次世代リーダーやコア人材などの後継者育成の研修には、様々な部門から参加者が集う。卓越した成果を出して優秀と目されていたり、大学院で経営学の学位を取得したりと、総じて優秀で、ゲームのルールもすぐに飲み込める。だからといって、彼らが経営シミュレーションに強いかというと必ずしもそうではない。
キャッシュの概念がないとあっけなく倒産する
次世代リーダーやコア人材などの後継者育成の研修には、様々な部門から参加者が集う。卓越した成果を出して優秀と目されていたり、大学院で経営学の学位を取得したりと、総じて優秀で、ゲームのルールもすぐに飲み込める。だからといって、彼らが経営シミュレーションに強いかというと必ずしもそうではない。経営シミュレーションに参加するとあっけなく倒産することがある。これはなぜだろうか。倒産に限っていえば、日常業務でキャッシュに触れる機会がないため、資金計画を立てる必要がなく、学ぶ必要性が薄いからだ。後継者たちが意思決定を誤る理由とは?
彼らに足りていないことは何だろうか。第2回で、「ゲームの初期に決定した意思決定を変更できずに過去の意思決定に従って判断し、最適解を見落とす参加者が多い」と書いた。これは意思決定力の不足を示すエピソードだったのだが、実は意思決定が上手くいかないのには原因がある。当社は、経営シミュレーションを実施してきたことで、意思決定を誤るいくつかのパターンを発見できた。【パターン1:入出金の管理が重要という基本認識が薄い】
顕著なのは、「入出金の管理が重要だという基本認識」の不足である。これが欠けると会社が倒産するが、その認識が薄い。「入金と出金を予め計算する」というと、「何を当たり前のことを言っているんだ」と思うかもしれない。が、実はこれができない参加者が多い。使えるキャッシュの額を計算せずに、使うことを決めてから固定的な出金があることに気づき、資金の手当てがつかずに倒産するのだ。研修の振り返りで「使えるキャッシュの額を計算していましたか?」と聞くと、研修室には誰もいないかのような静けさが漂うことすらある。
彼らの多くは、資金繰りの概念は知っている。また、私生活で破産しないように自分のお金の入出金の概念は理解できている。であれば、経営であっても同じようにできるはずだ。しかし、知識が不活性状態にあるために、どのように経営に適用するのかがわからない。要するに、宝の持ち腐れになっているのだ。
【パターン2:非合理な信念に支配されている】
次に多いパターンは、「非合理な信念」に支配されていることだ。自分の頭で考える習慣が欠けていると言い換えてもよいだろう。例えば、「現金はたくさん残すべきだ」「投資は早い方が良い」「無借金経営が理想の経営だ」などの非合理な信念が研修参加者の目を曇らせ、思考停止状態に陥らせる。こうしたビジネス書やネット上に転がっているような「よく言われること」「通説とされること」「先人のありがたい言葉」はあらゆる場面で通用する普遍的な真理ではない。これらの非合理な信念は、考えずにスピーディに対応するには役立つが、環境変化が激しい中では判断を誤らせる。しかし、多くの研修参加者はこれらが生まれた背景を洞察せずに、一般論を盲信して疑わない。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というが、ビジネス書やネット上に転がっているような情報を渉猟して知識として知るだけでは歴史に学んだとはいえない。知っているだけで活用できないのでは意味がないのだ。自分の置かれる環境を理解し、非合理な信念に支配されずに、自分の頭で考える力こそが重要である。例えば、なぜ現金をたくさん残すのが良いとされるのだろうか。リスクへ備えるために残すのである。リスクが少ない環境で現金を大量に残す合理性はなく、リスクの程度によって残すべき額を判断すべきだ。しかし、非合理な信念に支配されると「現金沢山ないと倒産怖いもんね、と誰かが言っていた」といいながら機械的に現金を残すのである。
【パターン3:自分がなぜそう決めたのかを説明できない】
こうした意思決定にエラーをもたらす例は枚挙に暇がないが、最後にもう一つだけ例を挙げよう。実は、意思決定の最大の阻害要因は、ロジカルシンキングとロジカルコミュニケーションの不足である。
ゲーム研修には、1つのテーブルが1つの会社となって経営を行うものがある。こうしたゲーム研修では、参加者それぞれが行った意思決定を共有し、会社としての最終的な決定のために合意形成を行う。しかし、その意思決定を行う理由を的確に説明できない参加者が多い。そのため、誰かが非合理な信念に基づいた主張を行うと、反論できずに引っ張られてしまう。よって、後になって説明を求められても説明できないのだ。現実の世界では、経営者には社内外への説明責任がある。説明力のある意思決定は、ある種のリーダーシップである。自分の意思決定理由を説明できない経営者では頼りないだろう。
「想起」が御社を倒産に導く行動を抑止できる
これらの例は、どこかの出来の悪い企業や過去の研修の中での極端な話ではない。起こる頻度の高い順に取り上げており、御社にも起こりうる話である。だからといって、絶望する必要はない。とある導入企業の話を紹介しよう。その企業では、初回に運のない状況を扱う経営シミュレーション「パースペクティブ」を実施した。とある参加者は、キャッシュフローを見積もれず、選択肢を絞りきれずに、無用な計算に時間を取られて成績が芳しくなかった。その参加者には、強い悔しさと「キャッシュフローを見積もるのが当たり前だ」というエピソード記憶が楔のように胸に刻まれた。
さすがは経営者候補である。次に実施した経営シミュレーション「あかんたぶる」では、この学びを経営に適用した。このため、「パースペクティブ」の未経験者と比べて、良い結果を残せた。これは、前の研修での学びが次の研修で想起され、結果につながったことに他ならない。こうして、経営シミュレーションで苦い経験を学びに変え、知識を他の場面でも適用できるようになれば、実際の経営でも考え方を適用できるようになり、被害の大きい危機的行動を抑止できる。
本やネットで見聞きした知識と体験・経験を伴った知識は価値が違う
プライミング効果をご存知だろうか。例えば、「○め○た」の○を埋めようと言われてもなかなか思いつかないのではないだろうか。少し考えてみて欲しい。次に、「きめかた」という文字を見てほしい。その直後に、上の○を見ると、これしか入らないような気がしてくる。正解は「ためした」なのだが、潜在記憶が作用し、脳に「きめかた」が刻み込まれるため、「きめかた」が正解だと感じてしまう。これは、上述の「よく言われること」「通説とされること」「先人のありがたい言葉」も同様であるが、ゲームで繰り返し行なったことは、類型のパターンとして「よく言われること」「通説とされること」「先人のありがたい言葉」よりも強く潜在意識に刻み込まれ、現実で似た場面があった際にそこから取り出せる(これを「想起」という)。経営シミュレーションでは、良い想起を促す良質な経営体験を擬似的に提供できる。
これが、本やネットで見聞きした知識と、体験・経験を伴った知識との価値の違いである。また、第1回で「架空とはいえ、数年間実務に従事したのと同じ経験を積むことである。これが『経営活動の高速体験』と呼ばれるゲーム学習の主要な効果の一つである。」と書いた通り、ゲーム研修で体験するような体験・経験を現実で積むには年単位の時間を要する。しかし、ゲーム研修ではこうした体験が1日で積める。
経営者の意思決定は重たく、業績に大きな影響を与える。昨今、「プロ経営者」が求められているが、プロ経営者とアマ経営者の違いは、経営の場面で具体的に何を適用すべきかが想起できるか否かである。経営シミュレーションを行うことで、熟達した経営者になるまでのスピードや経営結果に差が出るため、投資に値すると思っていただける方も多い。こうした点で、一般の座学の研修と経営シミュレーション研修は一線を画すのである。