が「断れない弱い立場」であるということを利用して性的な関係を迫ると、セクハラになる可能性が高いのだ。
また、「性的な関係」といっても、性行為を迫るだけでなく、デートに何度も誘ったり、「つきあってほしい」と交際を申し込んだりする程度でも、セクハラと認定される場合がある。
主観的には「恋愛」、実態は「セクハラ」
もうひとつ、セクハラ問題をややこしくしているのは、性的な関係を強要している側が、「強要しているという意識を持っていない」場合が多いことである。主観的にはこのようになる。
例1
「職場の女性を好きになってしまった。飲み会帰りのタクシーの中で、アルコールが入っていたこともあり、気持ちが抑えられず強引にキスをした。彼女も抵抗しなかったので、まんざらでもないようだ」
一方、女性の立場からするとこうなる。
「会社の飲み会の帰りに、上司が『タクシーで送る』と言ってきて、断ったのに強引に車に押し込まれた。しかも、『ぼくとつきあったら悪いようにはしないよ』と言って無理やりキスされてしまった。嫌だったが、突然すぎて強く抵抗できなかった。翌日から、その上司の顔を見るだけで気持ちが悪く、吐き気がしてくる 」
また、このような例もある。
例2
「職場の女性と交際したいと思っている。なかなか忙しいようで、デートに誘っても『その日はちょっと用があって無理です』と言われてしまう。でも、いつもニコニコしているし、自分に好意を持っているようだ」
誘われた側からすると、こうなる。
「職場の上司がデートに誘ってくる。自分としては、ありえない相手だ。まさかそんなことは言えないので、『用事がある』と言って断っているが、しつこくて困っている。上司だから愛想よくしているだけなのに、勘違いされて迷惑だ。しかしはっきり断ると、次の契約更新に響きそうで言えない」
どちらも、女性の側はまったくその気がなくても、「職場の上司と部下」という関係から、強く「NO」と言えないケースである。しかし、上司の側からすると、「性的関係の強要」ではなく「恋愛」だ、という意識なのである。
順番を逆にして、女性の意見を先に聞けば「それはセクハラだ」と誰もが思うだろうが、男性の意見を先に聞くと、「恋愛なのだから、個人の問題だ。会社の感知するところではない」となってしまわないだろうか。
この2つの例はどちらもセクハラとなるので、ここを見誤らないようにしたい。