HR総研(ProFuture株式会社/所長:寺澤康介)は、一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアム(代表理事:香川憲昭)、MS&ADインターリスク総研株式会社(代表取締役社長:一本木 真史)及び一般社団法人人的資本と企業価値向上研究会(代表理事:松岡仁)と共同で、人的資本経営と開示に関する企業・団体等の取組状況を大規模調査する「人的資本調査2024」を2024年8月末から12月にかけて実施した。
本調査に対して回答期限までに調査票を提出いただいた206社について、本調査の全体傾向として以下に報告する。

回答企業206社の属性概要

本調査に回答した企業の属性は以下のとおりである(図表1-1~3)。

【図表1-1】業種

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

【図表1-2】従業員規模

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

【図表1-3】上場タイプ

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

人材戦略での重視指標は「エンゲージメント」が最多、次いで「ダイバーシティ」

まず、「人材戦略の中で重要視している指標」について見ていく。
この項目は本調査にご回答いただいた企業が自社の人材戦略において、どのような指標を特に重視しているかを確認したものとなっている。この調査結果は、そのような企業の中で、どのような指標が特に重視されているかを確認したものとなっている。
全体の傾向を見ると、「エンゲージメント」がトップで40%、次いで「ダイバーシティ」が29%、「育成」が25%などとなっている。前回調査時は「ダイバーシティ」が最多(47%)、「エンゲージメント」が2位(45%)、「育成」が3位(38%)となっていたが、この上位3項目は前回調査と同じ項目が並んでいる(図表2-1)。従業員のエンゲージメントは企業の生産性に少なからず影響することが知られている指標で、これを重視する企業が多く見られた一方で、「ダイバーシティ」を重要視する割合が前回より20ポイント近くも低下していることが、企業におけるダイバーシティ推進の停滞を意味しているのか、気になるところである。

【図表2-1】人材戦略の中で重要視している指標

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

業種別に「人材戦略の中で重要視している指標トップ5」を見ると、ほとんどの業種において「ダイバーシティ」「エンゲージメント」「育成」がトップ3に入っており、いずれの業種においても重視されている傾向がうかがえる。ただし、業種特性による違いも明確に表れている。
例えば、「金融」では「エンゲージメント」と同率一位で「ダイバーシティ」が38%と4割近くに上っており、他業種より高い順位になっていることが分かる。この背景としては、ダイバーシティ志向が強いといわれるZ世代を含めた多様な人材を今後も呼び込み続けるためにも、「ダイバーシティ」を高めようとする機運が高まっていることが考えられる。一方、「サービス業」については、「育成」が33%でトップとなっており、人材育成を特に重要視していることが分かる。「建設・不動産業」では、「エンゲージメント」と「採用」が同率一位で33%となっており、業界全体で慢性的な人材不足であることが反映されていると推測される(図表2-2)。

【図表2-2】業種別 人材戦略の中で重要視している指標トップ5

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

続いて、「外部に開示している人的資本項目の指標」を見ていく。最も高い割合の項目は「働き方の多様性」で92%にも上り、次いで「多様性の進展度(性別・国籍等)」が82%、「安全衛生の取組み」が79%などとなっており、8~9割程度の割合でほとんどの企業が開示していることがうかがえる。また、前回調査である「人的資本調査2023」(2023年8~12月実施)と同様に上位2項目は「多様性」が占めており、企業がダイバーシティ推進に積極的に取り組み、情報開示を進めていることが示されている(図表2-3)。

【図表2-3】外部に開示している人的資本項目の指標

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

「職場環境への投資」が最も高い取組み水準の一方、「HRデータの収集と蓄積」等のデータドリブンな取組みに課題も

ここからは、「各領域における取組み水準」を見ていく。
まず、本調査の調査項目について説明する。本調査では、大項目として「人的資本経営の推進」、「人材戦略に基づく人的資本投資の実行」、「データドリブンなPDCAサイクル」、「戦略的開示と対話」の4つの領域に分け、各大項目の下に合計14個の中項目を配置している(図表3-1)。

【図表3-1】本調査の調査項目一覧

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中項目ごとの取組みレベルは、その下にある複数の小項目に関する取組み水準を平均した値となっており、1~4の4段階尺度となっている。これらの値を並べてみると、まず、4つの大項目のうち最も平均点が高かった項目は「人材戦略に基づく人的資本投資の実行」で平均値2.98ポイント、一方、最も平均点が低かった項目は「データドリブンなPDCAサイクル」で平均値2.61ポイントであった。また、中項目別で見ると「職場環境への投資」が最も高い水準で3.2ポイントとなっている。この中に含まれる取組みとしては、例えばエンゲージメントやウェルビーイング向上への取組みや、多様で柔軟な働き方を実現するための人事制度の整備などが含まれる。一方、「As is – To beギャップを踏まえた計画の作成」と「HRデータの収集と蓄積」がともに2.3ポイントで最も低い水準となっている。このような全体的な傾向から、多くの企業では、社員が活躍しやすい職場環境を作るための投資を行っているものの、それが計画的かつデータに基づいたものになっていないことが推測される。今後は、人材ポートフォリオを基にした戦略的な投資へと発展させ、データを活用したPDCAサイクルで継続的に改善していく取組みが必要とされているのだろう(図表3-2)。

【図表3-2】各領域における中項目の取組み水準平均値

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

業種別に見ると、「金融」、「運輸・エネルギー」、「情報・通信」の取組みレベルが全体的に高い傾向にある。特に、「運輸・エネルギー」では「ステークホルダーへの開示と対話」が3.4ポイントで全体平均より0.6ポイントも高くなっている。この背景としては、社会インフラを担う公共性の高い業種であり、人的資本の質が安全性や安定供給に直結するため、機関投資家や採用応募者、従業員など各方面のステークホルダーとの積極的な対話を通じて、信頼構築と人材確保を図る戦略的なアプローチが進んでいることが考えられる。また、「情報・通信」では「必要な人材の維持・獲得」が3.3ポイントで、他業種と比べて最も高くなっており、DXの急速な進展が続く中、IT人材の獲得競争の激化や高い人材流動性という業界特有の課題に対応するため、戦略的な取組みが進んでいると考えられる。一方、「建設・不動産」では多くの項目において取組みレベルが低い状態となっている(図表3-3)。

【図表3-3】業種別 各領域における中項目の取組み水準平均値

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次に、上場タイプ別に分けて見てみると、「東証プライム市場」の取組み水準が総じて高いことが分かる。特に、「ステークホルダーへの開示と対話」が3.2ポイントで、全体平均値の2.8ポイントとは0.4ポイントの顕著な差で高くなっている。この背景としては、コーポレートガバナンス・コードへの対応や機関投資家からの人的資本開示の要請の高まり、それに加え、東証プライム市場に上場する企業にはグローバル企業が多く含まれるため、国際的な人的資本開示の要請に対応する必要性も特に高いという特徴があると考えられる(図表3-4)。

【図表3-4】上場タイプ別 各領域における中項目の取組み水準平均値

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「人材戦略の可視化に経営トップが関与し自ら発信している」が9割

ここからは、「特に取組みが進んでいる項目」について、設問レベルの回答結果を見ていく。今回の調査結果の全体的な傾向として、前回調査時より取組みレベルが向上している項目が多くなっている。その中でも特に取組みレベルが高い、あるいは人的資本経営全体に影響があると思われる項目を、ピックアップしている。
1つ目の項目は「人材戦略の可視化と発信への経営トップの関与」で、「人材戦略とその可視化方法の議論に経営トップが関与し、社内・社外の双方へ自ら発信を行い、対話の機会も作っている」という最も高い水準の取組みを行っている企業が最多で52%と過半数に上っている。また、「人材戦略の可視化に経営トップが関与し、自ら発信している」という状態にある企業が88%と9割近くにも上っている。したがって、ほとんどの企業において人的資本経営に対して経営トップが明確にコミットし、推進しているといえる(図表4-1)。

【図表4-1】人材戦略の可視化と発信

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これを業種別に見てみると、「金融」では「経営トップが関与し社内および社外にも発信するとともに、対話の機会も作っている」とする企業の割合が69%で7割に上る。一方、「情報・通信」では、「経営トップが関与し、社内および社外にも自ら発信を行っている」とする割合は92%と9割にも上るものの、「対話の機会まで作っている」とする割合は他の業種より低く、38%で4割未満にとどまっている(図表4-2)。このように、人材戦略とその可視化方法の議論に経営トップが関与し社内および社外にも自ら発信するだけではなく、「対話までできているか」という部分では、業種によって異なる状況であることがうかがえる。

【図表4-2】業種別 人材戦略の可視化と発信

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「パーパス等の浸透に向けた経営層と社員の対話は年に2回以上」が6割以上、プライム企業の半数で「年に4回以上」

「特に取組みが進んでいる項目」の2つ目は、「企業理念・パーパス浸透に向けた経営層と社員との対話の頻度」である。
まず全体の傾向を見ると、企業理念・パーパス浸透のために「経営層と社員の対話の機会は年に4回以上設定している」とする企業が最多で48%と半数近くに上っている。また、「年に2~3回程度設定している」とする企業が16%で、これらを合計した「年に2~3回以上設定している」とする企業は64%で6割以上に上っており、これらの企業では少なくとも半年に1回以上は経営層と社員の対話の機会が持たれていることがうかがえる(図表5-1)。回答企業の7割近くが東証プライム市場への上場企業であり、大企業が多くを占める中、企業理念やパーパス浸透に向けて経営層がストーリーテラーとなって社員と直接対話することを重視している企業が少なくないことが読み取れる。それによって、相互の信頼関係の強化や社員からのパーパス等への共感を得るとともに、社員の会社に対するエンゲージメントの向上と行動変容につながることも期待されるだろう。

【図表5-1】企業理念・パーパス浸透に向けた経営層と社員との対話の頻度

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

さらに、パーパス等の浸透に向けた「社員の行動や姿勢への落とし込みや浸透度の測定」に関する取組み状況について、上場タイプ別に見てみると、「行動や姿勢への落とし込みと、評価や採用基準への反映とともに、浸透度の測定も行っている」という最も高い取組み水準にある企業の割合が、「東証プライム市場」では50%とちょうど半数に上り、他の企業群より顕著に高くなっている。「東証プライム市場」との差が顕著であるとはいえども、他の企業群においても、浸透度の測定まではしていなくとも「行動や姿勢への落とし込みと、評価や採用基準への反映」までできている割合が6割以上で、全体的に多くの企業で、企業理念やパーパスの浸透を重視し、浸透に向けた取組みを積極的に実施していることが分かる(図表5-2)。

【図表5-2】上場タイプ別 企業理念・パーパス浸透に向けた、社員の行動や姿勢への落とし込みや浸透度の測定

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「エンゲージメントの測定と改善に取り組んでいる」企業が8割、中小企業でも半数以上に

「特に取組みが進んでいる項目」の3つ目として、「エンゲージメントレベルの把握と改善アクション」の状況を見ていく。
前述のとおり、人材戦略の指標として「エンゲージメント」を重視する企業の割合が最も高い傾向にある中、どの程度の企業がエンゲージメントレベルを把握し改善アクションに取組んでいるかは注目される。
最も高い割合となっているのが「社員のエンゲージメントレベルを測定後、改善のためのアクションを行い、数値に基づき効果検証を行っている」という回答で、48%と半数近くに上っている。次いで「社員のエンゲージメントレベルを測定後、改善のためのアクションは行っているが、数値に基づく効果検証は不十分である」が31%で、これらを合計した「現状のレベルを把握するとともに向上を目指した改善アクションまでできている」とする企業は79%で8割にも上っていることが分かる。以上のことから、多くの企業で社員のエンゲージメント向上のために把握・改善の両面で、積極的に取組んでいる状況がうかがえる(図表6-1)。

【図表6-1】エンゲージメントレベルの把握と改善アクション

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

これを企業規模別に見てみると、従業員数5,001名以上の大企業では、「エンゲージメント向上施策の数値に基づく効果検証まで行う」という高いレベルで推進している割合が84%と8割以上に上っている。この割合は企業規模が小さいほど低く、すなわち取組みレベルが低い状態ではあるものの、300名以下の中小企業においても51%と半数以上が「エンゲージメントレベルの測定と改善アクションを行っている」という結果が出ている。こうした結果から、企業の生産性の向上も期待できる指標として、企業規模を問わず社員のエンゲージメントの向上への取組みが広く浸透してきていることがうかがえる(図表6-2)。

【図表6-2】企業規模別 エンゲージメントレベルの把握と改善アクション

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「人的資本KPIの経年データ分析できている」企業が7割以上、前回より1割程度向上

「特に取組みが進んでいる項目」の4つ目は、「人的資本に関するKPIの経年データ分析・ベンチマーク比較」である。
まず全体傾向を見ると、「KPIの経年データを他社データのベンチマークデータと比較しながら分析し、自社の人的資本における課題や改善の方向性把握に役立てている」という最も高い取組み水準の企業が43%と、ベンチマーク比較まで実施できている企業が4割程度に上っている。これに次いで、「KPIの経年データを用いて自社の人的資本課題を分析しているが、他社データをベンチマークし、比較することは行っていない」という2番目の取組み水準の企業が29%と3割程度となっており、これらを合計した「経年データの分析ができている」とする企業は72%と7割以上に上っている。この割合は、前回調査時は6割近くであったことを踏まえると、この1年で1割程度増加していることが分かる。このような経年データ分析をするために必要となるKPIデータを継続的に取得し続けている企業が、徐々に増加していることが背景にあるといえる(図表7-1)。

【図表7-1】人的資本に関するKPIの経年データ分析・ベンチマーク比較

これを上場タイプ別に見ると、やはり「東証プライム市場」では他の企業群より顕著に取組みレベルが高く、「KPIの経年データを他社データのベンチマークデータと比較しながら分析し、自社の人的資本における課題や改善の方向性把握に役立てている」という最も高い取組み水準の企業が半数にも上っている。この背景には、グローバル競争下でプライム企業への高いガバナンス要求や、機関投資家からの人的資本開示に関する期待の高まりがあると考えられる。一方、「東証グロース市場」では「KPIは数値を算出しているのみで、数値の背景や改善に向けたポイント等のデータ分析は出来ていない」という最も低い取組み水準にとどまる企業が50%となっている。「東証グロース市場」に上場する企業には、例えばスタートアップなどの新興企業など高い成長可能性を有する企業が多く含まれ、収益基盤・財政状態に関する審査基準も無いことから、まずは基本的な指標管理の確立に注力している状況の企業が多いことがうかがえる(図表7-2)。

【図表7-2】上場タイプ別 人的資本に関するKPIの経年データ分析・ベンチマーク比較

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「人材ポートフォリオ実現への目標・計画の設定ができていない」が半数以上

ここからは、全体的に「取組みレベルに課題がある項目」をピックアップして見ていく。
取組みレベルに課題がある項目の1つ目は「人材ポートフォリオの充足に向けた目標設定や達成までの具体的計画」で、全体傾向を見ると、「必要な人材ポートフォリオを実現するための具体的計画に基づき、目標達成に向けた活動を推進中である」という最も高い取組み水準が33%で最多となるものの、最も低い取組み水準である「人材の現状分析や必要とする人材ポートフォリオの明確化が出来ていない」とする企業の割合が28%と3割近くに上っている。また、2番目に低い取組み水準である「人材の現状分析はしたが、必要な人材ポートフォリオを実現するための目標設定や具体的計画は立てられていない」とする企業が26%で、これら取組み水準の低い2項目を合計した「人材ポートフォリオの実現に向けた目標と具体的計画を設定できていない」(以下同じ)とする企業は、54%で半数以上に上っている(図表8-1)。
「各領域における取り組み水準」の中で、「職場環境への投資」が最も高い水準である一方、「As is – To beギャップを踏まえた計画の作成」に関する取組み水準が14個の中項目の中で最も低い状態にあることを記載した。本データからは、人への投資を人材ポートフォリオの充足に向けた戦略的な取組みとして行えていない企業も少なくないことがうかがえる。

【図表8-1】人材ポートフォリオの充足に向けた目標設定や達成までの具体的計画

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これを企業規模別に見ると、大企業の中でも「5,001名以上」の企業群では、「必要な人材ポートフォリオを実現するための具体的計画に基づき、目標達成に向けた活動を推進中である」という最も高い取組み水準にある企業が65%と7割近くに上っており、「人材ポートフォリオの実現に向けた目標と具体的計画を設定できていない」とする企業は24%と2割程度にとどまっている。一方、5,000名以下の企業規模では、「人材ポートフォリオの実現に向けた目標と具体的計画を設定できていない」とする企業の割合が顕著に高くなり、「1,001~5,000名」の大企業でも56%と6割近くに上っている。さらに「300名以下」の中小企業では80%にも上っている(図表8-2)。このように、人材ポートフォリオを考慮した上での戦略的な取組みにつなげる取組みは、大企業であってもハードルの高い状況となっていることがうかがえる。

【図表8-2】企業規模別 人材ポートフォリオの充足に向けた目標設定や達成までの具体的計画

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「優秀人材が重視する指標」の開示が進まず、プライム企業でも「数値で示していない」が7割近く

「取組みレベルに課題がある項目」の2つ目として、「社内の優秀人材が重視する指標や取組の開示」を見ていく。
まず、全体の傾向としては、最も低い取組み水準である「従業員向けに人的資本情報の開示をしていない、もしくは社内の優秀人材が重視する指標や取組が明確になっていない」という企業の割合が55%と6割近くに上り、多くの企業で優秀人材の定着に向けた取組みに着手できていないことがうかがえる。取組みに着手している企業でも「社内の優秀人材が重視する指標や取組を明確にした上で、当該情報について従業員に開示しているが、定性情報(文章)が中心となっている」の割合が19%となっており、これらを合計した「必要情報を数値で示していない」(以下同じ)の割合は74%で、4分の3の企業が「社内の優秀人材が重視する指標や取組に関する情報を数値で示していない」という結果となっている(図表9-1)。
前述のとおり、属性に関するダイバーシティへの対応は多くの企業で重視して推進される一方、優秀人材の定着や活躍への対応は積極的に進められていない企業が多いことが分かる。なお、この傾向は前回調査時から向上が見られていない状況で、自社の持続的な企業価値向上に向けて欠かせない優秀人材の定着や活躍しやすい環境整備に向けて、まずは「優秀人材が重視する指標」を把握することから取り組む必要があるだろう。

【図表9-1】社内の優秀人材が重視する指標や取組の開示

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これについて上場タイプ別に見てみると、最も取組みレベルが高い東証プライム市場でも「必要情報を数値で示していない」という割合が67%と7割近くで、「東証スタンダード市場」にいたっては100%となっている。その中でも96%が「人的資本情報自体の開示をしていない、もしくは、優秀人材が重視する指標などが明確になっていない」としており、「東証スタンダード市場」では特に優秀人材の定着に関する取組みに着手できていない状況がうかがえる(図表9-2)。

【図表9-2】上場タイプ別 社内の優秀人材が重視する指標や取組の開示

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重点領域の専門性習得者へのインセンティブ提供に不足感、「情報・通信」では比較的好調

「取組みレベルに課題がある項目」の3つ目は、「重点領域のスキル・専門性の習得者に対する処遇改善や報酬アップ」である。
全体では、組織として不足しているスキル・専門性を特定し、重点領域を定めた上で、「(重点領域のスキル・専門性の習得者に対する処遇改善や報酬アップを)実施しておらず、検討もしていない」とする企業が30%で、最も多くなっている。また、「実施していないが、検討を進めている」の割合は24%となっており、これらを合計した「処遇改善や報酬アップを実施していない」とする企業は54%と過半数に上っている。
本調査の別項目として、「重点領域を特定して、それに関わる教育研修を実施している」とする企業が8割近くあるという結果も出ている。このような傾向も踏まえると、重点領域の専門性の習得を社員に促したい企業が多く見られる一方、社員の習得意欲を向上させられるような習得者に対する魅力的なインセンティブに関する施策が、まだ不足していることが分かる(図表10-1)。

【図表10-1】重点領域のスキル・専門性の習得者に対する処遇改善や報酬アップ

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

これについて業種別に見てみると、「情報・通信」での取組みレベルが比較的高いことが分かる。「情報・通信」の中で46%の企業において、「既に実施しており、想定以上の数の社員に対して実施している実績がある」としており、制度として整備するだけでなく、制度の運用が社員のニーズとマッチして上手く機能していることがうかがえる(図表10-2)。
このように「情報・通信」で先行して進められていることの背景に、IT技術が目まぐるしく進化し続ける現代社会において、それに対応できる人材を確保する必要性が高くなっていることが少なからずあると考えられる。必要なスキルや専門知識を持った人材の獲得の手段を新たな採用に頼るだけでなく、既存社員においても重要な専門スキルを獲得できる人材を増やし定着させたいという意識が、他の業種より高くなっていると推察できる。

【図表10-2】業種別 重点領域のスキル・専門性の習得者に対する処遇改善や報酬アップ

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「人的資本の取組と財務指標の関連データ分析」できていない企業が8割

「取組みレベルに課題がある項目」の最後は、「人的資本の取組と財務指標の関連データ分析と開示」と「人的資本経営や開示で必要なKPIの可視化の頻度」である。
まず、全体傾向で見ると、「人的資本の取組と財務指標の関連については検討出来ていない、あるいは検討を始めた段階である」という最も低い取組み水準の割合が58%で、6割近くもの企業が検討自体もできていない状況となっている。また、「人的資本の取組と財務指標の関連について検討し、概ね整理が出来ているが、データを用いた分析は行っていない」とする企業の割合は21%で、これらを合計した「データを用いた分析ができていない」(以下同じ)の割合は79%と8割にも上っている(図表11-1)。

【図表11-1】人的資本の取組と財務指標の関連データ分析と開示

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

上場タイプ別に見てみても、特に高い取組み水準にある企業群はなく、「東証プライム市場」においても、「データを用いた分析ができていない」企業が75%で4分の3を占めている(図表11-2)。
人的資本の取組みと財務指標の関連性の分析として代表的で簡易的なものとしては、例えばエンゲージメントレベルと業績指標(売上、営業利益等)との相関の確認などが挙げられるが、この分析をするためには、ある程度のHRデータを蓄積する必要もあるとともに、財務指標はエンゲージメント以外の様々な要因によって変化するため、数値で明確に関連性を示しづらいという懸念もある。したがって、現状では、多くの企業にとってかなりハードルが高い取組みとなっていると考えられる。

【図表11-2】上場タイプ別 人的資本の取組と財務指標の関連データ分析と開示

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

人的資本の取組みと財務指標の関連性の分析するためには、前述のとおり、ある程度のHRデータを蓄積する必要があるが、以下に示す「人的資本経営や開示で必要なKPIの可視化の頻度」の全体傾向を見ると、なかなか財務指標のようには可視化が進んでいないことが分かる。
「必要なKPIデータは1年に1回程度集計し可視化している」という最も低い可視化頻度となっている企業が33%と3割程度で、「必要なKPIデータは2~6ヵ月に1回程度集計し可視化している」の割合は45%と半数近くに上っている(図表11-3)。
これらの結果から、多くの企業において人的資本と財務指標の関連分析の取組みが進んでおらず、KPIの可視化頻度も十分とは言えないことが明らかとなった。今後、取組みを進めていく上で、データ蓄積の基盤整備とより頻度の高いKPIの可視化が課題となるだろう。

【図表11-3】人的資本経営や開示で必要なKPIの可視化の頻度

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「男性の育児休業取得率」は全体的に向上、ただし「サービス」は48%で低水準

「有価証券報告書での開示が義務化されている項目」について、最初に「男性の育児休業取得率」を確認する。
まず、全体的に前回調査の結果である「2023年度」より今回調査の結果である「2024年度」の方が高い平均値となっていることが分かる。「2023年度」が55%であったのに対して、「2024年度」は68%と13ポイントも上昇し、7割近くに上っている。また、上場タイプ別に見ると、いずれの企業群でも前回調査時より今回調査の方が高くなっており、「東証プライム市場」が最も高く70%となっている。一方、最も低いのは「東証スタンダード市場」で57%と6割近くとなっており、プライム市場との差が顕著となっている。ただし、前回調査時より16ポイントも大きく向上していることも分かる(図表12-1)。

【図表12-1】上場タイプ別 男性の育児休業取得率

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

次に、業種別の平均値を見てみると、こちらもいずれの業種でも向上傾向となっていて、特に「金融」では98%とほぼ全員が取得していることが分かる。
一方、最も低いのは「サービス」で、前回より向上はしているものの、48%と半数に満たない状況が続いている。この背景としては、シフト制をとっている業態も多くあるため、社員同士で休業期間を調整しづらい業種特有の事情があるのではないかと推測される(図表12-2)。

【図表12-2】業種別 男性の育児休業取得率

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

「女性管理職比率」全体平均12%は前回と変化なし、最も高い業種は「サービス」で26%

「有価証券報告書での開示が義務化されている項目」として、「女性管理職比率」も確認する。
まず、全体傾向を見ると、女性管理職比率は「0~5%未満」が最多で33%、次いで「5~10%未満」と「10~20%未満」がともに23%などとなっている。「10%未満」(「0~5%未満」と「5~10%未満」の合計)は56%で6割近くに上っており、依然として女性管理職比率は低水準にとどまっていることが分かる(図表13-1)。

【図表13-1】女性管理職比率

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

これを業種別の平均値で見ると、全業種をまとめた全体平均値は12%で、この値は前回調査時の値と同じで、直近の1年間では変化していない状況がうかがえる。最も高い業種は「サービス」で26%となり、国が目標設定している30%に迫る比率となっている。一方、最も低いのは「運輸・エネルギー」で5%となっており、前回調査時の6%から微減傾向となっている。この結果を踏まえると、やはり業種の特性として女性が活躍しやすいイメージの職種が多い「サービス」と、「運輸・エネルギー」をはじめとする男性社会のイメージが強い業種では顕著な差がついている実態が分かる(図表13-2)。

【図表13-2】業種別 女性管理職比率

HR総研:人的資本調査2024 結果報告

「人的資本調査2024」全体傾向のまとめ

最後に、「人的資本調査2024」の全体傾向について、改めて以下にまとめる。
まず、「重視指標・有報開示義務化項目の現状」については、昨年に引き続き、「エンゲージメント」、「ダイバーシティ」を重視する企業が多いことが分かった。また、重視する指標には業種特有の課題が反映されている傾向も見られた。さらに、有報開示義務化項目の中で「男性の育児休業取得率」は上場タイプや業種など属性を問わず全体的に向上していることが分かった。一方、「女性管理職比率」については、全体平均値12%で前回値とほとんど変化ないものの、女性が活躍しやすい業種である「サービス」では26%と比較的高い比率となっている。これらの結果から、属性に関するダイバーシティの一つである「女性活躍推進」という視点では、今後さらに取組みを進めていく必要がある企業が少なくないことが分かった。
次に、「項目別取組みレベルの傾向」については、全体的に、前回よりさらに取組みレベルが顕著に向上している項目が多く見られた。特に「人材戦略の可視化と発信」に関しては、経営トップが関与し自ら発信している企業が9割で、ほとんどの企業で人的資本経営に経営トップが明確にコミットして推進されていることがうかがえる結果となった。ただし、4つの大項目で比較すると「人材戦略に基づく人的資本投資の実行」の取組み水準は高い一方で、「データドリブンなPDCAサイクル」は比較的取組み水準が低い状態にあることは懸念点として挙げられ、さらなる積極的な取組みが望まれる。このような状態の要因の一つとしては、「人的資本経営や開示で必要なKPIの可視化の頻度」で表れたようなHRデータの収集と蓄積、および可視化に関する取組み水準が全体的に低い傾向となっていることがあると考えられ、今後も継続してHRデータ蓄積の基盤整備と頻度のより高いKPIの可視化ができる体制を整えていく必要があるだろう。

【調査概要】

アンケート名称:人的資本調査2024
調査主体:一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアム
HR総研(ProFuture株式会社)
MS&ADインターリスク総研株式会社
一般社団法人 人的資本と企業価値向上研究会
調査期間:2024年8月27日~12月13日
回答方法:回答専用フォームにて期限内に回答し、事務局へ返送。
調査対象:上場企業、非上場企業を含むすべての企業・団体
有効回答:206件

本調査に関するお問い合わせは、以下のHR総研窓口までご連絡ください。
souken@hrpro.co.jp

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