【対談】“百人百様”のキャリア自律をいかに推進するか その課題と改革について(後編)
横浜創英中学・高等学校校長の工藤勇一氏と、当社代表の三坂健による対談の後半をお届けする。後編では、工藤氏のキャリア自律に向けた教育改革の要点と企業における共通点を確認するとともに、具体策について話し合われた。
【対談】“百人百様”のキャリア自律をいかに推進するか その課題と改革について(前編)
大人は子どもの特性をちゃんと見てあげること
工藤氏:では、日本の教育がなぜ変わらないのか。子どもが学習内容を理解していようがいまいが、1年経てば進級できるわけです。これを「履修主義」と言いますが、欧米では飛び級も留年もできる「修得主義」を取っています。なぜなら、大切な子どもを主体に考え、その子どもがどのように学ぶかを重視しているためです。日本は望ましい姿を全員に一方的に教えるだけ。私は内閣府の規制改革推進会議のメンバーでもありますが、こうした制度を変えることを議論しています。しかし、反対する人が山のようにいるのが現実です。“飛び級”は私立学校にとっては損失ですから。
三坂:なるほど。
工藤氏:これは読み書き障害のある小学5年生の子の授業ノートです。当初は1時間かけてたった2行しか書くことができなかったのですが(左のノート)、タブレットを使ってノートを取らせてみると、半年後には2ページに渡ってカラフルなグラフ入りのノートを仕上げたのです。
日本ではノートに鉛筆を用いて板書するという方法をある意味全員に強制しているのに対し、欧米では子どもの特性にあった学び方を支援しています。学び方とは、すなわち将来の働くスタイルの選択と同じだからです。麹町中も横浜創英も、数学の学び方は本人の自由。どんどん進む子は1学年も2学年も上の内容を勉強しています。
つまり、子どもには特性があり、大人はその特性をちゃんと見てあげること。そして、一律にものを教える環境の中で勉強を汲々としているような子には、劣等感を持たせないよう心理的安全性を確保して学習できる環境をつくってあげることです。
三坂:企業に入って最初に付くメンターの影響は12年間続くと言われているのですが、そう考えると子どもにとっての先生や校長などの影響はもっと大きいだろうと思います。しかし、親や子どもは先生を選べませんね。麹町中はクラス担任制を廃止して全員担任制を導入し、相談できる先生を選べるようにしているとのことですが、そのようにもっと柔軟にできるといいと思います。
工藤氏:全員担任制は影響力が大きく、あちこちの学校で真似されています。子どもが自己決定する、選択できるようにすることが非常に重要です。例えば、三者面談で好きではない先生の助言は受け入れられないこともあるでしょうし、時には文句も言いたくなるでしょうが、自分が選んだ先生なら、そんなことはほぼありません。
先ほど三坂さんがメンターの影響は12年残ると言われましたが、押しつけの指導では自律型の人材を育てることはできません。何より大切なのはその人自身の変わる力を伸ばしていくことです。専門的に言うと自分を俯瞰的・客観的に見る“メタ認知力”を高めていくことです。自らの欠点や課題のありのままを受け止め、より良い行動を繰り返す中で自分自身を書き換えていく作業をするわけです。麹町中の“リハビリ”とは、まさしくそれを生徒自身が学んでいくことです。
三坂:なるほど、そういうことですね。
工藤氏:大事なのは、心を変えて行動を変えるのではなく、行動の繰り返しが心を変えるということ。「頑張ることじゃない」と教えるわけです。「なんでできないんだ!」「二度と同じ失敗を繰り返すな!」という先生や上司のもとでは、心理的安全性が保たれないのでチャレンジすらできなくなります。
自分自身を俯瞰的に見る訓練
三坂:新入社員研修でよく聞くのは、「プライベートと違って、企業では人を選べない。嫌いな人とでも付き合わなければならない」という理屈です。そう言われて、自律的な人なら自己解釈もできるでしょうが、自律的でない状態で入社していたら大きなプレッシャーになると思うのです。とは言え、「上司が合わなかったら変えればいい」「転職すればいい」と言えるかと言うと、企業の中では言えないジレンマがありますね。なかなか解はなく、どう支援してあげればいいのか悩みますね。
工藤氏:私も息子がサッカーチームに入っていて、コーチを選べない不満を経験しました。そんな中で子どもが主体的に生きていくためには、まず親や学校が失敗を許してあげる環境をつくることだと思います。一方、障壁に直面しても、自分の中で心理的安全性を保てるだけの脳にする力も大事です。
私は始業式や終業式の時の校長講話では、「落ち込んでいる人、悩み事がある人に対して話すよ」と前置きして、よくこんなことを話します。
「悩み事に直面したときは、自分が何に悩んでいるのかを明らかにすることが大事。まずは全ての課題を出し尽くし、次にそれらを自分で解決できるものとできないものに分ける。自分の力で解決できることについては優先順位をつけて問題解決に臨めばよいが、問題は、自分で解決できないもの。これを解決する方法は、誰でも1つしかない。その課題を解決してくれそうな人を探して、その人に相談することだ。身近にいなければ、その人を知っていそうな身近な人を探す。そういったことができる人こそがストレスに強い人になれる」。
実際、直後に早速校長室に相談に来る子どもたちもいます。
三坂:子どもたちに考えさせることで、行動が生まれるわけですね。
工藤氏:問題解決手法を言語化してインプットしてあげると、行動に移し、それで結果が得られると言語化されたものが腹落ちするので、その後の人生でも繰り返されるようになるのです。また、何をやるかだけでなく、何をやめるかの選択も大事だと話します。嫌なことは続けないという判断もあるということです。
三坂:今の先生の話で一つ共感したのは、「何かあったら先生の所においで」とは言われなかったことです。誰に相談するかは自分で考えなさい、と。そういう言い方をする大人が増えなければならないということですね。
工藤氏:麹町中の教員も、当初“リハビリ”の支援はなかなかできませんでした。そういう指導を自分自身が教えられていないからです。そこで私は、教員たちに次の3つの言葉で声をかけることを助言しました。まずは「どうした? 何か困っていることがあるの?」です。そして次に「そうか、それで君はどうしたいの?」と意思を聞くのです。そして最後に「何か僕に手伝えることはあるか?」と聞くわけです。
実は、麹町中の職員室にはこの言葉がそこら中に貼られてある(笑)。先生たちがこの言葉をそれぞれのシチュエーションで使えるようになってくると、子どもは見る見る変わっていきますよ。この言葉は、部下である教員を育てる時も全く同じです。
大きく変わるマネージャーの役割
三坂:企業におけるマネージャーの役割も大きく変わっています。図Aのように以前は左の三角形で指示が下りていたものが、今では逆さまになっています。そして、最上位の顧客と現場間の変化が物凄く速いので、現場スタッフが自律的に動けないと価値を提供できなくなっているわけです。そこで、ミドルの役割が指示を与えることから問いを与える役割に変わっています。麹町中の先生は、まさしくミドルと同じように思います。
工藤氏:なるほど、全くそのとおりですね。私は、全教員を当事者にするために意思決定できる権限を与えます。しかし、それだけでは自分の成功体験や価値観に頼った手段に走るので、必ず最上位の目的に立ち戻るように言っています。麹町中の場合は「自律と尊重」ですが、ここに立ち戻れば、「補習をやるという手段は自律に反するからやめよう」といった判断になるわけです。常日頃から職員には「校長としての私の仕事は、目指す方向性に対して1㎝でも前進することはGoサインを出すが、後退するものは絶対にStopさせる」と言っています。
三坂:自律は、先生がそうだと生徒もそうなっていくというふうな連続性がありますね。その根幹をつくることが校長の仕事だと感じました。企業においても全く同じことが言えると思います。企業の人材にも自律的に動けることが求められています。先の三角形の図Aの背景には、図Bのような変化がある。そこでトップに求められるのは、責任を持たせた上での委任的・編集的なマネジメントです。
こうした中で増え始めているのが、ジョブ型の雇用と言えます。そこにおいては、個人に権限と責任が合わさって発生するわけですから、以前のような「会社が守ってくれる」というのとは違う心理的安全性が求められると思います。つまり、主体的・自律的に考え行動することが組織に受け入れられるという心理的安全性。自分が所属する組織において自律的に鍛えられていると感じれば安心して働けると思いますが、言われたことをやっているだけでキャリアが形成できていないと感じれば、「会社に守ってほしい」と感じるでしょう。そういった依存的な意識では、ジョブ型では通用しなくなるということです。
ただし、日本には雇用の流動性が低いという大きな課題があり、ジョブ型の会社から切り離された時に行く場所が見つからないということになりかねません。社会全体で雇用の流動性を高め、選択肢を広げていく必要があると思います。こうした流動性を高めないと、キャリア自律も果たせないように思います。
工藤氏:流動性を高めるためには副業や兼業をどれだけ認めるかという点も大きなテーマですね。ちなみに、横浜創英では教員の副業を認めていて、中には執筆や講演だけでなく複数の学校に勤務して自分の経験値を高めようとしている教員もいます。
三坂:個人が自分のキャリアに責任を持って伸ばしていくためには、副業も重要な選択肢であるというメッセージを出す必要がありますね。事実、進んでいる会社ほど副業を認めている現状があると思います。また、近い将来週休3日になると思いますが、そうなったら休みの日はほかの仕事をするようになるのではないでしょうか。
工藤氏:すでに週休3日の私立学校がありますよ。そこの先生方は大学で教えていたりしていますね。
三坂:そうでしたか。教育の世界でも一つのところに骨をうずめるのではなく、副業・兼業といった新しい形を目指すという動きが生まれているんですね。
工藤先生のお話を聞いて、企業と学校現場が連動して、キャリア自律がますます推し進められていく流れになっていけばいいなと思いましたし、教育の世界からさらにキャリア自律を後押しいただければ心強いです。本日はどうもありがとうございました。
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