ミッション経営 ~経営の原点に戻る~

経営プロフォーラム2015講演レポート。「ミッション経営 ~経営の原点に戻る~」をテーマに株式会社リーダーシップコンサルティング代表 / 元スターバックスコーヒージャパン代表取締役最高経営責任者 岩田 松雄 氏による講演の模様をお届けする。

株式会社リーダーシップコンサルティング代表 / 元スターバックスコーヒージャパン代表取締役最高経営責任者
岩田 松雄 氏
1982年に日産自動車入社。2000年株式会社アトラスの代表取締役に就任。3期連続赤字企業を見事に再生させる。2005年には「THE BODY SHOP 」を運営する株式会社イオンフォレストの代表取締役社長に就任。店舗数を107店から175店舗に拡大しながら、売上げを約2倍にする。2009年、スターバックスコーヒージャパン株式会社のCEOに就任。「100年後も輝くブランド」に向けて、安定成長へ方向修正。次々に改革を実行し、業績を向上。日本に数少ない “専門経営者” として確固たる実績を上げてきた。

ミッションの気づき ~私がミッションの大切さに気づくまで~

 今日は「ミッション経営」についてお話ししたいと思います。まずは、私がミッションの大切さに気づいたきっかけについてです。日産自動車に入社したとき、私は新入社員挨拶で「社長を目指す」と宣言しました。会場にいる先輩方からは失笑が漏れました。そして3年後のある日、ふと日産の経営理念は何かと疑問を抱きました。しかし先輩方誰に聞いても答えられません。当時、日産には経営理念がなかったか、あるいはあったかも知れませんが、誰も気に留めていなかったのだと思います。
 そもそもなぜ私が経営に興味を持ったのか。私が住んでいる浦安の駅前には、大手ハンバーガーショップのA社とB社があるのですが、A社はいつもスタッフがみんな生き生き働いているのに対し、B社はみんな暗い雰囲気で仕事をしている。どうして同じハンバーガーショップなのに、これほど雰囲気が違うのか。それはきっと経営、マネジメントの違いなのだろうと考えたわけです。その後、私はビジネススクールに入り、マーケティングやファイナンスなど経営に必要なスキルを身につけたのですが、何か飢餓感がありました。そこで夏休み冬休みに私は、東洋哲学や司馬遼太郎さんの本を貪るように読み、心のバランスを保っていました。
 その後、43歳でアトラスという上場企業の社長に就任。就任式で「これからは企業価値経営だ。キャッシュフロー重視の経営だ!」とビジネススクールで学んだことを話したのですが、社員たちは無反応でした。そして初めて理解したのです。経営とはそういうことではないのだと。以後朝礼では、働く姿勢や、会社の方向性について話すようになりました。

ミッションの気づき ~企業は何のためにあるのか?~

ミッション経営 ~経営の原点に戻る~
 企業は誰のためにあるのか。株主のため? 社員のため? それとも顧客のため? 
 ザ・ボディシショップの社長をしている時に、天から啓示を受けました。それは、企業とは事業を通じて「世の中を良くするためにある」ということ。とてもストンと腹落ちしました。企業とは、企業活動を通じて、それぞれのミッションを達成するために存在するのだと。そしてその手段として、利益が必要なのだと。利益が上がらなければ、継続できないからです。ミッションとは会社の存在理由そのものなのです。では、なぜミッションが大切なのか。主な理由として以下の4つが挙げられます。

・原理原則としてのミッション
・共通のゴールとしてのミッション
・ミッションに共鳴した人が集まる
・ミッションが社員のモラルを上げる

個人のミッション

 会社の経営者に限らず、自分で意思決定をして結果責任を負うという意味では、人は皆自分の人生における経営者だと思います。私は自分の人生においてもミッションを持つべきだと思います。では個人にとってのミッションとは何でしょうか。それは「この世に生かされている理由」です。人は今こうして生きていることも奇跡のようなものです。そもそも生まれてきたこと自体が奇跡のようなもの。私は「生かされている」感覚をもっています。

①「情熱を持って取り組めること」…好きなこと
②「世界一になること」…得意なこと
③「経済的原動力になるもの」…何か人のためになること

 私たちがこの世に生かされている理由、それが“使命”です。上記の「好き」・「得意」・「人のためになること」3つをヒントに、自分自身の“使命(ミッション)”とは何かを考え続けることが大切です。

事例研究 スターバックス成功の秘訣

ミッション経営 ~経営の原点に戻る~
 私が社長を務めていたスターバックスは本当に素晴らしい会社です。特にお店は素晴らしい。お客様のために、仲間のために何ができるか、みんなが常に考えています。「スターバックスは悪人が入っても善人になってでていく」――そんな言葉を真顔で言えるほどです。その素晴らしさの秘訣や背景について、何点か事例を交えてご紹介します。

【あるお客様からの感謝のお手紙】
 私がCEO時代にお客様からこんな内容のお手紙をいただきました。
 手紙には、このお客様のお嬢様がいつも利用していたスターバックスの女性スタッフへの感謝が記されていました。小さな頃から心臓が弱かったお嬢様が、移植手術を受けるために、家族でアメリカへ行くことになりました。日本での最後の食事は、いつものスターバックスのシナモンロールにしたいと希望されたそうです。開店前の早朝に出発しなければならないので、無理を承知で事情を話すと、翌朝、その女性スタッフが焼きたてのシナモンロールとお嬢様宛の手紙を持って駅で待ってくれていたと。たいへん残念なことに、お嬢様はお亡くなりになったそうですが、お世話になった女性スタッフとスターバックスで働くことを夢見て、日々病魔と闘っていたと綴られていました。
 私はこの手紙を読んで驚き、そして感動しました。女性スタッフはこのお手紙をもらう半年前に本社に異動していました。私は彼女にお礼を言いました。この手紙について朝礼でも紹介しました。本来なら開店前に商品を持ちだすことは規則違反です。本来CEOとして彼女を罰しないといけないかもしれません。しかし、私は「これこそがスターバックスだ」とみんなに紹介しました。スターバックスにはサービス・マニュアルはありません。あるのは「Just Say Yes」だけです。

【スターバックスのミッション・ステートメント(旧)とは】
 「人々の心を豊かで活力あるものにするために――ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから」。これがミッションです。そして以下がバリュー(行動規範)です。
・お互いに尊敬と威厳をもって接し、働きやすい環境をつくる。
・事業運営上で不可欠な要素として多様性を積極的に受け入れる。
・コーヒーの調達や焙煎、新鮮なコーヒーの販売において常に最高級のレベルを目指す。
・お客様が心から満足するサービスを常に提供。地域社会や環境保護に積極的に貢献する。
・将来の繁栄には利益が不可欠であることを認識する。

【存在理由=サードプレイス】
 スターバックスのブランドコンセプトは、サードプレイスです。これは「自宅と職場の間にあり、公共性と個人性を 併せ持つ環境、他の誰かとつながり、自分自身を再発見する場」と定義しています。

【コーヒー豆へのこだわり】
 標高が高いところで育った、厳選されたアラビカ種のみを使用するなど、コーヒー豆に非常にこだわっています。

【快適なお店】
 お客様が少しでもリラックスできるお店造りをしています。

【お店で働く人の素敵な笑顔】
 私はスターバックスがスターバックスである最大の差別化要因は、お店の人たちにあると思います。やっていることは他のコーヒーショップと同じです。ではどこで差が出るのか。それは、マニュアルにない異常なことが起きた時に、他店と差が出るのです。

【Just Say Yes】
 スターバックスにはサービス・マニュアルはありません。あるのは、ただ一つ“Just Say Yes”。「道徳、法律、倫理に反しない限り、お客様が喜んでくださることは何でもしなさい」と教えられます。そして「何を?」ではなく「なぜ?」を大切にすること。「何を?」ではマニュアル通りにしかできませんが、「なぜ?」を理解すれば、どんな状況にも臨機応変に対応できます。お客様をおもてなしする方法は、状況によってさまざま。それは一人ひとりがその場その場で自分で考えることなのです。

【普段の言葉遣い】
 スターバックスミッションやブランドを大切にする会社は、普段の言葉遣いを大切にします。例えば、アルバイトもCEOもスタッフはすべて「パートナー」と呼び合います。そこに上下の隔てはありません。また本社のことは、あくまでお店をサポートする場所という意味で「サポートセンター」と呼びます。会社のミッションやカルチャーが社内全体に浸透しているかどうかは、普段の言葉遣いにこそ出ると思います。

リーダーに求められるものとは?

ミッション経営 ~経営の原点に戻る~
・高い志を持つ
 世のため人のためという高い志を持つことです。会社の成長とともに自分自身と経営理念を三位一体で成長させることが大事だと思います。

・徳を高める努力をする
 人を治める前に、まずは自分自身を修める。まずは自分自身が徳を高める努力をする。論語に「民は由らしむべし、知らしむべからず」という言葉がありますが、リーダーが皆に何かをして欲しい時、いちいち細かな説明はできません。だから「あの人が言うことならやってみよう」と思ってもらう必要があります。そのためには小さな約束を守ることです。言ったことは必ずやる。どうしてもできなかったときには、できなかった理由をみんなにちゃんと伝えて、そして謝る。そうやって信頼関係を築いていきます。

・無私の心を保ち続ける
 私心を無くし、「仲間のために、世の中のために」という気持ちが何よりも大事です。

・素直さを持つ

・範を示す

・恨みに任ずる覚悟を持つ
 例えばリストラのように、会社を存続させるためには、社員に恨まれてでも、やらなくてはいけないこと、言わなくてはいけないことがリーダーにはあります。

・後継者を育てる
 リーダーとして実績を上げるのは当たり前のこと。同時に自分の後継者を育てなくてはなりません。意識的に人を育て、組織にDNAを残すことが大事です。

・意中に人あり
 メンターのような立場の人がいるのが理想ですが、「神様は見ている」という言葉もあるように、常に誰かに見られているという感覚を持つことが非常に大切です。法律やルールには抜け道があります。「バレなきゃ、何をしてもいいんだ」という気持ちを持ってはいけません。

組織に求められるものとは?

ミッション経営 ~経営の原点に戻る~
 ピーター・ドラッカーの著書で、「本質において一致、行動において自由、すべてにおいて信頼」という言葉を取り上げています。これは初期キリスト教会の教えですが、とても深い言葉です。さきほどご紹介したシナモンロールを届けてくれた女性スタッフは、自分が規則違反をしていたことは当然わかっていたと思います。しかし彼女は会社のルールに背いてでも、会社のミッションのためにはやるべきだと判断しました。つまりこれは会社を信頼しているということです。私は彼女のことを褒めました。それは私がみんなを信頼しているからです。もちろん毎朝全店で同じようなことをされたら困ります。社長という立場上、ルール違反をしてもいいとは言えませんが、みんなの前で女性スタッフのことを褒めることで、状況に応じて、こういうことをやってもいいんだなとみんなも安心するでしょう。そこは阿吽の呼吸です。「何のために自分たちはこの会社で働いているのか?」――。つまりそのミッションをみんなに共有してもらうことが何よりも大切なのです。

 最後に皆さんに、ニーチェの言葉をお贈りして終わりたいと思います。

「どこから来たか」ではなく、「どこへ行くか」が最も重要で価値あることだ。
栄誉は、その点から与えられる。どんな将来を目指しているのか。今を越えて、どこまで高くへ行こうとするのか。どの道を切り拓き、何を創造していこうとするのか。
過去にしがみついたり、下にいる人間と見比べて自分をほめたりするな。夢を楽しそうに語るだけで何もしなかったり、そこそこの現状に満足してとどまったりするな。
絶えず進め。より遠くへ。より高みを目指せ。

 以上、どうもありがとうございました。