マインドフルネスは薬に匹敵する効果をもたらすこともある

マインドフルネスの医学的な効果のエビデンスを一つ紹介させていただきます。これは世界の五大医学ジャーナルと呼ばれる、非常に信頼度の高い医学雑誌に掲載された、うつ病の再燃(再発)予防に関する一つの研究結果です。うつ病は一旦症状が収まった後に、再発を抑えなければいけない期間があります。従来は2~3年は薬を飲み続けることがほとんどでしたが、この研究では、被験者約500人のうち約半数は途中からマインドフルネス瞑想を行う治療法に切り替えながら、両者を比較しました。24カ月の経過はどうなったか。なんと薬と瞑想の治療で、有意差がなかったのです。ただし、薬がまったく不要ということはなく、薬が必要な期間と不要になる期間があることがわかり、薬とマインドフルネスの両軸で治療を行うべきであることが示唆されました。いずれによせ、うつ病に対し、再発を防止するためには、薬に匹敵するくらいの良い効果があると示されました。研究が発表された2015年以降、日本でもマインドフルネスを学びたいという医師をはじめとした医療者が増えています。

このほか、マインドフルネスは社会不安障害(SAD)、全般性不安障害(GAD)、PTSDなどさまざまな不安障害に対して、多くの効果が立証されています。ここ2~3年で不眠にも効果があることがわかってきました。また肥満や高血圧など、一見すると心と直接は関係しないように思える分野にも、健全な方向に導いていく作用があると近年、証明されてきています。
世界的企業も取り入れている「マインドフルネス」の効果とは、ストレスを軽減し心身の健全を維持すること

脳科学が解き明かしたこと

なぜマインドフルネスは医学的にも効果があるのでしょうか。脳科学(神経科学)の分野で、マインドフルネスを実践すると脳に好影響をもたらす変化があることが解き明かされました。その中の「体験に対する情動反応の変化」について詳しく紹介させていただきます。これは、不安に対する「ぶれない心」というべきものです。マインドフルネスを習慣にしていない一般の人は、不安や恐怖など心の揺さぶりが起こり、それを抑えようとする時は、理性を司る内側前頭前野が活性化します。内側前頭前野は先ほど触れたデフォルト・モード・ネットワークの一部を担当していますので、情動を抑えようとすると脳のエネルギーは大変多く消費される可能性があります。つまり、感情を理性でもって蓋をしようとすると、脳が疲弊するということです。自分の感情に蓋をし続けると、やがて脳が疲れ切って破綻します。この破綻のことをバーンアウト(もしくはバーナウト)と言います。いわゆる「燃え尽き症候群」の状態です。

対して、マインドフルネスを習慣にしている人は、自分のネガティブ感情に対して内側前頭前野があまり活性化されません。心を揺さぶられるような状況に対面しても、理性で情動を封じ込めようとせず、客観的に自分の心のあり方を見ることができるようになります。理性を働かせなくても、感情をゆったりと客観的に眺めることができるので、脳が疲れにくいのです。ネガティブな刺激に対しても、淡々とした気持ち、おおらかな気持ちで受容することができると言えるでしょう。この心の変化を、脳の変化を見ることで脳科学の見地から証明されました。

マインドフルネス瞑想の実践

これから、マインドフルネス瞑想のうち、呼吸瞑想を体験していただきます。座ったまま目を閉じ、自身の呼吸に意識を向けていただきます。椅子に座ったまま手は膝やももに乗せ、手のひらを上に向けます。ただし、形にとらわれる必要はありません。自身のやりやすい格好で行います。マインドフルネス瞑想は心で何が起こっても一旦受け入れることが大切です。うまく呼吸に集中できないと感じるかもしれませんが、そのことに対して一切の価値判断や評価は行わないことが重要です。考えることを手放し、ただ感じるだけの状態を維持します。きっと雑念も浮かんでくるでしょう。しかし、それはそれでかまいません。むしろ、雑念が出てくることは前提です。雑念が出てきたら、雑念に気づいた自分をほめてあげるような意識で、改めて呼吸に意識を切り替えます。この切り替えの訓練こそが、マインドフルネスの本質的な要素と言うべきものです。
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――いかがでしょうか。マインドフルネス瞑想をする時は、雑念と必ず向き合うことになります。この雑念を悪者としてしまった時点で、雑念は増殖し続けて離れられなくなります。雑念はあってしかるべきと捉え、気にせずに受け入れます。その上で、意識を呼吸に戻せば、良い瞑想となります。マインドフルネス瞑想を毎日の生活に取り入れていけば、自然とオープンな心が育まれ、先入観なく物事を受け入れられるようになっていきます。

最後に、私たち日本人は自分に対する慈しみの心を向けること、すなわちセルフ・コンパッションが苦手だと言われています。しかし、自分への慈しみや優しさ、思いやりを受け入れられるからこそ、他者からの優しさも受け入れられるようになるはずです。セルフ・コンパッションがないと、他者からの優しさを裏があるのではないか、憐れみなのではないか、と変に勘ぐったり疑ったりしてしまう。そういう心のあり方の人を、皆さんも想像できるのではないでしょうか。

仏教の世界では「自利利他円満」と言い、私はこの言葉を「自らを慈しむことが他者に慈しみの心を向けることにもつながり、円満な世界を作る」と解釈しています。セルフ・コンパッションもまたマインドフルネスを通じ培われていくものの一つです。これからのメンタルヘルスにおいても、ビジネスシーンにおいても、セルフ・コンパッションの重要性がますます認識されているように思えます。マインドフルネスは信仰や国境の枠組みを超え、この共生の社会に寄与すると私は信じています。マインドフルネスを多くの人に伝えることを私の使命とし、これからも活動をしていきたいと考えています。
講演の後、徳岡氏が「論理優先の経営の世界では、勝ち負けだったり拝金主義だったり、市場主義に流れがちです。しかし、より良い世界を築くという意味でのイノベーションを起こすには、自分が信じていることは何かを改めて問い直す必要があるのではないでしょうか。その際、マインドフルネスを実践することは、非常に大きな意味を持つはずです。また、人生100年時代になり、良く生きることがますます重要視されています。良い暮らしを実践する上でもマインドフルネスは効果的で、今の時代が求めるものと合致していると感じました」と述べ、会を締めくくった。

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