中小企業は、労働時間の管理や残業時間の削減を実現するうえで様々な障壁がある。社員の定着率は大企業に比べて低く、社員間や部署間の情報共有もなかなか進まない。仕事においてムリ、ムダ、ムラが増える傾向があり、労働時間で差をつけようとすることで、残業時間の管理や削減が放置されたままになりやすい。
今回のリーダー:株式会社スリーハイ 代表取締役 男澤 誠 氏
中小企業は、労働時間の管理や残業時間の削減を実現するうえで様々な障壁がある。社員の定着率は大企業に比べて低く、社員間や部署間の情報共有もなかなか進まない。仕事においてムリ、ムダ、ムラが増える傾向があり、労働時間で差をつけようとすることで、残業時間の管理や削減が放置されたままになりやすい。今回取り上げる企業は、産業用・工業用ヒーターの製造・販売を行う株式会社スリーハイ(本社:横浜市、代表取締役:男澤 誠、従業員:正社員13人、パート・アルバイト24人)。同社は、長年の懸案であった労働時間の厳格な管理と残業時間の削減に積極的に取り組み、その突破口と位置付けたのが、休憩9時間の「勤務間インターバル制度」だ。導入前には、全従業員へのアンケート調査を実施し、部署間などの情報共有が十分ではないこともわかった。それを機に同社は朝礼や会議のあり方を大きく変えていく。並行し、ICカードによる労働時間管理に改め、アラートメールを利用し、残業削減を図るようにした。本記事では、代表取締役社長の男澤 誠氏に伺った労働時間の管理や残業削減に果敢に取り組む理由や経緯、態勢などについて紹介する。リーダープロフィール
男澤 誠(おざわ まこと)
1969年生まれ。日本コムシス株式会社技術開発部でシステムエンジニアとして社内アプリケーション制作と無線局通信インフラシステム構築に携わる。2001年に株式会社スリーハイに入社。2010年、創業者である父の後を継ぐ形で代表取締役(2代目)に就任。営業やヒーターの製造に関わる一方で地域や社会貢献活動に積極的に参加し、社内外のネットワークの強化に努める。働き方改革にも取り組み、働きやすい環境の整備をする。一般社団法人 横浜もの・まち・ひとづくり代表理事。米国CTI認定コーアクティブ・プロフェッショナルコーチ(CPCC)でもある。
制度を導入する前に見えてきた「情報共有」という社内の課題
「弊社のような中小企業の多くは、大企業のようなブランド力や訴求力のある商品や製品、サービスをほとんど持ち合わせていません。従って労働時間が他社との差別化のための大きな武器となり、ある程度の時間を投下することで競い合うしかないのです。結果として、慢性的に残業が増える傾向があります。しかし、私は働き方改革を機に労働時間を可能な限り、減らす道を選びました。今後は深刻な労働力不足になり、採用力の弱い会社は優秀な人材を獲得できなくなる可能性が高くなります。ここ数年、弊社の採用試験では新卒、中途、パートを問わず、応募者の多くは労働時間をはじめ、就労環境に大変に敏感です。残業が多いと、欲しい人材を採用できないようになりつつあるのです」(男澤社長)同社は2018年3月に、労働時間削減のために休憩9時間の「勤務間インターバル制度」を導入した。勤務間インターバル制度とは、1日の勤務終了後、翌日の出社までの間に、一定時間以上の休息時間(インターバル時間)を確保する仕組みだ。
社長は同制度を突破口に、残業の削減を進めようと考えた。当初、休憩11時間を検討したが、まずは全員が早いうちに必ず実現できるレベルから取り組むために「9時間」にした。制度の対象は、正社員13人全員(内訳はモノづくり部の技師6人、営業技術部員7人)。全員が週5日フルタイム勤務(原則8時30分~17時15分)となっている。始業時間は8時30分のため、遅くとも前日の午後11時半には退社する必要がある。
制度導入前の2015~16年の月平均残業時間は40~50時間。4~8月の残業時間はほぼ全員が0~30時間だが、繁忙期の9~3月は多い社員で月平均70時間前後に膨れ上がる。同社は産業電気ヒーターの製造、販売業を手がけているため、気温が下がる9月前後から約半年間にかけて発注が増え、業務が増える。男澤社長は、当面の目標として9月から3月までの残業を多くとも20~30時間にすることを掲げた。制度をスムーズに導入するために、モノづくり部と営業技術部の管理職や顧問の社会保険労務士らと相談し、ステップを踏んで改善していくことにした。
まず、2017年に社長が全正社員参加の会議で「自分の問題」として考えてもらうために、2016年の年間総残業時間(約800時間)と総額残業代(月平均120~130万円)を伝えた。具体的な数字として公にしたのは、会社としての真剣さを社員に感じ取ってもらうためだ。
次に、2017年末にパートやアルバイトを含む全従業員にアンケート調査を実施。各自が、労働時間や残業時間について思うことを自由記述式で書いた。社長は全員の回答に目を通したが、真っ先に、社員との間に意識の隔たりを感じる次の言葉が気になった。
・残業を減らすと、製品が納期に間に合わなくなるかもしれない。お客様にご迷惑をかけることはしないほうがいい
・冬の時期は業務が多く、残業削減は難しい
さらにアンケートを読み込むと、個々が互いの仕事の内容や量、課題、問題点を正確に把握できていないように感じた。
「意識の隔たりが社長である私や管理職、一般職、各部署にあると、情報共有が進みません。仕事をするうえで支え合う態勢がいつまでも作れないと思います。ここに、弊社の残業が多い理由の1つがあると仮定したのです」(男澤社長)
※下部の写真はコロナ禍以前の様子となります。
朝礼や会議のあり方を大幅に変え、情報共有の風土醸成を図る
そこで取り組んだのが、全正社員が参加する朝礼の改革だ。2008年前後から行ってきたが、参加者がおもしろさや楽しさをより一層に感じ取れる内容にした。情報共有をより徹底し、参加意識を高めるためだ。また、マンネリを防ぐために、状況に応じて朝礼の内容を一定の期間で変える仕掛けも行った。社員にとどめず、パートやアルバイトも勤務シフトが朝礼の時間と重なる場合、参加するようにしている。朝礼のあり方を変えた大きな理由は、各部署や会社全体で情報共有を進めて仕事を支え合いながらする機運や社風をつくるためだ。新型コロナウイルスの感染拡大が懸念される前の2020年4月以前は、次のような流れで朝礼を実施することが多かった。フリートークなど全員が発言する時は、サイコロを使い、順番を決める。その場で突然決めることで “サプライズ”感を演出する狙いだ。
(1)ストレッチ体操
(2)フリートーク (最近、プライべートで気づいたことなどを5分程で話す)
(3)クレド(会社の信条)ついてのディスカッション
(4)会社や各部署の業務の内容、進捗、課題点の確認
(5)各社員の1日の予定や退社予時刻の宣言
同社は、会議のあり方も変えていく。営業技術部3人が参加する営業会議を、月1回から2回に変更。また、工場に勤務するモノづくり部も会議を始め、個々の社員が仕事の現状や課題を共有し、解決策を話し合っている。
モノづくり会議には、パートやアルバイトのまとめ役のパート・リーダーも1人参加し、話し合われた内容や決定事項は、パート・リーダーがほかのパートやアルバイトにLINE(ライン)を通じて早急に伝える。また、営業会義にモノづくり部の社員が、モノづくり会議に営業の社員が参加できるようにもした。
「この頃から、勤務時間中に「声かけ」が広く浸透するようになりました。例えば、「〇〇さん、今、そちらの仕事はどのような状況ですか?」、「こんな状況です」、「私の作業を終えたから、手伝います」といったものです。制度導入前は、モノづくり部と営業技術部は職種が違うこともあり、情報共有が難しかったのです。仕事においても、双方の協力が相当に進んできました」(男澤社長)
社長の目には、正社員やパート、アルバイトの雇用形態を超えて、互いの仕事や内容、量に関心を持つ機運が高まってきたと映った。そのタイミングで、2018年3月に勤務間インターバル制度を導入。顧問の社会保険労務士を招き、全従業員を対象にした説明会を1回開催し、理解を深めた。就業規則に制度を記載することで規定根拠を明確にした。
制度導入後に約10時間の残業時間の削減に成功
さらに2018年8月からは、勤怠管理を打刻式のタイムカードからICカードに変更。これは、残業時間を今まで以上に正確に認識するためである。これを機に社長や役員、総務担当がパート・アルバイトを含め、全従業員の残業時間を毎日、正確に把握できるようになった。月の残業が30時間を超えた翌日には、「アラート(警告)メール」が該当する社員に届くようにした。「勤務間インターバル制度とアラートメールが、従業員の意識を変える大きなきっかけになったと思います。早く帰らないといけないと思う人が導入後に増えています。私も仕事とプライベートを区別する意識がより明確になりました」(総務 斎藤恭子氏)
社内全体でムリ、ムダ、ムラがなくなり、残業時間が次第に減ってきた。2018年は月平均残業時間が前年度よりも10時間程減り、40時間以下となった。勤務間インターバル制度の導入後は、「休憩9時間」を守ることができなかった社員は、1人もいない。2019年4~8月のモノづくり部の月平均残業時間はゼロに近い状態に、営業技術部は20時間前後までになった。懸念していた繁忙期の9~3月も、2019年は双方の部署で平均20~30時間を推移した。多い時には、70時間前後に膨れ上がっていた社員も毎月30時間以下まで減少している。ステップを踏んだ改革によって、制度導入前に社長が掲げた当面の目標を達成することができたのだ。
※下部の写真はコロナ禍以前の様子となります。
制度導入後に出てきた課題も、昇給や仕事のあり方を変えてさらなる改革を推進
順調に進んだかに見えるが、社長が想定していなかったことが起きる。「残業が大幅に減ったことで、毎月の給与が減った。何とかしてほしい」といった声を社内で聞くようになったのだ。社長はわずかに迷うものはあったが、2019年3月に昇給を実施。さらに、年1度の賞与(決算賞与)を年2回にした。「弊社の当時の業績を鑑みると、昇給をするのは難しいものがありました。ここで改革をしないと生き残れない時代が来ると自らに言い聞かせ、決断しました。離職を防ぎ、定着率を高め、さらに情報共有を進めたかったのです」(男澤社長)
全従業員の仕事のあり方を変える試みも始めた。互いに支え合う風土になると、パートが仕事をこれまでよりも早く、正確に覚えるようになった。スキルは上がり、社員の一部の仕事を担うケースも増加。社長は人材育成の観点からもパートの成長を喜んだが、社員たちの不安を取り除く必要があると察した。社員の中には、「自分たちの仕事が減り、さらに残業代が少なくなる」という不満を持つ者が現れるかもしれないと感じ取ったのだ。
そこで、新たな仕事として、モノづくり部と営業技術部の社員が広報PR活動に携わり、同社のブログ「ヒーターブログ」に自らが関わる製品に関することを書き綴るようにした。インターネットでヒーターの使い方や購入の仕方について検索する人をターゲットにし、内容としては実務的で、読んだ後にすぐに役立つブログを目指している。また、モノづくり部の社員が、営業技術部の社員と一緒に販売先に説明や交渉も行うようになった。
さらに広報PR活動の一環として、同社は本社のそばにショールーム「DEN」も設置。社外の人がヒーターを実際に見たり、作ったりすることができ、カフェも併設している工房となっている。設置後は、これまで接点のなかった市内の小中高や大学、専門学校の生徒も見学を兼ねて来るようになった。「DEN」での案内業務には、全社員が関わる。情報共有に粘り強く取り組んできたことで、全員が見学者の質問にもスムーズに対応することができている。
2020年4月以降は、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、正社員に在宅勤務を奨励している。モノづくり部の場合は、大半が工場内での作業になるため、出社するペースは4月以前とほぼ変わっていない。一方、営業技術部の社員は在宅勤務にするケースが増え、多い場合は1ヵ月に10日を超えている。
働き方が変化したことで、朝礼は時間をずらして、昼前後に「昼礼」として実施され、在宅勤務の社員はZoomなどのオンラインで参加している。朝礼の内容は互いの仕事の現状、内容、課題の共有に重きを置く。働く環境に変化はあったものの、4月から8月にかけての残業時間は前年と同じく、モノづくり部と営業部は平均20時間前後。男澤社長は「今後、寒くなると業務は増えるが、情報共有の仕組みを徹底させることで、仕事量の削減に取り組んでいきたい。現在は勤務間インターバルの休憩を9時間としているが、いずれは11時間としたい」と話す。
今回の事例は、中小企業が休憩9時間の勤務間インターバル制度を導入することで残業の一定の削減を実現したものだが、「情報共有」が1つのキーワードになっている。勤務間インターバル制度を導入する前に、朝礼や会議のあり方を変えるなど「情報共有」の風土醸成があったからこそ、業務の量や時間の改善ができ、残業時間の削減に成功したのだろう。制度をまず導入するのではなく、社員の意識を変えるなどステップを踏んで目標を達成していく好事例と言える。
※下部の写真はコロナ禍以前の様子となります。