「思いやり」と「挑戦」を両立させる『セキュアベース・リーダーシップ』とは? IMD北東アジア代表・高津氏が解説

書籍ダイジェストサービスSERENDIP(セレンディップ)が主催する「SERENDIPセミナー」(主催:株式会社情報工場、株式会社ティーケーピー)が、6月13日に東京都新宿区で開催されました。
テーマは「『セキュアベース・リーダーシップ』~「思いやり」と「挑戦」を両立させる生き方、働き方を考える~」。経営幹部育成で世界トップクラスのビジネススクール、IMD北東アジア代表の高津尚志氏をお招きし、部下や周りの人々に信頼され、安心を与えながら、高い目標に向かって背中を押せる「セキュアベース(安全基地)」とはどのようなものか、セキュアベース・リーダーシップを発揮するには何が必要かなどを解説いただくとともに、思いやりと挑戦を両立させる生き方や働き方についてもお話しいただきました。
本講演録では、プレジデント社から昨年刊行された『セキュアベース・リーダーシップ ー<思いやり>と<挑戦>で限界を超えさせる』の内容に沿って行われたワークショップ形式のセミナーにおける高津氏の発言を中心にまとめています。

高津氏とセキュアベース・リーダーシップの出会い

私がセキュアベース・リーダーシップという考え方と出会ったのは、2010年のことです。
転職のタイミングで、IMD学長のドミニク・テュルパンがIMDへの参画を強く勧めてくれたのですが、当時の私にはスイスの一教育機関が日本企業の人材育成にどれほど影響を及ぼすのか分かりませんでした。そこでテュルパンが、私のIMDのプログラムへの参加をお膳立てしてくれたのです。

グローバル人材育成にまつわる仕事の経験はまったくありませんでしたが、同年6月に参加した「OWP(Orchestrating Winning Performance)」には大きな衝撃を受けました。そこには圧倒的な多様性があり、50カ国から集まった約400人の企業幹部は全員がとても積極的でした。そしてその会場に、日本人参加者が私を除いて2人しかいなかったことにも驚きました。
その2人も、1人はグローバル企業の日本支社からの派遣、もう1人はIMD側からの招待で参加していた日本企業の人事部の方だったので、実際的にはゼロに近い状態でした。「これはヤバいんじゃないの?」と感じました。

1週間に渡るプログラムは、学んだことを「リーダーとしての自分」に引き付けて締めくくられます。その年のOWPでは、IMDのベテラン教授であり、リーダーシップ教育の第一人者であるジョージ・コーリーザーが登壇しました。90分間のセッションの中で、彼は次々と大切な話を聞かせてくれましたが、私の心に最も刺さったのは「安全基盤」の話でした。私がIMDからの誘いに戸惑っていたのは、転職という難しい時期にあり、自分自身の安全基盤が揺らいでいたからです。それに気づいた私は、その瞬間から自身と家族の安全基盤の立て直しに取りかかることを決めました。このプログラムを通じて、さまざまな境界を越えた人と人との共感が可能であることを学んだのです。そしてグローバル人材育成を通じて、知識と共感で日本と世界をつなぐことに貢献しようという思いからIMDに参画し、現在に至ります。

セキュアベース・リーダーシップとは?

「思いやり」と「挑戦」を両立させる『セキュアベース・リーダーシップ』とは? IMD北東アジア代表・高津氏が解説
セキュアベース(安全基盤)という言葉は、イギリスの精神科医で心理学者のジョン・ボウルビィと、アメリカの心理学者のメアリー・エインスワースによる戦後の「愛着理論(Attachment Theory)」の研究から生まれたもので、「すべての人間は生まれながらに親密さと安心を得ようとする欲求を持っており、自分を守ってくれると感じる人からそれを得ようとする」という前提を基に展開される理論です。

第二次世界大戦中、細菌だらけの環境にいる乳児が感染症にかかっても生き延びたのに対し、無菌室で母親から隔離された乳児が多く死亡してしまったのはなぜか? 
研究の結果、ボウルビィは「親しい人との絆が回復力や強さを与える」と結論づけました。
また、子供は冒険に出かける時、常に母親をセキュアベースとします。母にぴったりくっついてリスクを避ける子がいれば、遊び場の端まで行って母にはほとんど注意を払わない子もいますが、全員に共通するのは「恐怖や不安を感じた時には必ず母親のもとに戻ってくる」ということ。
この時、母親は「受け入れること」で安心感を与えるとともに、「恐怖や不安感じる機会を与えること」で子供がそれらを克服し、自主性を育む手助けをしています。

こういった事実を基盤とし、組織におけるセキュアベースは、「守られているという感覚と安心感を与え、思いやりを示すと同時に、ものごとに挑み、冒険し、リスクをとり、挑戦を求める意欲とエネルギーの源となるような人物、場所、あるいは目標や目的」と定義づけられました。母親が子供を遊びの場で冒険をさせると同時に安心感を与えるという事実から生まれた愛着理論を組織にも応用しよう、というのがセキュアベースの基本的な考え方です。

セキュアベース・リーダーになることを選んだ時点で、あなたは人の形成に大きく関わる影響力の大きな存在になります。個人の考え方はそう簡単に変わるものではありませんが、あなたの考え方がその人に影響を及ぼすことは大いにあり、それが良い影響になるか、悪い影響になるかはあなた次第です。

「リーダーシップの基盤は、他者のマインドセットや枠組みを変える能力である」と言われます。あなたが優れたリーダーとなれるのは、自分のリーダーシップを使ってフォロワーのプラスの能力を引き出し、彼らが自分を手本とするようになった時なのです。

参加者自身にとってのセキュアベースとは何か(ワークパート)

「思いやり」と「挑戦」を両立させる『セキュアベース・リーダーシップ』とは? IMD北東アジア代表・高津氏が解説
このセクションでは、高津氏から参加者に「あなたにとってのセキュアベースとは何か」という問いかけがあった。これに対し参加者からは以下のような話が出た。

【参加者A】
私にとってセキュアベースとなっているのは、中学時代に一緒に登下校していた3人の同級生です。勉強のことや人間関係のほか、親には話せない恋愛の相談など、思春期ならではの悩みごとを各人が打ち明けました。今考えれば、彼らほど自分に安心と挑戦を与えてくれた友人はいません。

【参加者B】
20年ほど在籍した外資系企業の人事部長が、私にとってのセキュアベース・リーダーでした。外資系の会社に籍を置いているにも関わらず英語がまったく話せない私を見かねてか、突然「来月からドイツに行ってこい」と言われました。こちらの意志確認すらなかったので最初は戸惑ったのですが、3ヶ月が過ぎて何とか会話らしいやり取りができるようになった時、その人事部長がドイツまで米を抱えて訪ねてくれました。その来訪がとても心強く、私に安心感を与えてくれました。

【参加者C】
私は両親と親戚のおじさんのことを思い出しました。私の両親は高卒でしたが、そのおじさんは商社マンとして世界中を駆け回る人で、おそらく両親は彼を私の憧れの存在にしようとしたのだと思います。そして両親は、借金をしてまで私をアメリカの大学に進ませてくれました。


また、参加者の中には「セキュアベースとなる人や場所が思いつかない」という人もおり、以下のような話があった。

【参加者D】
私の会社の経営者は「昔は良かった」「自分たちはできた」「このままだと会社が潰れる」という話しかしません。良くない事例があると、すべての話がその3つのどれかに帰結します。挑戦はするように言われますが、会社が安心して帰ることのできる場所ではないと感じているため、社員はみな保身に走ります。「安心できる場所がないのに誰と戦えばいいんだ?」と思います。


この意見を受け、高津氏からは「思いやり」と「挑戦」のマトリクスの話が出た。「思いやり」の強弱を示す横軸と、「挑戦」の強弱を示す縦軸により、組織の健康状態を可視化するもので、「思いやり」と「挑戦」の両方が弱い組織は「回避」を目指し、何もしないでやり過ごそうという傾向になる。「思いやり」が弱く、「挑戦」が強い組織は「支配」を目指し、会社であれば社員が従属状態に陥る。反対に「思いやり」が強く、「挑戦」が弱い組織は「負けないこと」を目指すぬるま湯状態になり、仲良く保守的になっていく。
このことからも「思いやり」と「挑戦」のバランスが整ったセキュアベースの考え方が現代の組織には有用であることが説明された。

そして、セキュアベースの考え方においては「悲しみのマネジメント」も重要であることが付け加えられた。これは、仕事でうまくいかなかった時、肩を叩いて「明日から頑張ろう」のひと言で片付けるのではなく、「しっかり悲しむ」というプロセスを踏むことで新しい窓を開こうというもの。
それと同じように、今自分にセキュアベース・リーダーと思える人がいても、その人と永遠に一緒にいられるわけではない。別れは必ずあるものであることを自覚しておくことで、その人との付き合いをより実りのあるものにできるといった説明があった。

セキュアベースにおける「目標」

「思いやり」と「挑戦」を両立させる『セキュアベース・リーダーシップ』とは? IMD北東アジア代表・高津氏が解説
最後に、セキュアベース・リーダーであるための9つの特性について話したいと思います。次に紹介する9つの特性は、IMDの教授陣が綿密なリサーチの中で導き出したものですから、かなり高い信憑性があると考えていただいて結構です。そして彼らは、これらの特性はすべて訓練で身につけることができるものだと結論づけています。

1.冷静でいる
2.人として受け入れる
3.可能性を見通す
4.傾聴し、質問する
5.力強いメッセージを発信する
6.プラス面にフォーカスする
7.リスクをとるように促す
8.内発的動機で動かす
9.いつでも話せることを示す

この9つのうち、自分が一番できていないものを1つ選び、それに対して自分が24時間以内に取り組めることを考えてみてください。
例えば、「5.力強いメッセージを発信する」が苦手だという方。
人に何かを発信することは、話すことにせよSNS上の発信にせよ、場数を踏むことで上達するものです。いかに短い言葉でパンチのあることが伝えられるか。上司から軽くかけられた言葉が意外にも強く心に響く、といった経験をしたことがある方も多いと思います。しかしこうした言葉を発することが上手な人は、きちんとした意識と訓練を重ねていることが多いのです。

また、「8.内発的動機で動かす」が苦手だという方がいるとします。
その場合、相手を好きになって伸ばしていくことや相手に興味を持つということがその人の内発的動機を知ることにつながるとするなら、この問題は「2.人として受け入れる」「4.傾聴し、質問する」にも深く関わってきます。

9つすべてがそれぞれに関連し合っているという意味においても、これらは肯定的に訓練することで身につけることが可能なのです。

セキュアベースの考え方をさらに深めていくために

今回みなさんにお話ししたことは、IMDのプラグラムのごく一部でしかありません。
より詳しく学びたい方は『セキュアベース・リーダーシップ ー<思いやり>と<挑戦>で
限界を超えさせる』を読み込んでいただき、機会があればIMDの各種プログラムをご体験いただきたいと思います。

自分自身に挑み、他の人にも挑ませ、通常期待できる以上のものに目を向け、それを実現する。セキュアベースの考え方を日本の企業に広く根づかせることが現在の私の目標であり、セキュアベースです。本日はご静聴いただき、ありがとうございました。