個と組織の「いまだない価値」と「主体性を挽き出す」ために~大企業とスタートアップ企業の視点から(後編)
企業と日本社会を変えていきたいと、自ら起業して顧客にターニングポイントを作り出している、エッグフォワード株式会社 代表取締役社長 徳谷智史氏と株式会社HRインスティテュート 代表取締役社長 三坂健との対談。後編では、互いのWillについての体験談や、副業が主体性をひき出すことになり得るかについても考察した。主体的に行動する社員を増やしたい経営者、人事担当者の皆様に、ぜひヒントにしていただきたい。
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個と組織の「いまだない価値」と「主体性を挽き出す」ために~大企業とスタートアップ企業の視点から(前編)
Willのある場所で経験して主体性をひき出す
三坂:徳谷さんは、自分自身の主体性をどのようにひき出していらっしゃいますか。
徳谷氏:「徳谷さんはWillがあっていいですね」とよく言われますが、Willが一貫して確立していたわけでもありません。幼少期から崇高な理念があったわけではなく、「いろいろな人の可能性が損なわれるのはもったいないな」「自分達が新しい価値を創るのが好き」と思っていた程度です。戦略コンサルをやって本当の意味で人や組織が変わることへ繋がっていないと感じ、「こんな社会のままではいけない」と思いエッグフォワードを立ち上げました。弊社で組織変革コンサルをやっていく中で、「Willのある人がつぶされる構造にも踏み込まないと片手落ちでないか?」と思うようになり、徐々にサービスを広げて進化させてきました。常に「ここかな」と興味と意義があることをやっているわけで、主体性を持てることにだけ向いているのが私です。「すべてのことに主体性を持ちましょう」と全員に言うのは難しい。Willや強みがあることに主体性を持つことが大事だと思います。
何より主体性は経験しないとひき出せない、自分でやってみることです。どれだけ本を読んで、ネットで見ても、自分がやりたいと思えるかはわかりません。経験して何かを感じて、違うと思ったら、変えたっていいです。
三坂:主体性はすべてのものに対して発揮しなくてもいい、主体性を持てるところに自分を寄せていくことですね。やってみることの手段の一つとして、研修も位置付けられると思いますか。
徳谷氏:もちろんそうです。研修終了後にもつながるようなマインドセットや体験をインストールできると非常に有効だと思います。教科書を読んで知識を覚えるだけであれば、研修でなくて他でいいですよね。研修の中で考えたり、アウトプットしたり、フィードバックをもらったり、そういうサイクルを回すのは非常に大事です。
三坂:主体性に関して、2つの課題があると考えています。1つ目は、自分の主体性を言語化できる人と、そうではない人がいることです。2つ目は、主体性を言語化して組織の方向性と一致していればいいのですが、一致せずにずれている場合があります。そのずれを露見させたくないために、上司が部下の主体性の言語化をあえて避けることが、大企業では多くみられます。本来はそこを言語化して、「ずれているよね」と認識した後にどうするかです。我々としてもそこをサポートしていかないといけないのですが、徳谷さんはこのようなケースでのご経験はありますか。
徳谷氏:組織のWillと社員全員のWillが100%一致することは構造的に難しいですが、上位概念のビジョンやミッションに社員が共感することは、もちろんできます。ミッションやビジョンを細分化したときに、個人のWillとどこが重なって、どこが重ならないのかを明らかにします。また、異動や研修など会社が社員に提供できる機会も細分化し、個人のWillとどこをどのように繋ぐかです。会社が提供できる機会の数はスタートアップ企業の方が少なくて、むしろ大企業の方がいろいろな機会を用意できると思います。ただ、人によって重なりやつながり方に差がでてしまうため、人数が多くなるほど難易度が高まります。いろいろ組み合わせていくしかないですね。
三坂:組織の期待と個人のWillが重なっているが、その人の能力が期待値に届かないこともあります。そこは鍛えなければいけないポイントです。
徳谷氏: Willを実現したくても力がなければきれいごとで、いつになっても「こんな風になれたらいいな」と考えるだけになってしまいます。Willの重なりとCanの両方を強化できるといいと思います。
副業はWillと主体性をひき出すことになり得るか
三坂:最近、副業を取り入れる大企業が増えています。私は、自分のWillと会社の本業がどうしても重ならない部分は副業をしていくことを歓迎するスタンスですが、人、組織にとって中長期的に見たときにプラスなのかどうか、まだ解が見えない状態です。副業は推し進めていくべきだと思いますし、弊社も副業をOKにしています。副業で取り組んでいることが本当にやりたいことなら、どこかのタイミングで時間やリソースをそちらにシフトした方がいいですし、反対に趣味程度でやるのであれば、そもそも副業と呼べるのかとも思います。徳谷さんはどのようにお考えですか。
徳谷氏:個人にとって、副業は本業ではできないような経験をして、知見や視座を身に付ける、視野を広げるのであれば一定の意味があります。しかし、本業でやれることをわざわざ他社で少しだけやるといった時間の切り売りの副業では意味がありません。
会社の視点からでは、本音と建前があると思います。体よく人件費カットの手段にしていたり、副業NGだと人材を確保できないから形式上OKとしている会社もあるのが実態です。経営者としては本業にフルコミットしてもらうほうが成果は出ますし、一方で外の世界を見て成長してもらって本業に還元できるような副業であればウェルカムだと思います。
三坂:会社としてのパーパスがある前提で、副業が手段として効果的であればOKということですね。
徳谷氏:副業する人を受け入れる会社は、開かれた組織になります。外部環境としては人手不足であるため、よほど競争力のある会社でなければ、閉じている状態だと徐々に人を集めにくくなると思います。
三坂:御社では、副業は可能ですか。
徳谷氏:我々の仕事の中でもコンサルやコーチングなどは、副業はしやすいです。しかし、エッグフォワードでできることだけを、副業でやるのはNGです。副業でやることが本人とエッグフォワードの未来に資することなら、個別に検討するスタンスです。
三坂:副業される方を受け入れるのはいかがですか。
徳谷氏:正社員をベースとしていますが、業務委託の方も正社員と同じぐらいの人数います。副業よりは個人事業主の方が多いです。
三坂:そこでは御社のビジョン、ミッションをどの程度分かち合うスタンスで向き合っていますか。
徳谷氏:ビジョン、ミッションを理解しないと共感してもらえないので、エッグフォワードでは毎月の全社ミーティングに業務委託の方も全員お呼びしています。何か月かに1回は対面で集まって対話や食事の機会も設け、お互いわかりあう機会を作っています。
大企業とスタートアップ企業のマッチングの実態
三坂:大企業の社員とスタートアップ企業を副業でマッチングすることはありますか。
徳谷氏:ニーズは非常にありますが、繋ぐだけだと機能しづらいです。
三坂: 何がハードルになりますか。
徳谷氏:ニーズと目的が合わないケースが多いです。大企業の社員の方は「スタートアップ企業で経験したい。そういう環境を知りたい」と考えています。
三坂:留学のような感覚ですね。
徳谷氏:そうです。一方、スタートアップ企業は切羽詰まっています。週1日の頻度で来られても、翌週になったらさらに状況は変化していて、キャッチアップのための説明だけで終わってしまいます。スタートアップ企業は実務的な価値を求めていて、「ふわっと留学」は受け入れられません。求められるスキルも変わっていきます。たとえば、「経理財務全般ある程度分かる」ではなく、「ファイナンスに強い方が調達の細分化したところを支援してほしい」となります。また、スタートアップ企業は変化が速いため、半年後は別のスキルセットが必要になります。
三坂:逆に、スタートアップ企業が大企業の社員に副業でもいいから来てほしいシチュエーションは、どういうものがありますか。
徳谷氏:ニーズとしてあるのは、大企業との営業接点です。「大企業とのネットワークを作りたい、拡販したい、実績を作りたい」といったところにあります。ただ、それはその人を求めているのではなく、看板と入口を求めている本音もあります。
三坂:副業とは意味合いが違いますね。
徳谷氏:スタートアップでの副業の場合、大企業出身者の中でも自社の事業や組織の状況に即した人であればアドバイザーになってもらいたいという声はあります。特に、「営業の戦略・戦術を指導してもらいたい」ニーズはあります。個別にバラバラで営業しているところを、エンタープライズ向けのシステマチックな営業に底上げするといったケースです。要は「成果がわかりやすいところに関与してほしい」思いが強いです。
三坂:弊社も業務委託のコンサルタントがいますが、基本はプロの個人事業主の方です。以前、大企業の社員と業務委託契約を結んで、講師をやってもらう試みを行いましたが、全然上手くいきませんでした。
徳谷氏:何が上手くいきませんでしたか。
三坂:実際に講師として登壇した際に、いかにも大企業の社員という雰囲気が受講生に伝わってしまったり、ご本人が自分の会社での経験で語り過ぎてしまうことがありました。こうなると受講生が次第にそっぽを向いてしまうのです。
徳谷氏:なるほど、難しいですね。
三坂:ただ、私の将来的なビジョンとしては、大企業の社員の方の経験を活かした研修をやってもらうことが、可能性としてあると思います。その方の潜在的な力をもっとひき出せたらと思います。
ターニングポイントをつくる起業家の素養とは
三坂:最近、印象的な言葉がありました。野球のWBCの決勝戦で大谷選手が円陣を組んで言った「憧れるのをやめましょう。」「憧れてしまっては超えられない」という言葉です。まさにその通りだと感じ、振り返ると私も長い間そのように思ってきました。たとえば本を読む際に「単に読む人ではなくて、いつか書く側になりたい。読むときは、書く側に立って読んでやろう」と思いながら仕事をしてきました。それもあって今の仕事を選択することにつながっています。憧れること、それ自体は悪いことではありません。しかし憧れるだけで終わらずに、その人にもそこに行ってほしいと思います。
それは個人だけではなく、日本企業にも同じようなことが言えるのではないでしょうか。たとえば「Googleはすごいな」と憧れているだけではターニングポイントを作れません。WBCの決勝戦で日本がアメリカに勝つことができたのは、そういう気概を日本の選手たちが持つことができたからだとすると、気概を持つ会社、人を生み出すためにはどのようにしたらいいでしょうか。
徳谷氏:今の社会では答えを与えられすぎているために、すぐに答えを求める姿勢が強すぎるのかもしれません。危機感や飢餓感のような、ある意味で、お尻に火が付くことがあると、自らそこを目指そうとする人が出てくると思います。プロスポーツは成果が出なければ翌年はクビになることが明確で、時間軸も短いです。「流しておけばいいや」と思う選手は1軍に上がれませんし、日本代表にもなれません。一方で、日本は労働政策によって雇用が守られているため、構造的に危機感が出にくいのが現状です。
三坂:日本企業の伝説的な創業者を例に挙げると、ソニーの盛田さんがトランジスタ・ラジオの販売契約で、アメリカのブローバ社から10万個の注文の条件としてソニーではなく自社の商標で出すことを提案されましたが、自社のSONYブランドを貴方の会社くらい有名にしますと跳ね返しました。あの時代の人はそういう気概があったため、世界で肩を並べる存在になれたと思います。時代は違いますが、今だからこそ、どういう問いを立てたら気概を持てるようになれますか。
徳谷氏:まず、日本国民全員にそれを求めるかというと、私はそう思っているわけではありません。小さくても良いのでWillや社会貢献意欲がある人、素養のある人が実現できる環境ができた方がいいです。それらの人にフォーカスして、成功例を増やして、令和の盛田さん、松下幸之助さんを出していく。先ほどの大谷選手も前例なく二刀流をやっていて、その影響を受けた選手たちがかなりのボリュームになると次のレイヤーが追い付いてくるでしょう。
三坂:徳谷さんは多くの起業家にお会いになっていると思いますが、徳谷さん流の素養の見極め方というのはありますか。
徳谷氏:3つあります。1つ目はWillや原体験、実現したい想いの強さ、そして経営者としての本気度です。2つ目は諦めない、粘り強さです。どんな会社でも成長すると課題がでてきます。そこで「しんどいな」となると続きません。スキルセットは後から付いてくるものです。そこに諦めない、やり続けられるマインドがあると、中長期的に強いと思います。3つ目は、仲間を集める力です。起業家はある部分が尖っている分、他のことが全然ダメだったりします。私もそうです(笑)いろいろな強みのある人を集めて経営チームを作って、社員を巻き込めることです。三坂さんはどのようにお考えですか。
三坂:まったくその通りだと思います。私の好きな言葉に、弊社の創業者である野口が口にしていた言葉に「大胆と緻密さを併せ持つ」「自信と謙虚さを併せ持つ」があります。経営者にとって、この「併せ持つ」がとても大事だと思います。周囲に人が集まる経営者は、大胆なことを言う一方で綿密にフォローしたり、自信満々に見えて実はものすごく腰が低くて謙虚だったりします。意外性が人を惹きつけます。
「いまだない価値」と「主体性を挽き出す」ために人事はどうあるべきか
三坂:「いまだない価値」を作り、「主体性を挽き出して」いくためにどのようにしたらいいか、人事担当者の方に向けてメッセージをいただけますか。
徳谷氏:メッセージは3つあります。1つ目は人的資本経営と言われているように、人事が経営と事業全体を見据えた視点を持って、経営の右腕になってほしいです。2つ目は、個人のWillやありたい姿をひき出すような機会提供をできる会社として強くなることです。前例にとらわれたり、杓子定規になったりせずに、研修や組織的な仕組みに織り込むなどして、社員が主体性を発揮できる機会を提供してもらいたいと思います。3つ目は、人事担当者であるご自身が活き活きとしていることです。ご自身の想いを発信できるような人事担当者の方が増えるといいと思います。
三坂:人事担当者は、会社の中で優秀な方が多いです。ただ、バランス感覚が高いゆえに突破力が欠ける印象はあります。今の時代、人事が突破しないと解決できない問題が多いため、経営者の右腕になるぐらいの突破力を備えてほしいと思います。
徳谷さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。
対談者プロフィール
■徳谷 智史氏/エッグフォワード株式会社 代表取締役社長
京都大学卒業後、大手戦略コンサルティング会社入社。
国内PJリーダーを経験後、アジアオフィスを立ち上げ代表に就任。その後、「いまだない価値を創り出し、人が本来持つ可能性を実現し合う世界を創る」べく、エッグフォワードを設立。総合商社、メガバンク、戦略コンサルなど、業界トップ企業から、先進スタートアップまで数百社の企業変革を手がける。近年は、AI等を活用したHR Tech分野の取り組み、事業開発や、スタートアップへの出資支援、個の価値を最大化する意志決定・キャリア支援サービスを運営。高校・大学などの教育機関支援にも携わる。
NewsPicksキャリア分野プロフェッサー。東洋経済Online連載、著書「いま、決める力」、Podcast「経営中毒~誰にも言えない社長の孤独」メインMC等
■三坂 健/株式会社HRインスティテュート 代表取締役社長 シニアコンサルタント
慶應義塾大学経済学部卒業。安田火災海上保険株式会社(現・損害保険ジャパン株式会社)にて法人営業等に携わる。退社後、HRインスティテュートに参画。経営コンサルティングを中心に、教育コンテンツ開発、人事制度設計、新規事業開発、人材育成トレーニングを中心に活動。また、海外進出を担いベトナム(ダナン、ホーチミン)、韓国(ソウル)、中国(上海)の拠点設立に携わる。 国立学校法人沼津工業高等専門学校で毎年マーケティングの授業を実施する他、各県の教育委員会向けに年数回の講義を実施するなど学校教育への支援も行っている。近著に「この1冊ですべてわかる~人材マネジメントの基本(日本実業出版社)」「全員転職時代のポータブルスキル大全(KADOKAWA)」「戦略的思考トレーニング(PHP研究所)」など。2020年1月より現職。
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