市場が成熟した現代社会の製造業は、技術の向上により製品の品質格差が縮小し、単品販売で戦うビジネスはコモディティ化(高付加価値を持っていた商品の市場価値低下)の危機に直面している。このような背景を受けて、今回登壇した名古屋工業大学産学官金連携機構 特任教授の加藤 雄一郎氏が脱・単品販売ビジネスを目指す「事業ドメイン・ブランディング」の理論的枠組みについて紹介した。
加藤 雄一郎 氏
名古屋工業大学 産学官金連携機構 特任教授
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本講演は、日本科学技術連盟主催の、「クオリティフォーラム2017」
における講演内容をまとめたものです。
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名古屋工業大学 産学官金連携機構 特任教授
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本講演は、日本科学技術連盟主催の、「クオリティフォーラム2017」
における講演内容をまとめたものです。
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市場が成熟した現代社会の製造業は、技術の向上により製品の品質格差が縮小し、単品販売で戦うビジネスはコモディティ化(高付加価値を持っていた商品の市場価値低下)の危機に直面している。このような背景を受けて、今回登壇した名古屋工業大学産学官金連携機構 特任教授の加藤 雄一郎氏が脱・単品販売ビジネスを目指す「事業ドメイン・ブランディング」の理論的枠組みについて紹介した。
何のために働くのか?重要なのは目的=ビジョン
加藤氏は講演冒頭で「私たちは何のために働くのか?」という問いを提示し、「三人のレンガ積み」のストーリーを取り上げた。中世ヨーロッパの建築現場でレンガを積んでいた三人の男たちに「何をしているのか?」と尋ねた、というものだ。男たちは次のように答えた。第一の男:「レンガを積んでいる」
第二の男:「食うために働いている」
第三の男:「後世に残る町の大聖堂を造っている」
加藤氏は、レンガを一日に何個積むか、いつまでに完了させるか、といった「目標」は全員同じだが、「目的」はそれぞれ異なると解説。第一の男は目的がなく、第二の男は「生活費を稼ぐこと」、第三の男は「長きにわたる人々の心の拠り所を確立すること」が目的だ。このことから、目標は達成する意味合いを伴って初めて異議深い目的となって個人にもたらされると述べた。
さらに、現代日本で見られる「第三の男」のような働き方として、わずか7分の停車時間で完璧に業務を遂行する新幹線の清掃員や、東日本大震災発生時に園内で被災したゲストに自己判断でお菓子などを配布した東京ディズニーランドのキャストを例に挙げた。彼らには「お客様の大事な予定を守るために7分を厳守する」「私たちはゲストを笑顔にするために存在している」という目的があったことを紹介し、働く意味の重要性を説いた。
続いて、人間の働くモチベーションの歴史的な変遷について言及。
モチベーションをOSに例えると、現代社会はダニエル・ピンク氏が唱えた「モチベーション3.0」の時代に入っており、働く意味・意義が非常に重視されている時代を迎えたと解説した。
その上で、現代社会の大問題として「目標疲れ」を指摘。一日の生産量など「目標」の達成を最上位に掲げた働き方の場合、目標に達成できない者は挫折し、達成できた場合でもそれ以上の展開はない。ましてやKPI達成が容赦無く課せられる組織であれば、当然ながら組織的な疲弊を起こし、働く人のメンタルにも問題が起きると警鐘を鳴らした。
「重要なのは「目的」のために働くこと。目的があれば、目的に照らし合わせて次なる目標を設定可能で、仮に目標が達成されなくても次の目標が必ず生まれる。この目的こそビジョンなのである」。
事業ドメイン再定義の必要性
次に、加藤氏は事業ドメイン・ブランディングを語るために欠かせない重要な質問を会場の参加者に投げかけた。<質問>
昨今、「モノづくりからコトづくりへ」など事業が顧客にもたらす「コト」の重要性が説かれています。御社の事業は顧客の何の実現をサポートしていると言えますか?
この定義次第で、どのようなハード・ソフトを手がけるべきかがガラリと変わる。事業の定義の重要性は1960年代からすでに語られており、セオドア・レビット氏が「ドリルを買う人が欲しいのはドリルではなく穴である」と説明したことで有名だ。つまり事業は「製品」で定義してはならない、「価値」で定義せよ、ということだ。
では、なぜ今、事業ドメインの再定義が必要なのか。それは現代の製造業が厳しい状況に置かれているからだ。加藤氏は次のような問題点を指摘した。
●各社の技術力向上による均質化
●プロダクトライフサイクルの短縮化
●モジュール化による参入障壁の低下
●コモディティ化の進展
この状況を打開する方法として、加藤氏は「製品単品で勝負するビジネスからの脱却」を強調。複数のハード・ソフトの組み合わせで初めて達成される価値をソリューションビジネスとしてパッケージで提供する道を示唆した。従来は製品仕様(製品レベル)の差別化が行われてきたが、これからの時代は「価値次元(事業レベル)の差別化」を行うべきとした。事業ドメイン再定義はこの部分に大きな影響を及ぼすのだ。
事業ドメイン再定義のキーワード(1)顧客シェア
事業ドメイン再定義のキーワードのひとつが「顧客シェア」という新たな概念だ。顧客シェアとは、ある顧客が購入した特定の商品の購入金額に対する自社商品の割合を指す。つまり、重要な顧客の財布をいかに生涯にわたって牛耳ることができたか、という考え方だ。マーケティングのパラダイムはプロダクト・アウトからマーケット・インへ変遷したが、いずれも達成指標は市場占有率に着目する「市場シェア」だった。しかし市場の成熟後も市場シェアに固執し続けると、低価格プロモーションに陥り収益が下がる。成熟市場でブランディング(売れ続けるための戦略)が重視される時代は、達成指標を「顧客シェア」とする必要があるという。理想的な顧客シェアは「自社が受け取る対価の合計÷○○に関する生涯支出総額≒ 1」である。「○○」は顧客の支出項目であり、家計で言えば家計簿の費目に相当する。加藤氏は、分母(〇〇に関する生涯支出総額)を大きく設定し、それでもなお分数が「1」に近づくよう分子を適切に定めることが重要だとする。つまり、分母を大きくするほど提供すべき商品・サービス(=分子)も増えるということだ。さらに「顧客シェアを突き詰めて考えると『我々は何屋なのか?』という問いの答えにたどり着く。これからの時代は、事業は製品で定義するのではなく『顧客シェアの分母』で定義すべきだ」とした。
事業ドメイン再定義のキーワード(2)顧客ロイヤルティ
事業ドメイン再定義の2つ目のキーワードは「顧客ロイヤルティ」だ。顧客ロイヤルティとは継続購買意向だけを指す言葉ではなく、「推奨意向(おすすめしたい)」「協力意向(アイデアを提供してあげたい)」、「交流意向(ユーザー間で交流したい)」といったブランドに対する良好な行動意向を意味する。加藤氏の研究によると、顧客ロイヤルティは「ブランドが目指すビジョン・理想への期待(将来への期待)」と「ビジョンの下で生まれた製品に対する使用満足度(顧客満足、CS)」の両方から影響を受けて形成される。さらに紐解くと、CSは高いものの、将来への期待は低い顧客からは顧客ロイヤリティを獲得しづらく、単なるサプライヤーと見なされてしまう傾向が明らかになっている。つまりCS偏重の顧客ロイヤルティ向上施策には限界があり、ブランドがどんなビジョンを持っているかが問われているのだ。
そして顧客ロイヤルティを蓄積すべき新たなレイヤーこそが「ドメイン」だとした。ドメインとはコーポレートブランドと個別のプロダクトブランドの中間に位置するレイヤーだ。例えばPanasonicにおいては効率美容の商品群である「Panasonic Beauty」がドメインにあたる。コーポレートブランドの役割は「品質保証」であり、同社のような多事業展開の企業において一事業がコーポレートブランドを武器に市場で戦うのは至難の技である。一方で、個々の製品はコモディティ化して価格競争が激しい。このため着目すべきはドメインだと強調した。
加藤氏はこれから時代の経営の形について「ビジョンを中核に据えた信頼と期待の好循環経営をいかに目指すかが重要であり、これこそが事業ドメイン・ブランディングだ」とまとめた。