中小企業にとって、特に大卒の新卒採用は様々な壁が立ちはだかる。社内に大企業のような新卒採用に精通した担当者がいる中小企業は少ない。また、会社の認知度やブランド力に課題を抱え、採用するうえでの予算は、大企業に比べて少ないだろう。しかも最近は、少子化の影響で学生数が減ってきており、新卒採用は容易でない。一方で、大企業は一括採用を中心に大量採用を続けており、双方の差はますます大きくなりつつある。
今回のリーダー:多摩冶金株式会社 取締役副社長 山田 真輔 氏
中小企業にとって、特に大卒の新卒採用は様々な壁が立ちはだかる。社内に大企業のような新卒採用に精通した担当者がいる中小企業は少ない。また、会社の認知度やブランド力に課題を抱え、採用するうえでの予算は、大企業に比べて少ないだろう。しかも最近は、少子化の影響で学生数が減ってきており、新卒採用は容易でない。一方で、大企業は一括採用を中心に大量採用を続けており、双方の差はますます大きくなりつつある。今回は、独自の採用活動を続けながら、新卒社員の定着率100%を実現する多摩冶金株式会社の山田真輔取締役副社長に話を伺った。リーダープロフィール
山田 真輔(やまだ しんすけ)
大学卒業後、商社に入社。MBA取得後、起業経験を経て2014年に家業を継ぐ為、多摩冶金に入社し、加工現場や技術、総務を経て2017年に副社長に就任する。特に新卒や中途の採用、人事、マーケティング、ITなどに力を注ぎながら、同じく3代目社長に就任した兄(山田 毅氏)を支える。
採用活動で重視した7つのポイント
航空機に使われる金属部品の熱処理加工を行う多摩冶金(たまやきん)株式会社。同社は東京都武蔵村山市に本社や工場を構え、グループ会社を含め120人の社員数を抱えている。新卒採用を開始したのは2015年から。これまでの採用実績は16年卒2人、17年卒2人、18年卒2人、19年卒3人、20年卒4人。同社は、計13人の新卒を事務職や技術職で採用している。注目すべきが、新卒社員の退職者は2020年7月時点でゼロであること。新卒採用を開始してから、新卒社員の定着率は100%を維持している。地域に密着した母集団形成と、様々な観点から丁寧に評価する採用手法が効果を発揮しているそうだ。2016年卒の学生から新卒採用を始めたきっかけは、第二新卒の存在だった。2015年に20代半ばの3人を採用したところ、いずれも仕事への姿勢がよく、上司や社員からの評価が高かったという。
「1951年の創業から長年にわたり、当社の採用は中途社員が中心でした。中途採用試験を繰り返すことで、人が足りなくなったから欠員補充するという印象を社員に与えていたのかもしれません。会社の安定的な成長、発展のために、毎年、新卒を雇うことで、経営に関わる者として長期的な視野に立つ姿勢を社員に伝えたいと考えました。それが、社員の意識を変えることにもなると期待しています」(山田真輔 取締役副社長)
新卒社員を採用するにあたって、まず同社は、副社長やキャリアコンサルタントの資格を持つ総務グループマネージャーの平岡 恵美子氏が中心となる新卒採用グループを発足させた。採用活動をするうえでは、次の7点を重視した。
(1)多摩地区でのネットワークづくりに力を入れる
(2)大学は、「中堅校」を集中的に訪問する
(3)2回の面接や筆記試験では、マッチングを最重要視
(4)小論文や面接では、学生の「過去、現在、未来」を把握
(5)会社見学やランチを通じて、社員との相性を確認
(6)脳特性の試験で、さらに相性を確認
(7)まずは、学生が会社に入社希望の意志を伝え、その後、会社が内定か否かを通知
真っ先に取り組んだのが、本社のある26市、4町村の多摩地区を中心としたネットワークづくりだった。採用ターゲットを「多摩地区で長く仕事をしていきたい」と強く願う学生に絞ったからだ。
「最近、多摩地区での就職を希望する学生が増えているように私は感じ取っています。このような学生は新宿といった都心の駅より、当社の最寄り駅のJR昭島駅や西武立川駅などに向かうほうが好きなようです。また、残業は少なく、就労環境はホワイトであることを求める学生も増えています。多摩地域で働けることと、就労環境が整備されていること。これらを条件にする学生をターゲットにするのが、当社の現状にもマッチングすると考えました」(山田副社長)
副社長と総務グループマネージャーは、地域ネットワークづくりに向け、各地の金融機関や経済団体、大学、専門学校、市役所を訪問し、担当者と意見交換したり、自社の説明を何度も行ったりした。
訪問する大学に関しては、特に首都圏の中堅私立大学20~30校に絞った。これらの大学は、中小企業への就職に力を入れているからだ。同社が特にPRしたのは次のポイントだ。
・新卒採用に力を入れたいきさつ
・会社の現状
・社員の育成方針(特に20~30代の社員)
・福利厚生
・労働時間の管理や有休消化率などの就労環境
いくつかあるポイントのなかでも、特に就労環境が、同業界の中小企業と比べて整っていることを強調した(2019年の月平均残業時間は12,7時間で、有給休暇消化率は80%)。就職課やキャリアセンターの職員などとやりとりするなかで、学生に自社を紹介してもらえそうな場合は、再訪問して、大学との関係を強化していったという。
採用の基準は相性が合う人材かを重視する「マッチング」
15年3月には地域ネットワークづくりの一環で、多摩地域の商工会議所で開催される合同企業説明会に、初めてブースを同社は出展。すると、30人以上の学生が同社のブースを訪れたそうだ。「多摩地区でのネットワークづくりの効果が表れてきたんだなと思いました。その後も毎年、説明会に出展していますが、当社のブースを訪ねる学生は同じ日にブースを構える他社に比べて多いんです。現在も1回につき、数十人は集まります。しかも、地域ネットワークづくりの影響からか、当社に強い関心を持つ学生が増えています。こちらから、そのような学生に私たちの会社を見学しませんかと誘う場合もあります。しかし、当社は双方の相性を重視するマッチングを大切にするため、この時点では会社の説明に重きを置いており、強い勧誘は一切しておりません」(平岡総務グループマネージャー)
説明会に参加した学生から「会社見学をしたい」と希望があった場合は、総務グループは日時を調整するという。見学当日は、平岡氏が本社オフィスや工場の見学を案内する。また、学生向けの会社見学では学生のメールアドレスやラインのIDを聞き、見学後にアプローチするのが一般的であるが、同社はしない。「採用試験を受けたい」と見学後に希望した学生のみ、エントリーを受け付けている。定着率を高めるために、丁寧に採用試験を進めることを会社の方針としているためだ。
また、同社が最も重視している採用方針は、同社の社風や業務、社員との相性が合うか否かを判断する「マッチング」だ。
「当社は、短期間で業績や成果を競い合うことはしません。長い期間勤務し、皆と良好な関係をつくりながら、仕事をしていく。だからこそ、相性が合うか否かを大事にしています」(山田副社長)
同社はマッチングを重視した面接を2回実施している。1次面接の面接官は副社長と平岡総務マネージャーの2人で、学生は1人。面接の中で主に聞くのは、「会社説明会やオフィス、工場見学の感想」、「就職活動の軸(どのような考えで臨んでいるか、希望する業界や仕事内容、会社など)」、「学生時代に取り組んだこと」などだ。
最終試験では、「1日工場体験(オフィスと工場の見学)」と筆記試験、面接を実施。午前中に工場を見学し、工場内の課題について、現場の社員と1時間ほど話し合う時間を設けている。副社長や総務グループマネージャーは、学生がどのようなところに関心を持つかを観察しているそうだ。
最終面接後の1週間で学生の意志を確認し、会社が内定を伝える同社の採用方針
見学を終えた後は、副社長や総務マネージャーのほか、3~4人の社員とランチの時間を設け、学生と相性が合うか否かを確認する。午後は本社オフィスの見学や筆記試験、面接を実施。小論文では、「これまでに苦労をしてきたこと」、「尊敬している人」、「今後、どのような人になりたいのか」、「夢」などをテーマにしている。「目的は学生の過去、現在、未来を知ることにあります。これまでの生き方を通じて得た価値観を知りたいんです。会社はその人生を引き継ぐ場であり、過去や今後のことは可能な限り、正確に把握しなければなりません。マッチングのためには、大事なポイントです」(山田副社長)
面接は社長、副社長の2人と学生の1人で行われる。面接のなかでは、社内見学をした印象や関心を持ったところを聞いている。小論文の内容を見ながら、さらに「過去と未来」について深く掘り下げて質問をする。「苦労をしてきたこと」や「座右の銘」、「今後、どのような生き方をしていきたいか」などを聞き、過去や未来について確認している。
面接の前後には、外部のコンサルティング会社が開発した脳特性の検査を実施。学生が持つ4つの思考特性「コンセプト型」「構造型」「社交型」「分析型」と、3つの行動特性「柔軟性」「自己表現性」「自己主張性」を明らかにする。
最終試験後は、社長や副社長、総務マネージャーで工場体験や面接、小論文、脳特性の結果をもとに総合的に判断し、内定者を決める。しかし、この時点で学生に「内定」とは伝えず、学生の意志を確認する。マッチングを重視し、「自分で会社を選んで、自分で決めて、入社する」という方針にしているからだ。
入社を希望する場合は、約1週間以内に総務宛てにその旨を学生が伝える。学生の意志を確認したうえで、今度は会社が内定を伝える。学生が入社の意志を伝えても、会社が不採用とすることもありうる。山田氏は「あくまで双方のマッチングや、学生の意志を尊重したい」と語る。
同社は内定式以降のフェーズにも力を入れている。内定から入社までの間で、内定者向けに「事前勉強会」を数回実施する。勉強会の目標は、入社後の4月に受講する外部研修の修了試験で満点を獲得すること。
同社は勉強会後に、内定者と副社長や総務マネージャー、メンターが親睦を深める食事会を設けている。内定段階から、1年先に新卒で入社した社員が、メンターとしてマンツーマンでサポートしている。社内では「世話役制度」と呼んでおり、入社後もその人間関係が続き、定着率を高める一因にもなっているようだ。
中小企業にとって、大卒を対象にした新卒採用を数年に渡って継続していくのは容易ではない。いったん始めたとしても、効果がなかなか現れないために途中で止めてしまうケースが少なくない。多摩冶金は今も、今後の採用に向けて活動を着実に続けている。
地域に密着し、多摩地域志向の学生を募り、「マッチング」をキーワードに丁寧に採用していく。内定を伝える場合も、まずは学生の意志を確認する。学生は強い納得感を持った状態で入社できているため、入社後のエンゲージメントにつながり、新卒社員の定着率100%を実現できているのだろう。自社の採用施策を立案するうえで、今回の事例を参考にしてみてはいかがだろうか。