ミシガン大学ロス・ビジネススクールのデイブ・ウルリッチ教授は、フォーチュン200の半数を超える企業へのコンサルティングを通して、企業の価値提供の支援と研究を行っている。HRプロでは、人事界の「グル」(神、悟りを開いた人)と称賛されるウルリッチ教授を招聘して、10月17日に日本初の公開型ワークショップを開催した。
本年3月のインタビューで、「人事は長期的なビジネスに貢献するエキサイティングな仕事」と述べていたウルリッチ氏。明快な語り口で数多くの企業事例とユーモアを交えてのワークショップは、ウルリッチ氏の人事価値向上への情熱を感じるエキサイティングな学びの場となった。
ウルリッチ氏は35年前、UCLAでPHD取得のため、日本のエレクトロニクス業界の比較研究をテーマとして来日した。以来、日本とは様々な関わりを持っているが、このような公開型ワークショップは初めてのことで、冒頭でウルリッチ氏から主催者へ丁寧な謝辞が述べられた。
参加者は企業人事責任者だけでなく経営者も数多く、外国人も含めダイバーシティに富んでいた。英語・日本語双方向の同時通訳と、英語および翻訳資料が用意され、参加者はいつでも自由に質問をしてよい、という形式だ。ウルリッチ氏の働きかけや参加者の熱意から活発に質問がでて、理解がより深まるインタラクティブなワークショップとなった。
今日のゴールは、「人事が組織への影響をもたらすことによって、新しいビジネスにどのように価値をつけるのか」であると定義した。テクノロジーの進化により世界が急速に変わっていくなかで、自社は将来どのようになるのか。競合より速く敏捷に会社を変えていくにはどうすればいいのか。付加価値を創りだし、どのようにして複雑なものごとをシンプルにして適用するか、が課題である。そして対話、ツール、時間というキーワードを挙げた。
ウルリッチ氏は「今日は事前テストとして、質問を用意しました。1.人事業務のなかで、最大のチャレンジは何か。 2.効果的な人事の結果は何か。 3.効果的な人事変容のために、何が必要か。 これらの3つです。自分について、自社について考えてみてください」と投げかけた。
参加者はウルリッチ氏のヒントをあおぎながら、これらの質問に回答していくなかで、業務上の課題や問題の解決を自ら見つけ出していくのである。
ウルリッチ氏が提唱するのは、「人事アウトサイド・イン」である。これは人を管理する人事から専門機能としての人事、人事戦略へと発展してきた人事のスタイルの最新形である。「人事アウトサイド・イン」では、従来は企業のなかで閉じて実施されてきたことを、顧客や投資家、サプライヤー、パートナーなどのステークホルダーに開き、彼らの協力を得て社内の人事領域の改革を行っていくものだ。
「たとえば採用は、顧客に最終面接に実際に参加してもらって、顧客が選ぶ人を採用します。研修といえば従来は講師と社員で行ってきましたが、この場に顧客に参加してもらうのです。人材評価も、360度ではなく720度、つまり社内だけでなく顧客に評価してもらう。わが社のリーダーは、あなたが我が社の商品を買いたくなるような行動をとっていますか?と聞くのです。」
報酬や評価基準も、自社内だけで構築するのではなく、顧客の期待にマッチしているか、顧客を巻き込んで基準を構築したり報酬の割り当てをするといった、社内の人にまつわる事柄の全てに、アウトサイド・インを取り入れるのである。
ワークでは参加者から積極的に質問が出たので、一例をご紹介しよう。
「顧客と直接接しない人事にとって、顧客とは誰か?」である。ウルリッチ氏の答えはこうだ。
「70%の人事が、人事の顧客は従業員です、リーダー達です、と答えるでしょう。私は、それは間違っていると思います。人事の顧客は、ビジネスの顧客なのです。従業員にサービスを提供し、リーダーを育成する。しかし顧客はビジネスの顧客です。人事は『我が社がどのようであれば、顧客はモノ・サービスを買ってくれるのか』を考えて社内を創り上げる。だからアウトサイド・インなのです。人事に携わる我々のマインドセットが、非常に重要です。」
参加者同士の話し合いや発表、また質問をとおして、ウルリッチ氏の人事アウトサイド・インの考え方への理解が一層深まった一幕であった。
ワークの後半は、人事が何の価値を創造するのか、それらの詳細について学んでいった。まず人事が創造する価値について、ウルリッチ氏は人材、文化、リーダーシップの3つを挙げた。
人材へのアプローチ手法として「人材=能力×コミットメント×貢献」という式を提示した。あわせて、貢献を高めるためには安定思考法でなく、成長思考法を取り入れていく必要があると説いた。
文化とは、自分達が信じる価値や基準、ふるまいによって形づくられる組織のパターンのことである。これら顧客から望ましいものになっているかが重要である。
そして人材をより良く育成し、文化を創り上げるのがリーダーシップだ。リーダーシップとは個々人のリーダーの集合体の姿であり、リーダーシップが外部に向けて発信する差別化がリーダーシップ・ブランドである。
「企業は従来、利益などの財務、および将来収益を得るためのブランドやR&D、システムなどの無形資産によって評価されてきました。しかし現在はそれらに加えてリーダーシップ・キャピタルが企業価値評価のなかでウェイトを占めてきています。そのリーダーシップ・キャピタルの価値向上をするのが、リーダーシップ・ブランドなのです。」
椅子を持って質問者の隣に座り、コーチングしながら回答したり、会場全体を惹きつけながらファシリテーションする姿も、大きな学びとなった。数多くの企業事例を鋭い視点によりシンプルに分析し、一方では随所に自身と家族の話やユーモアを盛り込み、笑いも交えながらの進め方が印象的であった。参加者からは、かつてないほど刺激的なワークショップだったとの感想が多数聞かれた。
最後にウルリッチ氏は、人事の価値創造についてこう語り、ワークショップを終えた。
「私は長年、企業の研究をしてきて、成功する企業は何が違うのかを探してきました。戦略はコピーができる。しかし戦略をどう実現するかはコピーできない。組織と人が、どのようであれば戦略を実現できるのか。それをやるのが人事なのです。人事が企業そのものをつくっているのです。」
HR総研ライター/EEG代表 丸島美奈子
ミシガン大学ビジネススクールの教授であり、アメリカで人事コンサルティング、組織開発などを手掛けるRBLグループの共同創業者でもある。世界の経営思想家のベスト50を選ぶ「Thinker50」(2 年に1度)の常連であり、2013 年度は30 位で、人事研究の領域では常にトップである。 英語圏の人事の世界では、グル(教祖、指導者)と呼ばれている。 フォーチュン200(フォーチュン誌が発表する総収入の全米ベスト200)の半数を超える企業で企業調査やコンサルティングに従事している。 25 冊以上の書籍、200を超える論文を出している。 邦訳されているものとしては「MBAの人材戦略」「人事コンピテンシー」「個人と組織を充実させるリーダーシップ」「グローバル時代の人事コンピテンシー」などがある。