【ウェビナーレポート】DX、組織変革を加速させる「リスキリング」とは何か。その定義や実践方法をリスキリングの仕掛け人が解説(前編)

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リスキリングや学び直しという言葉がメディアで飛び交っている。組織のDXや変革を実現に導くキーワードとして取り上げられることが増えてきたなか、岸田文雄首相の所信表明では「リスキリングを国策で行う」と言及したこともあり、注目度は高まる一方となっている。

しかし、そもそもリスキリングとは何か、また、どのように実践すれば良いのか、明確にはわからないことが多いのではないだろうか。

今回、最先端で行われている海外のリスキリング事情に精通し、日本にリスキリングを広めている一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事の後藤 宗明 氏をゲストに招きセミナーを開催。後藤氏は「いまからはじめるリスキリング実践~DXを加速させる人材育成のノウハウ」と題して講演し、リスキリングの概念や組織が適切に進めるノウハウ、事例などを紹介した。あわせて、当社代表・三坂 健とのディスカッションも実施した。

以下にセミナーの内容を前編・後編に分けてお伝えする。前編では後藤氏の講演をレポートする。

・後編の内容はこちら
【ウェビナーレポート】DX、組織変革を加速させる「リスキリング」とは何か。その定義や実践方法をリスキリングの仕掛け人が解説(後編)

目次

基調講演

「いまからはじめるリスキリング実践~DXを加速させる人材育成のノウハウ」
後藤 宗明 氏

今後起こる「技術的失業」の解決策が「リスキリング」

リスキリングの話に入る前に「技術的失業」について話をさせていただきます。技術的失業とは、テクノロジーの導入によって自動化が加速することで人間の雇用が失われることを意味し、社会的課題として捉えられています。アメリカでは2013年に「The future of employment」と題する論文が発表されました。論文では、今後10~20年の間に米国の総雇用者の47%の仕事が自動化されるリスクが高いと説いています。

その予測を反映するかのように、米国の金融大手ゴールドマン・サックスで、かつて約600人いた株式トレーダーが2017年にはわずか2人となりました。空いた席を埋めているのが、200人のエンジニアと自動株取引プログラムのアルゴリズムです。

日本でも2015年に今後10~20年で総雇用者の約49%の仕事が、人工知能、ロボットで代替、消失する可能性が高いという発表がありました。ところが、日本はデジタル化に出遅れているため、テクノロジーに仕事を奪われるという危機感は希薄です。自分たちは大丈夫という雰囲気もあるようですが、コンビニエンスストアに飲料補充のAIロボットが導入されたり、ネット契約が進んだことからケータイショップが閉鎖されるという報道がありました。そうした事実が既に起こっていることも、覚えておかねばならないでしょう。

また、デジタル分野でたくさんの仕事が生まれているため、技術的失業は起きないという意見もあります。確かに新たな仕事が生まれているのは間違いないことです。しかし、その分野に就けるだけのスキルがない、すなわちスキルギャップが生まれ、新しい仕事が増えても結局、技術的失業は起こるとする見方が有力です。この技術的失業に対する最大の解決策はリスキリングだと言われています。岸田首相は所信表明で「リスキリングを国策として行い、成長分野への『労働移動』を実現させる」と説きました。次に、リスキリング、あわせて労働移動について解説します。

リスキリングは組織の変革ニーズに基づいて従業員の職業能力を再開発すること

リスキリングとは「新しいスキルを再取得させる」という意味を持ちます。この場合、主語が組織で目的語が従業員、すなわち組織が従業員をリスキリングすると解釈するのが一般的です。メディアは「リスキリング(学び直し)」と表現することが多いですが、リスキリングと学び直しは異なります。

リスキリングはDXなど組織の変革ニーズに基づいて従業員の職業能力を再開発します。実施責任を組織や企業が持つ業務と言うこともできるでしょう。従業員の視点では、新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践すること。その上で、社内の配置転換や転職などで新しい職業に就くこと、すなわち労働移動することと捉えられます。対して、学び直しにはこうした意味は含まれていません。

リカレント教育とリスキリングの違いを尋ねられることもよくあります。リカレントは英語で「反復」を意味し、例えば、「大学で学び、就職し、仕事を辞めて改めて大学に入り直し、また就職する」というように、職を離れることが前提です。生涯学習の観点で広まった経緯もあり、リカレント教育は個人の関心が原点で、必ずしも職業につながることを重視していません。

リスキリングはなくなってしまう仕事から成長産業に労働移動させることを目的としており、自動化がもたらした雇用喪失が背景にあります。リカレント教育とリスキリングは背景や目的が大きく異なるのです。加えて、スキルアップとリスキリングも別物で、スキルアップは現状の業務についてより高度なスキルを身につけることを意味します。リスキリングは新しいことを学んで、新しい業務、新しい職業に就くことが大きなポイントです。

今こそ、政府、企業、個人が一体になって取り組むべき

世界経済フォーラムはリスキリングを全世界に広める音頭を取り、2030年までに10億人をリスキリングすると宣言しています。同フォーラムは、2025年までに8500万件の雇用が喪失する一方で、9700万件の雇用が創出されると試算しています。2025年までに企業の70%以上の従業員をリスキリングできれば、デジタル関連など未来の職業に移行できると強調しました。リスキリングは、財務体力があるうちに進めることが重要です。だからまだ財務体力があるこのタイミングで、政府、企業、個人が一体になってリスキリングを開始することが求められるのです。なお、世界経済フォーラムは2022年1月に約1億人のリスキリングが完了したと発表しました。

現在、海外の企業でリスキリングが進んでいますが、その背景にはコストの問題もあります。採用と比較すると、リスキリングを行ったほうがコストを6分の1に抑えられるというデータもあるほどです。また、リスキリングで新たな職に就くことで給与が上がり、結果として所得格差が縮小するというデータもあります。さらに、海外では社内の配置転換がトレンドになっています。現在、世界的に人手不足となっています。特にデジタル人材がいないのが大きな課題です。外部に求めるのは困難なため、社内にいる従業員をリスキリングしてデジタル人材に生まれ変わってもらう。そうした意味でもリスキリングが注目されています。

海外の先進事例を紹介

海外のリスキリング先進事例を調査したところ、大きく2つのパターンがあることがわかりました。1つは自社のDXを進める攻めのリスキリング。もう1つはミドル・シニア世代の雇用を維持する守りのリスキリングです。企業主導と国家主導で行っているケースがありますが、ここでは企業主体の具体的な事例を紹介します。

アメリカの通信会社AT&Tは、従業員をリスキリングしながら、ハードウェア事業からソフトウェア事業に大きく転換しました。背景には2007年にiPhoneが登場して通信業界の主役が交代すること、つまり、ディストラクションの危機に見舞われたことがあります。2008年の調査で従業員25万人のうち、10年以内に10万人の仕事がなくなることも判明しました。こうした事態に対し、2013年からリスキリングを実施し、2020年の従業員は23万人と雇用は守られています。事業も成長し、これまで業界2位の立ち位置でしたが、2020年には1位に躍り出ています。

また、サウジアラビアの製造企業OIGは、ペットボトルなどプラスチックの包装と印刷が主力事業でした。同社では将来を見越してSDGsに対応すべく、経営者がデジタルに移行すると宣言。社内にデジタル人材はいませんでしたが、企業内大学を立ち上げて、全従業員の60%にあたる約2000人をリスキリングしました。旧態依然としていた工場はスマートファクトリーに生まれ変わり、今では製造業向けのデジタル変革コンサルティングサービスを始め、売上の30%を占めるまでに成長させています。デジタル時代に対応し、事業をピボットさせた好例と言えるでしょう。

リスキリングは全社プロジェクトとして行わなくてはならない

リスキリングにおける経営と人事の役割を紹介します。まず、リスキリングは全社プロジェクトであり、経営直轄でやっていくものであることを強調します。社内にリスキリングの制度を作り、各事業部と人事部が綿密な連携を取りながらプロジェクトを進めることが求められます。各部署では、フューチャースキルと呼ばれる将来必要となるスキルを明らかにすると共に、現在の従業員の保有スキルを可視化、棚卸しをします。

リスキリングをした後は、従業員がどんなスキルを身につけたのか、マイクロクレデンシャルというスキルの証明を行います。さらに大きなポイントは、学んだことを活かせる体制を作ることです。仮にAIを学んでも、仕事で使えなければ忘れてしまいますし、学んだ意味がありません。ポストチャレンジの制度を整備することなどが重要でしょう。最後に、学んだら昇給・昇格で報いるようにします。リスキリングをした結果、市場価値が高まり転職するケースも起きています。職務給とスキルを結び付けるなどの対策は必要不可欠です。

スキルについての考え方をもう少し詳しく説明します。フューチャースキルから現在保有のスキルを差し引いた分がスキルギャップであり、スキルギャップの解消に取り組むのがリスキリングです。こうしたことを明らかにするためには、スキルの定量化が欠かせず、AIなどテクノロジー活用は必須と言えます。AIを用いることで、自分自身が自認しているスキルより多くのスキルが発見される傾向が見られるのも大きな特徴です。

リスキリングの機会を提供しないと、従業員の退職意向が高まる

キャリア自律とリスキリングの関係について言及します。アメリカでは大量退職時代が訪れており、マイクロソフト社の調査で、41%の従業員に退職意向があることが明らかになりました。2021年11月には過去最高の453万人が自主的に退社し、社会問題にもなりました。退職理由の第一位は企業が成長機会を与えていないことです。80%の従業員が現在の雇用先から成長機会を提供されていないと回答したという調査結果もあり、企業がリスキリングの機会を与えていないとも言い換えられるでしょう。

退職が顕著だったのがZ世代で、あるアンケートでは91%が辞める準備をしていると回答しました。1on1などを通じて従業員が望むキャリアパスと企業が望むリスキリングの方向性を一致させ、その上で、適切な成長機会を提供しないと従業員が退職することになる。そうしたことが調査から読み取れるでしょう。

日本でもビズリーチがアンケート調査を実施しました。その結果、「リスキリングに取り組んでいる」と54.8%が回答したのに対し、「勤め先を通じて取り組んでいる」がわずか9.4%にとどまりまました。企業がリスキリングに取り組んでいるかとの問いには、「現在取り組んでいる」が19.2%、「取り組む予定」が38%、「取り組む予定がない」が42%となりました。従業員と企業のリスキリングへの意欲に乖離があり、企業がリスキリングの機会を提供しないと意識の高い従業員から社外に成長機会を求めて転職する可能性が高いと捉えることができます。

組織はDXなどの変革ニーズに基づいて業務としてリスキリングを進める必要があります。同時に個人が描く将来のキャリアパスと企業の方向性を合致させ、両者にとって必要なスキルを身につけるべく最大限の支援を行うことが求められるのです。

グリーン人材の育成が急務

最先端のトレンドの「グリーンリスキリング」を紹介したいと思います。企業の変革ではデジタルのみならず、持続可能な地球、脱炭素社会に向けたグリーンの観点も非常に重要です。特に海外の機関投資家からはESG投資へのニーズが高まっており、今後グリーン人材の育成は急務になると考えられます。企業はグリーン分野の事業を創出するための攻めのリスキリングと、既存の事業をSDGsに対応させるための守りのリスキリングを行う。実際、欧米ではグリーンリスキリングが盛んになっています。

事例を紹介します。オーストラリアのバス会社はディーゼルエンジンのバス450台をすべてEVに変えることを決定しました。これに伴い、内燃機関の整備士をEVの整備士へとリスキリングしました。6カ月の間、仕事から離れて教育訓練を行っています。海外のリスキリングの成功モデルは行政、企業、労働組合の3者で契約をすることが典型です。3者で連携し、業務に支障をきたさないよう配慮しながらリスキリングを進めます。

人生100年時代に、50歳からの新たなスキル習得は決して遅くない

最後に、ミドル・シニアのリスキリングについて言及します。30後半から40代になると、自己評価と市場評価が釣り合わない現象が生じがちです。50歳にもなると、もうこれで十分という思いも出てくるでしょう。しかし、人生100年時代、80歳まで現役と考えると、50歳は折り返し地点。これからの30年に向けて、新入社員になったつもりで新しいスキルを習得する姿勢も大事になるのではないでしょうか。このことは、ビジネスパーソンとしての価値にもつながってきます。これからは外部環境の変化にあわせ、「自分自身をリスキリングするスキル」が極めて重要になると予想されます。

ミドル・シニア世代は今までの仕事のしかたを意識的に捨てるアンラーニングを実施し、外部環境に適応させます。将来、自分がどのようなキャリアを描くか、自らシナリオを作成して、そのシナリオに基づいてリスキリングします。デジタルが苦手という声もいただきますが、最近はスマートスピーカーやスマートウォッチ、AIやセンサーが搭載された家電などが多く出されています。まずは生活の中でデジタルを使ってはいかがでしょうか。知っているつもりから使ってみる、という意識改革を起こしてください。

リスキリングは人間とAI、ロボットが一緒に働く時代の解決策

最後にまとめます。リスキリングを行うには5つのポイントがありました。
1. 経営者および役員のコミットメント
2. DX推進等を担う部署と人事部の連携
3. 将来、自社が向かう事業の方向性の明示とフューチャースキルの策定
4. AIを活用しスキルの可視化、自社の保有スキルの棚卸し
5. 学習支援と1on1などにより従業員一人ひとりのキャリア自律とリスキリングの方向性を合意した形で進めていく

デジタル化で自動化が加速し、技術的失業が進む前に従業員をリスキリングしてDXを成功に導くことは、企業にとって差し迫った課題です。企業と従業員の共倒れを防ぐ「攻め」と「守り」のリスキリングをぜひ行っていただければと思います。

人間とAI、ロボットが一緒に働く時代の解決策。それがリスキリングです。

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