人事部門にとって「人事の生産性」は経営から問われる重要な課題となっている。そのような中、各社の人事部門は人事活動の成果として、どのような領域・項目を重視または観測しているのか。さらに企業ごとの特徴・属性や、経営成果とどのような関係にあるのか。これらを探ることを目的に、日本人材マネジメント協会(JSHRM)とHR 総研との共同で調査を実施した。その調査の結果を以下に報告する。

<概要>
● 人事の成果をみるために企業が重要と考える項目は、「採用」に関わるものが多い
● 人事の成果をみる上で企業が観測している項目は、「社内の状況」と「採用」に関わるものが多い
● 「採用人数(新卒)」以外は、重要と考える企業の割合を観測している企業の割合が上回る
● 従業員数が多い企業ほど、より多くの項目を重要と考え、観測する傾向にある
● 金融・保険、不動産業はより多くの項目を重要と考える傾向に、卸売、小売、飲食、宿泊業はより多くの項目を観測する傾向にある
● 売上高が増加傾向にある企業ほど、やや多くの項目を観測する傾向がある
● 従業員数が増加傾向にある企業ほど、多くの項目を重要と考え、観測する傾向にある
● より多くの項目を重要と考える企業は、同業種・同規模の他社よりも「風通し(職場風土)」と「ワーク・エンゲイジメント」が良い
● より多くの項目を観測している企業は、同業種・同規模の他社よりも「収益性」、「定着率」、「イノベーションへの積極性」、「風通し(職場風土)」が悪い

⇒ KPIの項目は、「観測すること」よりも「重視すること」が経営成果への鍵。ただ多くの項目を観測するだけでは、組織に対して逆にマイナスの影響を及ぼす可能性がある。

人事の成果をみるための重要項目の上位は「採用」に関わるものが多く、また観測項目の上位は「社内の状況」と「採用」に関わるものが多い。

本調査では人事業務に関わるKPIとして、①採用(14項目)、②昇進・昇格、配置(9項目)、③報酬・評価(6項目)、④教育訓練(8項目)、⑤社内の状況(10項目)の47項目を設定した(図表1)。
全47項目のうち、人事の成果をみる上で企業が重視しているKPI(以下、「重要項目」)の上位10項目をみると、「採用人数(新卒採用)」が39.3%と最も高く、次いで「内定受諾率(新卒採用)」が33.6%であり、採用に関わるKPIが8項目と多い(図表2)。残りは報酬・評価と社内の状況が1項目ずつである。一方、人事の成果をみるために実際に観測しているKPI(以下、「観測項目」)の上位10項目をみると、「一人当たり年間総実労働時間」が50.7%と最も高く、「離職率」が49.8%でこれに続いている(図表3)。重要項目と異なり、観測項目のうち上位10項目は、社内の状況に関わるKPIが5項目、採用に関わるKPIが4項目、報酬・評価に関わるKPIが1項目となっているが、社内の状況については法令上開示が求められる項目が多く含まれている点に注意が必要である。

図表1 調査項目(人事業務に関わるKPI)

JSHRM・HR総研共同:人事の生産性に関するアンケート調査 結果報告

図表2 人事の成果をみる上で重要と考えるKPI(以下、「重要項目」)

JSHRM・HR総研共同:人事の生産性に関するアンケート調査 結果報告

図表3 人事の成果をみるために観測しているKPI(以下、「観測項目」)

JSHRM・HR総研共同:人事の生産性に関するアンケート調査 結果報告

「採用人数(新卒)」以外は、重要と考える企業の割合を観測している企業の割合が上回る。

全47項目について、「重要と考える」と回答した企業と「観測している」と回答した企業の割合を比較すると、「採用人数(新卒)」以外の全項目において「観測している」が「重要と考える」を上回っている。さらに、その差が大きい項目の上位をみると、「一人当たり年間総実労働時間」(差31.8pt)、「平均勤続年数」(同26.5pt)、「平均年収」(同24.6pt)、「離職率」(同23.2pt)、「傷病休職者の割合」(同21.3pt)などの社内の状況に関するKPIが多い(図表4)。逆に、差が小さいKPIの上位をみると、「就職人気ランキング(新卒採用)」(差0.9pt)、「採用人数(新卒採用)」(同1.9p)、「一人当たりの採用人数(新卒採用)」(同3.8pt)であり、採用の中でも特に新卒採用に関する項目が多い(図表5)。

図表4 「重要と考える」と「観測している」の差が大きい項目

JSHRM・HR総研共同:人事の生産性に関するアンケート調査 結果報告

図表5 「重要と考える」と「観測している」の差が小さい項目

JSHRM・HR総研共同:人事の生産性に関するアンケート調査 結果報告

企業規模が大きいほど、より多くのKPIを重要と考え、観測する傾向にある。

全47項目の平均を用いて企業規模との関係をみる(図表6)。人事の成果をみる上で重要と考えると回答した項目数の全項目数に対する比率(重要項目比率)は従業員数29人以下が13.6%であるのに対して10,000人以上は31.0%となっている。さらに、観測していると回答した項目数の全項目数に対する比率(観測項目比率)は、29人以下では22.3%であるが、1,000人以上では4割を超えている。

図表6 従業員数別にみた重要項目比率と観測項目比率

JSHRM・HR総研共同:人事の生産性に関するアンケート調査 結果報告

金融・保険、不動産業はより多くのKPIを重要と考える傾向に、卸売、小売、飲食、宿泊業はより多くのKPIを観測する傾向にある。

まず、重要項目比率をみると、「金融・保険、不動産」(29.3%)が最も高く、「卸売、小売、飲食、宿泊」(13.0%)が最も低い(図表7)。次いで、観測項目比率をみると、「その他」を除くと「卸売、小売,飲食,宿泊」が35.7%で最も高く、「情報通信」で最も低い。

図表7 業種別にみた重要項目比率と観測項目比率

JSHRM・HR総研共同:人事の生産性に関するアンケート調査 結果報告

売上高が増加傾向にある企業ほどやや多くのKPIを観測する傾向があり、従業員数が増加傾向にある企業ほど多くのKPIを重要と考え、観測する傾向にある。

5年前を100とした場合の現在の売上高、現在の従業員数について、100を超えると回答した場合は「増加している」、100以下と回答した場合については「増加していない」とし、両者を比較した。まず、売上高の推移についてみると、重要項目比率は「増加している」「増加していない」ともに20.9%と差がなかった。これに対して、観測項目比率は「増加している」(35.6%)が「増加していない」(31.3%)を若干上回る結果となっている(図表8)。次いで、従業員数についてみると、重要項目比率、観測項目比率ともに「増加している」が「増加していない」を上回っている。

図表8 5年前と比較した売上高・従業員数の推移別にみた重要項目比率・観測項目比率

JSHRM・HR総研共同:人事の生産性に関するアンケート調査 結果報告

より多くのKPIを重要と考える企業ほど、風通し(職場風土)とワーク・エンゲイジメントが同業種・同規模の他社よりも良い傾向がみられる。

重要項目比率の全企業の平均値を基準に、より多くのKPIを重要している「重要項目比率(高い)企業」と「重要項目比率(低い)企業」に分け、経営成果との関係をみた。図表9に示すように、同業種・同規模の他社と比較した収益性、定着率、イノベーションへの積極性という経営成果については、「重要項目比率(高い)企業」と「重要項目比率(低い)企業」の間に差がみられなかった。これらに対して、風通し(職場風土)とワーク・エンゲイジメントでは、「重要項目比率(高い)企業」の方が「重要項目比率(低い)企業」に比べて高く、特にワーク・エンゲイジメントでより顕著な差がみられた。

図表9 重要項目比率と経営成果との関係

JSHRM・HR総研共同:人事の生産性に関するアンケート調査 結果報告

より多くのKPIを観測している企業ほど、収益性、定着率、イノベーションへの積極性、風通し(職場風土)といった経営成果で同業種・同規模の他社よりも悪い傾向がみられる。

重要項目比率と同様に観測項目比率の全企業の平均値を基準に、より多くのKPIを観測している「観測項目比率(高い)企業」と「観測項目比率(低い)企業」に分け、経営成果との関係をみた。図表10に示すように、重要項目比率と異なり、ワーク・エンゲイジメントは「観測項目比率(高い)」と「観測項目比率(低い)」にほとんど差がない。それ以外の、収益性、定着率、イノベーションへの積極性、風通し(職場風土)といった経営成果については、いずれにおいても「観測項目比率(低い)企業」の方が「観測項目比率(高い)企業」に比べて平均値が高く、重要項目比率とは逆の傾向がみられた。
 これらの結果より、KPI項目は「重要である」と考えることが「観測している」ことよりも経営成果の鍵となり、ただ多くの項目をするだけでは、逆に組織に対してマイナスの影響を及ぼす可能性がある。

図表10 観測項目比率と経営成果との関係

JSHRM・HR総研共同:人事の生産性に関するアンケート調査 結果報告
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