一人ひとりの個性や考え方を活かす――違いを受容し、多様性を尊重する組織づくりとは(後編)

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ポーラ・オルビスグループの社内ベンチャー制度から誕生し、「すべての人の、美しくありたい想いを解放する」をミッションに掲げる、株式会社encyclo。それまで光が当たらなかったニーズに目を向け、生まれたプロダクトには、フェムテック市場の拡大も追い風となり、注目が集まっている。

株式会社encyclo 代表取締役 水田悠子氏と、株式会社HRインスティテュート 取締役 狩野尚史の対談の後編では、多様性を活かす組織づくりやマネジメントなどについて語った。(以下敬称略)

目次

一人ひとりの「美意識」を発揮できるような組織

狩野:2020年、ポーラ・オルビスグループの社内ベンチャー制度から始まったencycloですが、現在は何名くらいの組織なのですか?

水田:社員としては、私が1人で動いています。創業期には共同創業者の齋藤明子さんと二人三脚だったのですが、先日人事異動があって今は他のミッションを担われています。ただ、今も完全に1人というよりは、ポーラ・オルビスホールディングスの中に新規事業をアクセラレーション(促進)するチームがあるので、そこからサポートを受けています。

狩野:これから仲間を増やしていくフェーズに入るのだと思いますが、どういう組織にしていきたいですか?

水田:色んな関わり方ができる組織にしていきたいですね。ベンチャー企業が大きくなる時って、売上をこうして社員は何人で、時価総額は…と数字でいろいろ考えがちなんですけど、人ってそれだけじゃないですもんね。私自身も、これまでの人生の中でモチベーション高く働いていた時期、病気をして治療をしていた時期、復帰したけどネガティブな想いを抱えていた時期、自分のやるべきことを見つけて邁進している時期…同じ人間だけど、本当に働き方も仕事に対する向き合い方も全然違います。

人生のステージによって、仕事に割く時間や気持ちは、変わって当然なんです。だから、ジョインするかお別れするかの2択じゃなくて、それぞれの生き方や価値観を大切にしながらも、同じミッションに向かえるようなしなやかな強さを持つ組織にしたいです。

狩野:まさに、多様性を実現する組織ですね。

水田:ただ、待遇だけで来てもらうのは難しいので、「自分の時間を投下するに値することをやっているんだ」と思ってもらえるようにするのが大事だと考えています。

狩野:経済合理性だけではない、人生をかける価値に共感しないと、人はなかなか定着しませんよね。ミッションやパーパスへの共感もそうですし、組織をマネージする時に、一人ひとりが何を幸せだと感じるのか、上司が知っていることが大切だと思います。そのうえで尊重していかないと、多様性はなかなか活かせません。

水田:そうですね。「なんか好き」とか、「自分はこれがたまらなくグッとくる」とか、人によって全然違いますから。ポーラ・オルビスグループの社員のコンピテンシーに「美意識」という項目があります。これは「美学」だと私は捉えているのですが、自分にとって何が格好良くて、何が格好悪いのか、それを隠さず振舞うということだと思っています。そういう、一人ひとりの美意識を発揮できるような組織にしたいですね。

狩野:そもそも多様性とは何かを語っている時って結局人を区分けしているんですよね。本来はシームレスで、誰もが同じフィールドでそれぞれの持っている個性を自然と発揮できるような世界でないといけないんです。それが、水田さんが描く世界観であるし、ポーラ・オルビスグループに共通する在りたい姿だと思います。

多様性を実現する組織づくりのため、経営に必要なことは?

水田:一方で、多様性のマネジメントは難しいなと思うこともあります。狩野さんから、何かアドバイスをいただけませんか?

狩野:まずは「知る」「知ろうとする」ことがすごく重要だと思います。人って知らないと、自分の世界に閉じこもってしまうじゃないですか。「環世界」という、生物学の概念があります。生物はそれぞれ、自分が持つ知覚によって主体的に独自の世界を構築しているということです。たとえば蜂は紫外線が見えるけれど、人間には見えません。そうなると、同じ空間にいたとしても見えている世界は違いますよね。

これは、同じ人間同士にも言えると思います。私にも、水田さんにも、それぞれに環世界があるんです。まさに先ほどお話ししていたような、「何に幸せを感じるのか」というようなところですよね。多様性をマネジメントする上では、まず一人ひとりの環世界を知ることが大切だと思います。

水田:確かに、偏差値とかの客観的な数字での評価よりも、志向性とか価値観とか、主観を軸に見ていくのは大事だと常々思っています。

狩野:ただ、知るのはあくまで第一歩であって、それを受け入れないといけないですよね。寛容性が大切です。寛容性がなければ、せっかく多様性がある組織なのに、足元の目標に執着してしまい、多様性を活かしきれない。言わずもがなですが、短期的な成果を追うのは経営としては当然の事です。しかし、それだけでは多様性受容から生まれるいわゆる「遊び」が無くなってしまい画一化してしまう。多様性から生まれる創造性やゆとりを生み出す長期的視点からの寛容性を持つことも大切ですよね。

これはポーラ・オルビスホールディングスの考え方として、「無目的」を許容するということ。そうしないと、すべてが目的と手段に置き換えられてしまうし、効率化を追求して手段が画一化されてしまいます。そんな中で、イノベーションは起こりません。すぐに目的を求める思考から脱して、違いを認め合って、無目的を許容し、余白から生まれる面白さを楽しまないと、人間は進化できないんです。

水田:「コスパ」「タイパ」が行き過ぎて、そこからはみ出すことを認めないと、結局画一化していってしまいますよね。

狩野:利便性は高まるけれど、感受性は高まっていきませんよね。ビジネスとして生産性向上や利益追求することはもちろん大切なことですが、手段が画一的になるのは危険です。中長期的な継続性を考えると、色んな価値観とかモノの見方とか、多様性に対する寛容性を持たないと、新しいものは生まれないと思います。ポーラ・オルビスグループの皆さんは、感受性のスイッチを全開にして自己を解放することが前提となっているから、すごいなと思います。

水田:ポーラ・オルビスグループは、価格帯的にも単なる”モノ“というより”意味“を売っています。洗顔料ひとつとっても、ただ汚れを落とす機能だけではなく、そこに”意味“を付加して提供します。ですから、効率だけを追求していては、ビジネスそのものが成り立たないんですよね。世の中の色々なことにアンテナを張って、そこから何かを感じて読み解いて、自分を投影していく生き方をしないと、サステナブルなビジネスはなかなか生まれないと思います。

リベラルアーツは、現代企業になぜ必要なのか

狩野:リベラルアーツの観点も大事ですよね。ポーラ・オルビスグループの皆さんは、リベラルアーツを人材育成に取り入れています。「未来研究会」では読書会も実施していますが、ビジネス書はほとんどなくて、哲学書や美術書や神学書や建築美に関するものが多いです。もちろん、ビジネスで用いられているフレームワークはツールだから使ってもいいけれど、そればかりに頼ってしまうと、自分の発想がなくなってしまいます。すぐに役立つものは、すぐに役立たなくなりますからね。

水田:頭を使えということですよね。正解ありきの一問一答ではなくて、正解のない中で自分は何を感じて、どういうオピニオンを持つのか。その思考をするためのリベラルアーツなのだと思います。

狩野:そうですね。答えのない世界だからこそ、多角的に物事を捉えて、自ら問いを立てる側になることが、リベラルアーツの本質なのかもしれません。時間はかかるし目に見える成果が短期的に出るものではないから、「これって何の役に立つんですか?」と言われがちですけどね。

水田:時間がかかることって、すごく贅沢なことだと思いませんか?クイックな手段だと、それこそ画一的になってしまうけれど、時間をかけてリベラルアーツを学ぶことで、自分だけの思考とか考えを表現することにつながっていくような気がします。

今後の事業展開の先に見据える野望~マイナスな経験を価値に変えられる世界へ

狩野:encycloが掲げる「すべての人の、美しくありたい想いを解放する」というミッションからは、大きな可能性を感じます。今後は、どのような事業展開を考えていますか?

水田:第1弾の商品として発売した医療用弾性ストッキングは、まさに私自身も経験したような、ビューティーの世界から突然置き去りにされた方に向けたプロダクトでした。そして今は、もっと大きな野望を抱いています。おしゃれとは対極にある弾性ストッキングを履くのは嫌だなと思っていたのですが、実際に履いていると体調はいいんですよ。やはり、むくみを抑えるという医学的根拠があるものだからこそ、使い続けていると疲れにくくなったり、冷えにくくなっていきました。これは、私が病気をしたからこそ知ったことです。

ただ、むくみに悩まされているのは、がんサバイバーの方々だけではないですよね。一般の生活者の方も、冷え性とか腰が痛いとか、疲れやすいとか足がむくむとか、不調はあります。でも、「忙しいからね」「歳だからね」って、結構あきらめていると思うんです。その不調は、私が病気をしたことで知った弾性ストッキングの機能によって、解決できるはず。医療的なバックボーンがある良いプロダクトを、一般の人が生活の中で使えるように翻訳をして、さらにはおしゃれなデザインで提供していくことが、今の目標です。

狩野:それが、オンラインショップでも販売されているコンプレッションソックスですね。

水田:そうです。一見普通のソックスですが、一般医療機器届出済の着圧ソックスで、これを履くことで血行やリンパのながれを促進し、足のむくみを予防・軽減することができます。とても評判がよく、有名セレクトショップでも取り扱っていただいています。これから販路を広げて、たくさんの人に使っていただきたいですね。

狩野:自分が病気をしたからこそ知った、医療用の確かな機能を、今度は世に広く伝えていくんですね。

水田:私は、病気をした人はヘルスケアのエキスパートだと思っているんです。一病息災という言葉がありますよね。ひとつ病気をしたら、その後は身体に気を付けるようになって、健康に生きていける、この一病息災という言葉が好きです。ここまで得た知を活かして、生活の中で美と健康を叶えるプロダクトを作り、世界に広げる。

そのヘルスケアのエキスパートとしての知見を活かしたプロダクトで、一見マイナスに思える経験も価値に変えていきたいという野望を持っています。

狩野:水田さんは「野望」とおっしゃいましたが、これはまさに世の中に求められているものだと思います。ヘルスケアのプロフェッショナルとして、医療業界では当たり前だけど、一般的な生活者の中では当たり前ではない、しかし役立つ機能や情報を、ニーズに合致した形で提供していく。まさに架け橋となってシームレスに両者の世界をつないでいくことが、水田さんのミッションだと思います。これからも応援しています。今回は、お話しできてよかったです。ありがとうございました!


・前編の内容はこちら
一人ひとりの個性や考え方を活かす――違いを受容し、多様性を尊重する組織づくりとは(前編)

対談者プロフィール

■水田 悠子氏/株式会社encyclo 代表取締役
2005年(株)ポーラに入社し、販売現場や、新商品の企画開発を経験。2012年29歳のときに、子宮頸がんを罹患。1年あまり休職して治療に専念した後、同職場に復帰。2018年よりオルビス(株)に異動後も商品開発に携わる。2020年5月、ポーラ・オルビスグループの新規事業として㈱encycloを創業。

■狩野尚史/株式会社 HR インスティテュート 取締役 プリンシパルコンサルタント
株式会社 HR インスティテュート 取締役 プリンシパルコンサルタント大手建材メーカーにて、商品研究&開発部門、BtoBセールス部門、販売チャネルのIT化推進リーダーを経てHRIに参画。ビジネス開発&人財開発に強いミッションを持つ。新規ビジネスプランニング支援、ビジネスモデル構築、戦略構築を中心にコンサルティングに従事。研修講

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