HRサミット・経営プロサミット2015講演レポート。「次世代の経営人材をいかに育てるか」をテーマにヘイ コンサルティング グループ 代表取締役社長 高野 研一 氏による講演の模様をお届けする。
ヘイ コンサルティング グループ 代表取締役社長
高野 研一 氏
日本の大手銀行でファンドマネジャーなどを経験した後にコンサルタントに転進。現マーサー・ジャパン取締役などを経て、2006年10月にヘイ コンサルティング グループに参画。2007年10月より代表取締役社長に就任。日本企業の経営改革とグローバル化を支援。特に、コーポレートガバナンス、ビジネスリーダーの育成とアセスメント、グループ経営、組織・人材マネジメントに関する戦略・実行支援などに豊富な経験を持つ。メーカー、金融、商社、小売などほぼ全業種にわたりコンサルティングサービスを提供。多くのクライアントからの信頼を得ている。ヘイグループでは、日本・韓国のマネジメントを担うとともに、ガバナンス・コミッティーのメンバーを務める。神戸大学経済学部卒業、ロンドン・スクールズ・オブ・エコノミクス(MSc)修了、1992年6月 シカゴ大学ビジネススクール(MBA)修了。著書 『超ロジカル思考』(日本経済新聞社)、『ビジネスリーダーの強化書』(日本経団連出版)、『勝ちグセで企業は強くなる』『グループ経営時代の人材マネジメント』(ともに東洋経済)他、講演・執筆多数。
高野 研一 氏
日本の大手銀行でファンドマネジャーなどを経験した後にコンサルタントに転進。現マーサー・ジャパン取締役などを経て、2006年10月にヘイ コンサルティング グループに参画。2007年10月より代表取締役社長に就任。日本企業の経営改革とグローバル化を支援。特に、コーポレートガバナンス、ビジネスリーダーの育成とアセスメント、グループ経営、組織・人材マネジメントに関する戦略・実行支援などに豊富な経験を持つ。メーカー、金融、商社、小売などほぼ全業種にわたりコンサルティングサービスを提供。多くのクライアントからの信頼を得ている。ヘイグループでは、日本・韓国のマネジメントを担うとともに、ガバナンス・コミッティーのメンバーを務める。神戸大学経済学部卒業、ロンドン・スクールズ・オブ・エコノミクス(MSc)修了、1992年6月 シカゴ大学ビジネススクール(MBA)修了。著書 『超ロジカル思考』(日本経済新聞社)、『ビジネスリーダーの強化書』(日本経団連出版)、『勝ちグセで企業は強くなる』『グループ経営時代の人材マネジメント』(ともに東洋経済)他、講演・執筆多数。
情報技術が、企業価値の生み方を今までと全く違ったやり方に変えた
2015年6月からコーポレート・ガバナンス・コードが導入され、上場企業は、社外取締役として2名以上を選任し、経営陣にも企業価値を生みだせる人材を登用することが求められるようになりました。企業価値を生める人材とは、ファイナンス理論に沿って言えば、資本コストを超えるリターン、つまりROEを上げられる経営者ということを意味します。調査によると、日本企業に対して株主が求める資本コストは6~7%ほどですが、多くの日本企業のROEは5%程度であり、平均的な日本企業は、資本コストを下回るリターンしか上げない、企業価値を毀損しているとみなされています。欧米ではどうかというと、ヨーロッパは15%、アメリカは20%を超えており、投資家は日本企業に2倍、3倍の企業価値を出すことを期待しています。また、経営環境の変化により、価値の出し方も変わってきています。フォーチューン誌とヘイグループが年1回共同で出す「世界で最も称賛される企業のランキング」には、その変化がよく表われています。この調査は1997年にスタートし、2006年までの10年間は、トップ20の顔ぶれはGEやP&G、ジョンソン・エンド・ジョンソンなどのような企業で固定化されていました。しかし2010年頃を境に大きな変動がありました。電気、機械、物理、化学の知見に基づき勝っていた、産業革命より生まれた企業に代わり、アップル、アマゾン、グーグルという、情報革命の寵児がトップ3を占めるようになったのです。ここ4年間、トップ3の顔ぶれはずっとこの3社です。かつての優良企業はトップ10以下に後退しています。リーマンショック後にビジネスの風景が変わったと考える経営者が多いですが、実はその背景には、産業革命から情報革命への転換が大きなファクターとして関わっているのです。
次世代の経営人材に求められるオープンイノベーション活用力
IOT、インダストリー4、ビッグデータ、オムニチャネルといった情報技術が、色々な業界のビジネスモデルを根底から変えるキーワードとなっています。従って、新しい世界の中で企業価値を生める次世代の経営人材には、情報技術を活用し、ビジネスモデルを変革していくことが求められていると言えます。また、このランキングを別の切り口から見ると、自然科学から人間科学への成功要因のシフトが浮かび上がってきます。電気、機械、化学、物理の知見ではなく、人間が何に喜びを感じるのかを考える人間科学で勝つ企業が明らかに増えてきているのです。例えば、アップル、コカ・コーラ、スターバックス、サウスウエスト航空、ナイキなどの企業です。これは情報技術の発達により、自然科学による知見は検索して簡単に入手できる時代になる一方で、人が何に喜びを感じるかは検索では分からず、最初にこれを発見した企業が勝ち上がるようになったという環境の変化によるものです。
日本企業にとっての強みは、これまでハードウェアの知見でしたが、これからはそれだけでは勝てません。ソフトウェア、サービス、コンテンツを組み合わせたビジネス全体のプラットフォームをどう考えるかが、企業価値を生む上で重要となります。こうした問題は、1社だけでは解決できません。エコシステム、オープンイノベーションという言葉がよく聞かれるようになりましたが、複数の企業が関わり、業種横断的な協力関係を作りながら問題を解決することが求められるようになってきています。これは情報通信事業だけではなく他の産業においても言えることです。
それに伴い、業界構造もオープン化しており、世界中の情報通信クラスタが網の目のようにつながって機能するようになっています。情報通信業界の産業クラスタのマップでは、半導体、情報通信機器、インターネットサービスのセンターがアメリカのシリコンバレーなら、暗号や高速ネットワーク通信のセンターはイスラエル、ソフトウェアはインド南部の諸都市、ハードウェア製造は台湾となっています。こうしたオープンな業界構造の上に企業が乗っかり、エコシステムを作ってビジネスを展開しています。自動車業界も、自動運転という情報技術が入り込み、今やトヨタが一番重要視するのは他の自動車会社ではなくグーグルになってきています。
このような環境の変化から、次世代の経営人材には、今までと違った戦い方が求められます。社内で集まってブレストをやるのではなく、外に出て色々な企業とオープンイノベーションに取り組む能力が求められます。
自分の器を超えた問題について仮説を立て検証する能力
環境が劇的に変化した今、社内ブレーンストーミングは問題解決にとって有用な手段ではなくなっています。ブレーンストーミングは自分の頭の中にあるアイデアを書き出すことですが、いまや解は頭の中にも自社の中にも無い時代になってきています。逆に言うと、エコシステムを活用して自分の頭の中にない解をたぐり寄せる能力を持つ「目利き」がいれば、ベンチャー企業でも大企業に勝てる世の中になってきているのです。目利きの能力には2つあります。1つは自社のバックグラウンドを超えた大きな問題の構造を解明する力です。構造が見えると「このあたりに解があるのではないか」と仮説を立てられるようになります。2つ目は仮説を検証する力です。石油を掘り当てるときのように、たとえ掘ってみて石油が出て来なくても、試掘すれば地面の下の構造が見えてきます。仮説の立て方が良ければ、何カ所か掘ってみることで、解を絞り込むことができます。自分の器を超えた問題について仮説を立て検証する、これが次世代の経営者に必要な能力であり、顕在化した情報を整理分析する能力とは全く異質なものです。
優れた経営人材の行動パターンには共通の型があります。それは4つのステップで成り立っています。1つ目は、将来の市場構造、事業構造、収益構造の可能性について色々な仮説を立てる事です。そこから、新たなビジネスチャンスが浮かび上がってきます。2つ目は立てた仮説が当たっているか検証することです。そのために調査や実験をデザインし、実行します。3つ目は多くの社外パートナーを巻き込むことです。それによって、さまざまなバックグラウンドの人から衆知を集めることが可能になります。また、関係者を巻き込んで仮説を検証し、成功パターンを引っ張り出せると、その瞬間にベクトルが合い、すぐ実行体制ができあがるというメリットもあります。4つ目は発見した成功パターンを徹底的に横展開して価値を刈り取ることです。この4つのステップの中で、仮説の設定と検証が非常に重要になります。
市場構造・事業構造・収益構造の新たな可能性について仮説をたてる
市場構造、事業構造、収益構造の間にはリンケージがあります。市場の構造が今後どう変化するのか、その中でどのようなポジションを取れば最も有利な展開ができるのか、そのためにどのような事業構造が必要になり、それが収益構造にどう影響するのか。これらの新しい可能性について仮説を立て、新たなリンケージを最初に発見した者が勝つのが、ビジネスというゲームです。では、どうやってこのリンケージを発見するのか。ここでは分かりやすい事例として証券会社を例に挙げます。まず市場構造の解明のため、「投資アドバイスを求める客層」と「徹底した格安手数料を求める客層」に分類してみましょう。その上で、各々の市場規模や売買量を調べてみることで、市場の構造が浮かび上がり、自社がターゲットとすべき客層が定まってきます。
ターゲットとする客層が定まると、次は事業構造が決まってきます。「投資アドバイスを求める客層」をターゲットにする場合、店舗や営業員に依存した事業構造になるでしょう。「格安手数料を求める客層」をターゲットにするなら、徹底したオンライン化が必要になります。市場におけるポジションの取り方が違うと、事業構造の作り方も違ってきます。それがそのまま収益構造に跳ね返ります。店舗型ならお店と人件費にコストをかけ、オンライン型なら広告宣伝費とコンピュータに費用をかけることになるでしょう。
また、市場の中のどこにポジションを取るかによって、事業価値にも影響が出てきます。オンライン証券が台頭してきた頃、店舗や営業員に依存した従来型の証券会社は軒並み赤字になる一方、オンライン証券は高い収益をあげました。その原因は市場におけるポジションの取り方にあります。オンライン証券会社は手数料の規制緩和とITの発達という環境変化を先取りし、新たな領域でいち早くポジションを取りました。一方、従来型の証券会社がポジショニングする領域では何十社という競合企業がひしめいています。しかも手数料規制の緩和により、デイトレーダーのような客層が従来型の証券会社からオンライン証券にどんどん流出していきました。それが収益性の違いに表れたのです。こうした市場構造・事業構造・収益構造の変化が色々な業界で起こっています。情報革命によりこれらの構造がどう変わり、顧客がどこからどこへ移動していくのか、こうした新しい可能性について仮説を立てられるのかが次世代の経営人材です。
メーカーの場合は、新しい技術を生み出さなければいけませんから、これら3つの構造以外にも仮説の立て処があります。こういう「機能」が実現できればこんな「新しい用途」を提供できる、それによってこれだけの「市場規模」が生まれるだろう、そのためにはこんな「要素技術」が必要になるといった論点についても仮説を立てられるのがイノベーター人材です。アップルの創業者のスティーブ・ジョブズも、アマゾンの創業者のジェフ・ベゾスもエンジニアではありませんが、世界中のエンジニアたちに勝ちました。人間科学に根ざした発想からイマジネーションを広げ、新しい用途や機能について仮説をいち早く見出せた人が勝つのです。
次世代の経営人材となるためには勇気を持つことも重要です。具体的な仮説を立てるほど、それが外れる確率は高くなるからです。それを恐れて一般論やコンセプトにとどまる人が多いです。こうしたやり方はリスクはありませんが、仮説を検証することはできません。ジョブズは「ステイ・フーリッシュ」の重要性を解きました。賢く見られたいと思わないことです。失敗を恐れず、愚かだと言われるのを恐れずに試掘を続けなければいけないということです。
実践と訓練により、仮説検証力を育てる
新しい事業価値に関して仮説・検証を行えるポジションに人を配置して経験を積ませることで、次世代の経営人材を育てることができます。すでに確立されたビジネスモデルを回す仕事に配置しても、仮説設定・検証能力は磨かれません。そして配置するだけではなく、仮説の設定と検証を実践させ、習慣づけさせることが重要です。そのための発想法は訓練で習得可能です。配置、実践、手法の教育、この組み合わせが大事です。日本企業にアンケートを取ると、優秀な人材が育っている会社と育っていない会社では、傾向に差があることが分かります。優秀な人材が育つ会社では、社長をはじめ経営者が自ら、土日を割いて人材育成をしています。だから人が育ちます。また、社員自身がキャリアパスや配置の目的について正しく認識できています。育成目的の配置が定着している企業ほど、次の経営者を育てるのに成果が出ています。
とはいえ、育成目的で人を配置するのは簡単ではありません。30代で事業全体をマネジメントするポジションに就けようとしても、年功序列慣行がある企業では容易ではありません。経営人材育成で一番効果があるのが新規事業や海外に異動させることですが、優秀な人材ほど既存の主力事業から離しにくいという事情もあります。しかし従来の専門家の延長線上で動いていても、経営者の育成にはつながりません。企業価値を高めるための仮説を立て、自ら検証するトレーニングを行い、自分の時間の20%は企業の新しい価値を生む試行錯誤に使わせる、という合わせ技が有効です。ベンチャー起業家は100%の時間をそこに注ぎ込んでいますから、せめて20%ぐらいは投入しないと競争に勝てません。
ヘイグループが行う次世代の経営人材育成プログラムでは、企業価値創出につながるテーマを与えて仮説を考えさせ、さらに検証を通じて裏付けとなるエビデンスを取らせます。エビデンスを取るのは難しいです。最初は、仮説をどう検証したらいいのかさえ分かりません。検証可能な仮説が立てられていないと、検証することすらできないのです。仮説が検証可能であるためには、調査や実験がデザインできる必要があります。その能力があれば短時間でエビデンスを取れます。仮説が明確でないと、いくら調査やアンケートに時間をかけてもエビデンスは取れません。
また、仮説を検証すればするほど仮説を立てる能力が高まり、それが経営者としての目利き能力を高めます。企業横断的な交流によるオープンイノベーション型のトレーニングも有効です。情報革命による産業構造の変化、ライフサイクルの変化について、企業横断的なグループを作り、皆で仮説を広げる訓練を行っています。どんな企業と組むことで新しい事業が加速できるのか、仮説を広げるのは難しいですが、企業横断的な集合トレーニングがそれを促進します。
ヘイグループの育成プログラムの標準スケジュールは10か月で、前半は月1回の集合研修で仮説の立案能力を高め、自社の新しい事業価値を見出す能力を育てます。後半は調査、実験を通じた仮説の検証に取り組みます。最先端の実験を行っている人やターゲットとなる潜在的顧客に会いに行き、本当にその仮説がワークするのか確かめます。前半でやる仮説の設定より、後半の検証のほうが学習効果は5倍ほど高いです。
仮説、検証の仕方を理解するため、この育成プログラムではケーススタディーを使ってイメージをつかんでもらいます。米国のカーシェアリングの会社立上げのストーリーを取り上げ、2人のCEOを比較します。創業者である最初のCEOは、情報技術を使った利便性の高いサービスを作り、アーリーアダプターから高い評価を受けました。しかし、会員数は思ったほど増えず、その原因についてCEOは仮説を示せませんでした。そのため取締役会によって解任されてしまいます。その後任として登板したCEOは仮説検証に優れた人でした。前任者のやったことをひとつの実験と見立て、「サービスについて知っているのに会員にならないと決めた人たちを集めてその理由を聞けば、ボトルネックを解明できるだろう」と考えたのです。その結果、最短の時間で「車までの距離が遠いことがネックになっている」ことを突き止めました。さらに、「ターゲットユーザーがたくさん住む地域に車を集中すれば、車までの距離を縮められ、会員数も増やせるのでは」という新たな仮説を立て、それを実験に移しました。カーシェアリングのターゲットは環境に敏感で、お金に余裕がない若者、ITのリテラシーが高い層であり、そうした人が住む地域に車を集中したのです。その結果「5分で行ける距離に車を配置すると会員が急増する」という傾向を発見し、この事業の成功要因を突き止めることに成功します。
次世代の経営人材とは、仮説設定力と検証力を持つ人材です。こうした能力を育てるために、人材を新しい事業領域に配置して実際に業務にあたらせ、市場構造・事業構造・収益構造の新しい可能性を解明させることが重要になります。同時に仮説検証の訓練をさせることで、目利き能力を高めていく必要があります。