トヨタ自動車で提唱されている「自工程完結」とは、もともと「製造工程で不具合を出さないものづくりをしよう」という発想である。検査の結果見つかった不具合を、指摘に沿って修正するのは簡単だ。これに対し、自工程完結では、検査で指摘が出ないよう、それぞれの工程の段階で品質を作り込むという考え方である。製造現場においては、従来から比較的受け入れられやすい考え方だが、ホワイトカラー労働現場では、疑いや反発の声が多く上がるのが現状だという。ホワイトカラーでなぜうまくいかないのか、また、うまくいくためにはどうしたらいいのか。
佐々木 眞一氏
トヨタ自動車株式会社 顧問・技監
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本講演は、日本科学技術連盟主催の、「クオリティフォーラム2017」
における講演内容をまとめたものです。
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トヨタ自動車株式会社 顧問・技監
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本講演は、日本科学技術連盟主催の、「クオリティフォーラム2017」
における講演内容をまとめたものです。
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トヨタ自動車で提唱されている「自工程完結」とは、もともと「製造工程で不具合を出さないものづくりをしよう」という発想である。検査の結果見つかった不具合を、指摘に沿って修正するのは簡単だ。これに対し、自工程完結では、検査で指摘が出ないよう、それぞれの工程の段階で品質を作り込むという考え方である。製造現場においては、従来から比較的受け入れられやすい考え方だが、ホワイトカラー労働現場では、疑いや反発の声が多く上がるのが現状だという。ホワイトカラーでなぜうまくいかないのか、また、うまくいくためにはどうしたらいいのか。
トヨタで自工程完結が実践されてきた経緯
「品質は工程で作り込もう」という自工程完結がトヨタの企業理念になった端緒は、「日本の発明王」豊田佐吉氏が発明したG型自動織機にあるという。同織機は、糸が1本でも切れたら自動的に止まる仕組みになっている点が特徴だ。工程の中で品質を確保することによって、生産性が大いに向上したという。ただし、トヨタにおいても、はじめから自工程完結が成功していたわけではない。うまく回るようになったのは、当時の副社長である豊田英二氏の功績が大きいという。同氏は、『品質は工程で作り込もう』という小冊子を作成し、全社員に配布した。「検査の理念は検査しないことにあり」というユニークな表現が、自工程完結の考え方をよく表している。
世界的に有名なトヨタ生産方式も、自工程完結の前提のもとに成り立っている。たとえば、必要なものを必要なときに必要なだけ作るという、ジャスト・イン・タイム方式を実践するためには、自工程完結が欠かせない。「必要なもの」というのは、すなわち良品、合格品のことだ。もし、商品を100個作って検査したとして、90個しか合格品がなければ、必要なものを必要なときに作っているとは言えなくなってしまう。ここで「ひょっとすると不良品を出すかもしれないから、10個余分に作ろう」とすると、ジャスト・イン・タイム方式は崩壊するだろう。このように、品質を工程で作り込むことが、無駄のないトヨタ生産方式を実現させているのである。1965年、トヨタがデミング賞を受賞し、その品質を認められたのも、品質を工程で造り込むことを徹底したことのたまものだと佐々木氏は述べている。
製造現場で行われてきた自工程完結
製造現場では、さまざまな自工程完結の実践が行われている。その事例が2つ紹介された。<事例1:TMUK(イギリス)>
1990年代、トヨタがイギリスに作った工場の事例である。最初はトヨタ生産方式の導入でうまく事業が回っていたが、1993年、急に従業員のモラルの低下が起こってしまう。「人員増で昇進のチャンスが見えなくなった」「有名なトヨタ生産方式が目新しい方法でなく幻滅した」などといったモチベーションの低下が理由だった。
このモチベーション低下を解決するためには、自らが自分の仕事の良し悪しがわかること、そして顧客や後工程の人のためになっていると実感できることが必要だと、佐々木氏は突き止める。
そこで、まずはそれぞれの仕事の意味を明確化し、伝えるようにした。たとえば、「ブレーキをボルトで締める仕事は、ただの作業ではなく、顧客が10年、20年ずっと使い続けられるために重要である」という内容を伝えると言った具合だ。続いて、作業環境の整備を行い、自分の仕事において、一定の品質が確保されているかどうかを作業員自身で確認できるようにした。そして、顧客の代わりに、上司がしっかりフィードバックを行うようにした。その結果、作業員のモチベーション向上に成功したという。
<事例2:堤工場(愛知県)>
堤工場においては、自動車製造の検査の段階で水漏れが頻繁に起こっているという問題があった。各作業員からも「不具合を戻されるのがつらい」という声が上がっていたという。自動車の製造工程は、ボディの溶接から始まり、最終的なシャワーテスト(検査)を行うまで約2,000もの工程が関連している。所要時間はだいたい1日半だ。したがって、最後の検査の段階で戻されても、作業時から時間が経ちすぎており、フィードバックを活かしきれないという悩みがあった。
問題の核心は、作業員が自分のやった仕事の良し悪しが判断できず、自信を持って品質を作り込むことが難しいところにある、と佐々木氏は分析する。そこで、自身の仕事の評価ポイントを3つに分けて教え込んだ。設計構造、設備や教育方法を改善することにより、最終的には工程の不備はゼロになったという。重要なのは、作業員一人ひとりが全員、品質の作り込みに関わることだと佐々木氏は述べた。
なぜホワイトカラー労働は生産性が上がらないのか
一方、頭脳労働がますます重要化するなか、ホワイトカラーの生産性向上は、日本における大きな課題となっている。OECDの調査によると、加盟国34か国中、日本の労働生産性は21位、主要先進7ヵ国中では最下位という結果だ。日本全体の労働生産性向上のためには、ホワイトカラーの労働生産性を底上げすることが急務である、と佐々木氏は述べる。ホワイトカラーの労働生産性が上がらないのは、その仕事が目に見えづらい点にあると考えられる。ホワイトカラーの仕事は、一つひとつの意思決定の連鎖だと定義されるが、その意思決定の一連の流れは、頭の中で行われているに過ぎない。あるいは、「前例に倣って決定した」というように、意思決定のプロセスが完全に省略されてしまっている場合も多いだろう。
また、意思決定を行うスタッフ業務と、作業を行うライン業務が、明確に分かれていないケースが多い点にも問題がある。たとえば、製造工程においては、ホワイトカラーが作業標準などを定めたうえで、ブルーカラーが具体的なライン業務を行う。一方、企画業務はスタッフ業務もライン業務も、ホワイトカラーが行うことが一般的だ。この場合、同じグループ内、あるいは同じ社員が、スタッフ業務とライン業務を兼任していることが多い。すると、「多少企画や計画を詰めていなくても、作業をするのは自分だから大丈夫だ」といった考え方が生じ、スタッフ業務の厳密性が低下する恐れがある。
また、成果の良し悪しについて客観的・定量的評価ができず、改善がなかなか進まなくなる。上司の指示が主観的で、意図がわかりづらいといったことは、多くの人が経験しているだろう。こうした非科学的な状況を改善することが必要だと、佐々木氏は強調する。
ホワイトカラー労働現場における自工程完結の実践
ホワイトカラーの生産性を向上させるためには、スタッフ・ライン業務を明確に仕分け、PDCAサイクルを改善することが必要だ。具体的には、P=スタッフ業務、D=ライン業務、C=おもにライン業務(一部スタッフ業務)、A:ライン業務(一部スタッフ業務)のように分けられる。講演では、「Plan」の部分、すなわち、ホワイトカラーのスタッフ業務に焦点を当て、具体的に解説された。1.仕事の目的・目標を確認する
スタッフ業務は、経営環境の変化に応じて変更を加えたり、アップデートしたりすることが必要だ。たとえば、前年度と同じ仕事をするとしても、5%あるいは10%の効率化を目指していく、といった具合である。目的・目標は、常に変わる前提で見直していくことが重要だ。
2.目的・目標を達成するための最良プロセスを設定する
プロセスは、自部署だけでなく、関係部署との関連性の中で考える必要がある。特に、意思決定のタイミングがカギになる。たとえば、製品の軽量化のために材料を変えたい場合、予算との兼ね合いが必要になってくるだろう。ここでもし、材料の検討を時間をかけて行ったあと、経理に予算を確認する、といったプロセスを踏んでしまうと、予算が足りなかった場合、また一から材料の検討を行わなければならなくなってしまう。このような非効率性を防ぐため、トレードオフの関係にある事項の調整は、プロセスの早い段階で行うことが重要だ。
3.各プロセスを細分化する。
たとえば、「製品素材のストレス耐性を把握する」というプロセスを細分化してみよう。まず、熱や荷重など、ストレスの種類ごとにプロセスを細分化できる。さらに、「熱ストレスについて検討する」というプロセスは、最高温度を検討するプロセスと、最低温度を検討するプロセスに分けられるだろう。この「最高温度を検討する」というプロセスまで細分化できれば、良品条件が明確になり、標準的な作業が可能になる仕組みだ。
4.各プロセスにおけるアウトプット要件を確認する
アウトプットとは、報告書や提案書などを指す。それらにおいて必要なクオリティを、事前に把握しておくことが重要となる。提出する期限や必要な情報がはっきりしていないと、ライン業務に十分な意図が伝わらないためだ。
ここまで行えば、万が一失敗したりうまくいかなかったりした場合に、どこでつまずいているのかがわかりやすい。業務の見直しがしやすく、失敗を繰り返しにくくなるとともに、失敗事例を職場内で共有できるため、全体としての業務改善につながることが期待できる。
自工程完結によるホワイトカラー労働の生産性向上は、さまざまな企業において実践されている。時間とコストのかかる業務改善となるが、その分、効果も期待できるのではないだろうか。働き方改革への関心が高まる中、自工程完結という考え方は、企業における働き方改革推進のひとつのヒントになるだろう。