クオリティフォーラム2017 企画セッション「企業理念・ウェイの浸透、展開」にて、「ビジョンが事業にもたらす持続的競争優位の可能性」をテーマにパネルディスカッションが行われた。
パネリスト
●齊藤 美和子 氏
パナソニック株式会社 コンシューマーマーケティング本部 コミュニケーション部 クリエイティブ課主幹
●小野寺 昭則 氏
株式会社小松製作所 スマートコンストラクション推進本部副本部長
兼 建機マーケティング本部国内販売本部 副本部長
コーディネーター
●加藤 雄一郎 氏
名古屋工業大学 産学官金連携機構 特任教授
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本講演は、日本科学技術連盟主催の、「クオリティフォーラム2017」
における講演内容をまとめたものです。
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●齊藤 美和子 氏
パナソニック株式会社 コンシューマーマーケティング本部 コミュニケーション部 クリエイティブ課主幹
●小野寺 昭則 氏
株式会社小松製作所 スマートコンストラクション推進本部副本部長
兼 建機マーケティング本部国内販売本部 副本部長
コーディネーター
●加藤 雄一郎 氏
名古屋工業大学 産学官金連携機構 特任教授
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本講演は、日本科学技術連盟主催の、「クオリティフォーラム2017」
における講演内容をまとめたものです。
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成功事例に学ぶ、組織内の合意形成の方法とは
加藤氏:まず、お二人に「ビジョンとして何を描くか」についてお伺いします。ビジョンとは「大切な人の未来像を描く」という理解でよろしいですか?齊藤氏:その通りです。「大切な人」とは基本的にはお客様だと考えています。
加藤氏:小野寺さんの場合、地域社会・ゼネコン・地域業者などが入ってくる場合もあり、「三方良し」の考え方が入るケースもあるかと思いますが、いかがですか?
小野寺氏:やはり一番大切なのは顧客です。ステークホルダーの中で、価値に対して対価を支払うのは顧客ですから。
加藤氏:では、次に「ビジョンは数字データに代わる採否判断基準になりうるのか?」についてお伺いします。Panasonic Beautyの美容家電は必需品ではなく必欲品であって、一気に市場シェアを獲得できるものではありません。またスマートコンストラクションにしても短期で売り上げられる事業ではないので、投資の側面が強いと言えます。しかし、現在の企業経営・組織マネジメントは「短期でどれだけ結果を出すか」を求める傾向が依然としてあります。ビジョンだけあっても絵空事と言われたり、斬新だけど市場性はどれくらいあるんだ、と言われたりするでしょう。そんな中、Panasonicとコマツグループでは、どのように合意形成がなされたのでしょうか?
齊藤氏:ビジョンは絵空事であってはいけないと考えています。私たちにとってビジョンは具現化することが前提なので、すぐ成果が出ないことへの恐れがあまりないんです。私たちがきちんとビジョンを持っていることで数字データを深い次元で解析できると考えているから、ちゃんと形になる可能性を持っています。
私たちのマーケティングについて、メソッドを具体的に言い表すのはなかなか難しいのですが、潜在ニーズに踏み込むためには、数字に現れない部分までしっかりヒアリングすることが大事です。単純に売れるか売れないかというよりも、ターゲットの女性たちにどれだけ求められているか、彼女たちはどんな希望を持っているかといった部分までヒアリングします。また、女性の実感に根付いたコピーを提示して、実際に気持ちが動くかどうかということも調べました。
加藤氏:一方、スマートコンストラクションの場合はどうでしょうか? あまりに従来の事業と次元が違いますが、組織的合意形成や、人・モノ・金を割り当てる組織的判断はどのように?
小野寺氏:毎月開催されている経営トップ層によるステアリングコミッティが、意思決定の場になっています。ではなぜ、経営トップ層が自らコミットしたのか。我々は、そもそもビジョンとは「お客様がやりたいことなら何でも」ということではなく「まず自分たちがワクワクすること」だと考えています。そして、ワクワクするビジョンの達成までの過程について、経営トップ層に「これはおもしろいね」と言ってもらえるような筋の良いストーリーを作ったのです。その一環として、スマートコンストラクションの概要を紹介する動画を制作したのですが、組織内でイメージや方向性を共有するのに役立ちましたね。
ビジョンがあると顧客・市場の分析の精度が上がり、やるべきことが明確になる
加藤氏:ハードの製作・販売やメンテナンス等を行うBtoBの企業が、ソリューションビジネスも手掛けて収益性を上げていこうとする際、市場性はどう判断していくのですか? トップのコミットメント次第ですか?小野寺氏:コミットメントには、当然ある程度の数値の裏付けがあります。スマートコンストラクションによってどれだけ生産性が上がるか、人件費や工期の圧縮によりどれだけキャッシュが生み出されるかは、計算することが可能で、その一部が我々の収益になります。つまり、理屈上の計算だと巨大な市場になるわけで、これまたワクワクする話です。また、スマートコンストラクション事業の背景には、人手不足の建設業界には生産性向上が必須だという社会的イシューもあります。
齊藤氏:私たちの事業にも、女性の就業率の向上や、共働き家庭の増加という社会的な背景がありますね。
加藤氏:「顧客にどうあってほしいのか」というビジョンがあると、顧客の声や市場のデータの読み取り方や解釈は違ってきますか?
齊藤氏:違うと思います。
加藤氏:齊藤さんは的確に読み取れるけれど、他の部員では読み取れない、といった組織内でのばらつきは出ますか?
齊藤氏:かえって読み取り方に個人差があることで、一つのビジョンを通じてお客様が多面的・立体的に見えてくるという良さがあります。事業には広告部門の私だけでなく、広報担当、Web担当など様々なメンバーが関わっていますが、同じ数字を見ても立場によってそれぞれ違った気づきがありますから。
小野寺氏:私はビジョンによってお客様との距離が縮まり、パートナーになれたと感じます。ビジョンというのは、我々もお客様もワクワクして、お互いに共感できるものです。実現する際に技術を提供するのは我々ですが、現場を提供してくださるのはお客様。我々は建機を開発すると性能や耐久性などを試験してデータを取りますが、実際は現場で使われて初めて、生きたデータが得られます。ビジョンがあることで、開発部門とお客様がぐっと近い関係になれました。
加藤氏:顧客からは多種多様な要望が寄せられるかと思いますが、どのように対応していますか?
齊藤氏:要望全部に積極的に応えることはないですね。ブランドの姿が見えなくなり、誰のためにどんなソリューションを提供しているメーカーなのか分からなくなる恐れがありますから。Panasonic Beautyは「忙しいひとを、美しいひとへ。」を掲げているので、お客様は忙しい女性であり、彼女たちのありたい姿を実現するというビジョンを常に徹底しています。
小野寺氏:私たちも、ビジョンに合致しないものは積極的にはやりません。
加藤氏:つまりビジョンがあると、やることとやらないことの線引きがはっきりするんですね。
先が見えない時代、何を根拠にイシューを立てるのか
加藤氏: 現代社会は先が見えない「VUCA時代」を迎えています。※VUCA:Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)
このような時代において、今日はある問いかけを皆さんと共有したいと思います。「あなたは今後、考える人になるのか、それとも悩む人になるのか」という問いです。「考える」とは仮説を創ること、「悩む」とは仮説を作れなくなること、とします。考える人になりたいのなら、仮説を創る手順は以下のようになります。
1.イシュー(課題)を立てる:いま、ここで答えを出すべき問いを立てる
2.枠組みを構成する:何に答えればイシューに答えたことになるか、切り口を揃える
3.主張(メッセージ)と根拠を作り上げる:枠組みに即して情報を集めて解釈して、イシューに対する答え(主張・メッセージ)を論理的に作り上げる
この過程で非常に重要なことは、イシューを立てる際に「目指す姿」があれば、顧客との対話の中で、精度の高いイシューをスムーズに立てやすいということ。そして、集めた情報を解釈する際も、目的が明確であれば精度が上がるということです。
つまり、VUCAの時代は「何を根拠にイシューを立てるか」が非常に重要な命題になります。おそらくここで思考停止すると、競合他社でも認知できる現状不具合しか見えなくなります。そして自分たちの事業として何に取り組むべきか判断できなくなり、顧客ニーズに振り回されてしまうでしょう。
Panasonic Beautyやスマートコンストラクションの例を見ても、イシューの設定や情報の解釈の精度において、事業ドメインをどう定めるか、価値をどう定めるか、ビジョンをどう置くかが鍵となっています。現代は事業運営において「信じることができる何か」が、強く求められていると言えるのではないでしょうか。