服部 泰宏 氏
著者:

神戸大学大学院 経営学研究科 教授 服部 泰宏 氏

神戸大学大学院経営学研究科 教授。神奈川県生まれ。 国立大学法人滋賀大学専任講師、同准教授、国立大学法人横浜国立大学准教授、国立大学法人神戸大学准教授を経て、 2023年4月より現職。 日本企業における組織と個人の関わりあいや、ビジネスパーソンの学びと知識の普及に関する研究、人材の採用や評価、育成に関する研究に従事。 2010年および2022年に組織学会高宮賞、 2014年に人材育成学会論文賞、2020年に日本労務学会学術賞などを受賞。
神戸大学大学院 経営学研究科

若手人材の育成にも応用可能

環境をデザインすることは、アルバイトやインターンシップはもちろんのこと、若手人材の育成にも応用できます。フィードバック環境や外との交流などが有効なのは、自分を相対的に評価できるからです。自分は仕事を出来ているのか、それとも出来ていないのかへの理解が深まり、成長への行動が促進されます。

特に企業では、若手の中でも2~5年の人材に向けた教育を手厚く行ってほしいと思います。通常、入社して1年目は研修が用意されるなど、成長の機会が整えられています。新人だからわからなくて当然ということもあり、フィードバックも自ら求めやすいでしょう。他方、1年目以降は特別な研修プログラムがないことが多いですし、入社して2年3年と経ち仕事に慣れるに従って、周囲の評価を気にしてフィードバックが求めにくくなります。

人によっては成長が鈍化し、こんなもので良いかなと諦めにも似た気持ちも生まれます。成長実感がわかないとキャリアが停滞している感じ、離職を選択することもあり得ます。刺激を与える観点からも、2~5年の社員にも手厚いフォローを行っていただければと思います。

面接にクリティカルインシデント・テクニックを利用する

採用時に学生の経験を引き出す場合は、クリティカルインシデント・テクニックを活用することをお勧めします。クリティカルインシデント・テクニックは、もともとは米国空軍のパイロットの採用手法として開発されました。優秀な人もそうでない人も、通常時の行動はそれほど変わりません。しかし、困難に直面した時や著しい成長があった時、あるいは成長が止まり停滞した時に、その人の本質が表れ、差が生じるものです。学生の本質を見抜くには、重大局面でどんな行動を取ったかに着目してみてください。

これまでの面接でも似たようなことは実施してきたと考えられますが、クリティカルインシデント・テクニックを用いることで、より鮮明に学生の体験を引き出すことができます。クリティカルインシデント・テクニックの具体的な手法は既にお伝えした通り、フリーハンドで曲線を描いてもらいます。これには自身の経験を思い出す意味があります。「あなたを大きく成長させた出来事を教えてください」といきなり尋ねても、回答は簡単には出てこないでしょう。自身の振り返りをしながら曲線を描いてもらい、傾きの大きいところ、つまり、重大局面で何があったか事細かにヒアリングします。本当に細かく、些細と思えるようなことも聞くことが大事です。例えば、「話をした」ならば、対面なのかオンラインなのかメールなのか電話なのかまで聞くなどです。

学生に外の世界に出ることを促してほしい

最後に、学生に向けてメッセージを送ります。今回、TKGで塾講師のアルバイトをしている学生を対象に調査をしましたが、自分は塾では働かないし関係のないことだ、などと考えないでほしいと思います。確かに、働く環境は企業側から提供されるもので、自分では変えられないかもしれません。しかし、自ら動くことはできるはずです。例えば、フィードバックを求めにいくことはできるでしょう。

アルバイトが質問をしていいのか、と遠慮する気持ちはわかります。しかし、質問されていやがる人は実はめったにいません。むしろ、喜ばれることが多いものです。反対に、フィードバック環境があっても、自ら動かなくては何も得られないことは多々あります。企業に正社員として入社すれば、上司も積極的にフィードバックをするなど熱を入れて指導しますが、アルバイトだと互いに遠慮しがちです。ここに学生アルバイトの成長に関する、大きな落とし穴があるのではないかと思います。本来であれば「真面目に働きたいし、できることならば成長したい」と考えている学生は、実は多いと思います。にもかかわらず、上司(社員)の側が、「アルバイトは、お金のために来ているのだし、熱心に指導されることを望んでいない」という信念を持っており、実際にそういう前提で彼ら彼女らに接してしまうと、そのような上司(社員)の態度を見て学生アルバイトたちは、「頑張っても仕方がない」と思い、実際に最低限の仕事だけするようになっていきます。当然といえば当然です。このように、上司が持っている信念が原因となって、部下が実際にはそのような人でないにもかかわらず、本当にその信念通りの人になってしまうような現象を、「予言の自己成就」と呼びます。上司が持つ信念(=予言)が、悪意なしに勝手に実現してしまう、ということですね。これを打ち破るためには、相手の信念が間違っている、というシグナルをこちらから送ることが重要になります。遠慮してしまう気持ちはよく分かりますが、ぜひ意欲的に行動を起こすことを心がけてください。

もう一つ。外との交流も意識的に作ることを推奨します。アルバイトに限らず、ゼミやサークルの居心地が良いと、その世界に閉じこもりがちになります。自分にとって居心地の良いコンフォートゾーンを持つことはマイナスではありませんが、時としてそれが成長を阻害します。外に出て現状の自分ではかなわないようなすごい人にあったり、ネガティブフィードバックに敢えてさらされたりすることは、成長する上でとても大事な経験です。外の世界に出るのは決して難しいことではありません。アルバイトをかけ持ちしても良いし、他のゼミに参加するのも良いでしょう。他の大学に行ってみても良いかもしれません。今日明日にでも実践できることなので、ぜひ試してほしいと思います。もし経営者や人事の方で知り合いに学生がいたら、外の世界に飛び出すことを推奨いただければ幸いです。

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