人的資本経営とは?意味と注目されている背景を分かりやすく解説
近年、企業の持続的な発展に欠かせない経営手法として、世界中で重要視されている「人的資本経営」。大企業から中小企業までさまざまな取り組みを進めているものの「人的資本経営をどのように実践していけばよいのか」と、その実現に向けて根源的な課題を抱える担当者も多いようです。
この記事では、人的資本経営の意味を紹介し、注目される背景と課題、企業が推進するポイントについても詳しく解説します。
人的資本経営とは?
人的資本経営とは、ヒトを企業経営の「人的資本(Human Capital)」と捉え、投資の対象としてその価値を最大限に引き出し、中長期的な企業価値の向上につなげることです。2022年には経済産業省が「人材版伊藤レポート2.0」を発表したことをきっかけに注目を集めました。
従来は企業経営に欠かせない「ヒト・モノ・カネ・情報」を資源とみなす経営手法が主流であり、ヒトは「人的資源(Human Resource)」と捉えられていました。いわば「消費する対象」や「支出をいかに抑えるか防ぐ対象」といった観点でみていましたが、近年はヒトを「人的資本」として投資の対象としていくこと、また「企業価値を生み出す力」として人材開発をおこない、社員の能力を十分に引き出すことが人材マネジメントにおける重要なポイントとなっています。
わかりやすくいえば人的資本経営とは「企業が目指すべきビジョンを実現させるための手法」であり、人材を自社の資本と位置づけてその価値を最大化させ、可視化し、投資家を含めた社会全体にアピールする取り組みをいいます。多様な人材がより活躍できる制度や仕組みを組織内に構築し、社員の知識・スキル開発を企業が積極的に進めて人的資本を最大限に活用すること。そして、その取り組みを戦略的にステークホルダーへ開示していくことの重要性が高まっているのです。
関連記事:ISO30414とは?人的資本に関する開示項目と企業の取り組みを解説
人的資本経営が注目される背景
人的資本経営とは人材を「資本」と捉える経営手法であり、近年注目され始めた背景には「市場競争の激化」「ESG投資の影響」「働き方の多様化」「サステナビリティ・SDGsの浸透」などが存在するといわれています。
●市場競争の激化
グローバル競争の激化、そして、あらゆる産業でIT化・DX化が進む現在において、自社製品やサービスにテクノロジーなどの技術を駆使するだけでは他社との差別化が難しくなってきています。企業が市場における競争優位性を高めるためには、新たな価値を創造することが不可欠です。つまり、人材に投資しアイデアやイノベーションを生み出すこと、さらにその環境を構築・整備する必要があります。より一層独創的な価値を創造するビジネスモデルの構築に、イノベーションの源泉である人材を資本と捉え投資していく人的資本経営が重視されています。
●ESG投資の影響
米国では1990年代後半に無形資産に対する投資が有形資産を上回り、その差は広がっています。また、近年は「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の頭文字をとったESG投資の概念が海外の機関投資家を中心に広く普及し、無形資産で企業価値を測るようになりました。ESGのなかでも「S(社会)」を重視する傾向が強まっており、人的資本はこれに該当します。こうした潮流の中、2018年のISO30414の発表を起点に、2020年8月には米国で、2021年6月には日本で人的資本の情報開示が義務化され、企業が人的資本経営に対応する必要性はますます高まったといえるでしょう。
●働き方の多様化
少子高齢化が進む日本では新たな人材の採用・確保がこれまで以上に難しくなっており、人的資本経営の推進に大きな影響を与えています。働く人・働き方の多様化により人的リソースは限られるため、社員一人ひとりの職業能力を最大限に活用し、企業価値を高めていく必要性が増しているのです。画一的な従来の人材マネジメント・経営のスタイルから、価値創造の力となる「個」を意識した人的資本経営への転換が求められています。
●サステナビリティ・SDGsの浸透
サステナビリティやSDGsへの意識がさまざまなステークホルダーに浸透しています。特にミレニアル世代やZ世代は、社会環境の問題やSDGsなどへの関心が高く、環境や人材を大切にする経営・人材育成に力を入れている企業を重視する傾向にあります。そうした次世代の価値観にアプローチする企業活動は最適な人材の獲得につながっていくものであり、企業発展の鍵ともいえるでしょう。
関連記事:人的資本の情報開示はいつから?対象企業や開示項目をわかりやすく解説
人的資本経営の課題
人的資本経営とは人材を重視し、中長期的な価値向上や企業ビジョンを実現させるための経営手法です。人材戦略と経営戦略を連動させ、あらゆる人材の能力を引き出し、開発・活用することが企業の成長につながっていきます。
しかしながら、現状では社員情報の把握や管理、育成過程(投資後)の見える化やマネジメント方法などに課題を抱える企業が多いようです。人材に投資しても回収できない場合を想定したり、投資の効果が見えにくいと判断したりすることで、人的資本経営の推進を躊躇(ちゅうちょ)しているという企業担当者の声も少なくありません。
人的資本経営に取り組む上では、自社に必要な知識や技術は何か、スキルのある社員が何人いて今後は何人必要なのか、どの分野・業務の育成が急務なのかなどについて正確に把握することが必要不可欠となります。現状の社員情報を細かく分析しなければ、戦略を実行するための投資で得られる効果や自社に有効な投資方法が明確にならないためです。
育成過程の見える化やマネジメント方法、投資効果の測定についても同様であり、まずは現状を把握するために最適な人材管理システムを導入し、自社の「人事データ」を正確に知る必要があります。そのうえで、現状の姿(As is)と企業が目指す将来の姿・ビジョン(To be)とのギャップを定量的な数値で把握すること、また社員が持つ知識やスキルを明確にし、集約した情報を人材開発・スキル開発として強化すべき分野に活用することが重要です。
関連記事:ジョブ型雇用とは?意味やメンバーシップ型の違い、企業事例を紹介
人的資本経営のポイント
これからの企業活動においては、経営側が人的資本経営とは何かを深く理解することが大切です。中長期的な視点を持って人的資本経営の推進に全社で取り組むこと、またその体制を社内に構築することが急務となります。
企業がまずやるべきことは、このような組織を目指しているという将来に向けたビジョンを明確にし、全社員に公開することです。あわせて、経営層と人事部門が連動できるように、自社の取り組みをデータ化・見える化しておくことも欠かせません。
ビジョンを明確にした上で、事業の推進に必要な投資は何か、その投資がどのような成果をもたらすかなどに着目し、ビジョン達成に必要なスキル保有率や保有者数、費用対効果などの動的な「KPI(重要業績評価指標)」を設定します。その実効性はデータを用いて検証することが不可欠のため、データは常に見える化し、客観的に効果を測定できる状態を保っておく必要があります。人材のKPIについては見直しを繰り返し、必要に応じて修正していくこともポイントとなるでしょう。
また、企業活動で成果を上げるために必要な人材を組織内でどのように構成するかを設計・分析する、動的な「人材ポートフォリオ(人材戦略ポートフォリオ)」の活用も有効です。人材ポートフォリオを作成し、社員一人ひとりのスキルや経験、強みや弱みなどを一覧化すれば、個々の能力を活かせる適材適所の配置を目指すことができます。人材データの可視化・分析により、個人に合わせたキャリア開発も促進でき、世界的な流れである人的資本情報開示への対応もスムーズにおこなえるでしょう。
人的資本投資を増やし組織文化として定着させ、社員のマインドセットに変化をもたらすことで、自律性とスキルを備えた社員が育成されます。持続的に社員の育成を支援すれば、投資の対象としてその価値を最大限に引き出せ、おのずと企業価値を高めることができるでしょう。
関連記事:未来人材ビジョンとは?日本型雇用システムからの転換と具体策を解説
まとめ
人的資本経営とは、人材を企業経営の「人的資本」と捉え、その価値を最大限に引き出し、中長期的な企業価値の向上につなげることです。人材に投じるお金を「コスト」とみなすのではなく、自社で活躍してもらうための「投資」と捉えていることがポイントです。
人的資本経営が注目され始めた背景には「働き方の多様化」「サステナビリティ・SDGsの浸透」「市場競争の激化」「ESG投資の影響」などがあります。これからの企業活動は、経営側が人的資本経営とは何かを深く理解し、中長期的な視点を持って推進に取り組むことが欠かせません。
まずは人材管理システムの導入で自社の人事データを正確に収集・分析することが必要です。そのうえで、自社に必要な人的資本投資を増やし、持続的に企業価値を高めていくことがポイントとなるでしょう。
関連記事
無料/有料セミナーはこちらから
株式会社HRインスティテュートが “未来×いいこと×人”をテーマに、未来をよくするために、行動する人、考える人、応援する人に焦点をあて、皆さまに新しい気づきや行動へのヒントになる情報を発信しています。