【対談】“百人百様”のキャリア自律をいかに推進するか その課題と改革について(前編)
宿題や定期テスト、学級担任制の廃止…。公立中学校の校長として数々の改革を行い、荒れた学校を建て直したことで知られる工藤勇一氏。現在は、横浜創英中学・高等学校の校長として、生徒が自主的に学ぶ教育環境を確立させている。
そんな工藤氏と、「主体性を挽き出す」をミッションとして数多くの組織と個人の成長を支援してきた当社代表取締役社長の三坂健が、キャリア自律型人材育成の現状と課題、実現に向けた改革について語り合った。なお、対談の内容は前編・後編の2回にわたってお送りする。
麹町中学校の学校改革
三坂:工藤先生、本日はよろしくお願いいたします。
工藤氏:こちらこそ、よろしくお願いいたします。自己紹介を兼ねて、現在の仕事についてお話しします。現在在籍しているのは、横浜創英中学・高等学校という81年前に創設された私学です。高校は各学年およそ12クラス程度、中学は十数年前にスタートし各学年2クラス程度の学校規模です。赴任2年目、新たな学校づくりに取り組んでいるところです。
2年前までは、千代田区立麹町中学校で校長をしていました。今最も有名な卒業生は、岸田首相です。かつて、都立日比谷高校が東京大学に毎年百数十名もの生徒を進学させていた頃、その日比谷高校に毎年50名以上の生徒を送り出していたという、今ではちょっと考えられないいわゆる超進学校でした。
その麹町中学校に6年間勤務する間、私は「定期考査・宿題の廃止」「固定担任制の廃止」「校則(服装・頭髪指導など)の廃止」「数学での一斉指導全廃」といった古くからの教育を真逆に変える改革を行いました。通学する生徒は、私服はおろかピアスをしている者もいます。数学は、寺子屋のような雰囲気の中で生徒が教材を自由に選び、好きなところを自主的に学んでいます。この手法で“落ちこぼれ”をゼロにしています。
三坂:素晴らしい取り組みだと感じましたが、教育委員会などとの軋轢はなかったのでしょうか?
工藤氏:よく聞かれますが、軋轢はほとんどありませんでしたし、逆風も想定内のことでした。先に挙げた改革はほんの一部で、全部で数百の改革を行いましたが、すべてトップダウンで行ったわけではなく、生徒自身や教員、保護者も交えて行いました。私自身も教育委員会に10年間在籍していたので、どうすれば実現できるかの感触は得ていました。
三坂:実現までのノウハウは心得ていたということですね。ちなみに、麹町中だからできたという特殊要因はあったのでしょうか?
工藤氏:麹町中でもできたのだから、どこでもできると思っています。富裕層が多く住むエリアで教育に極めて熱心であり、私学熱が高いところです。当時の麹町中は1学年4クラス120~130人の枠がありましたが、第1希望の入学者は20人でした。それ以外の100人以上はほとんどが私立不合格組です。私立不適応による転校生も少なくありません。入学時の姿は勉強が大嫌いで劣等感いっぱい、大人に対する不信感も強い、見方によっては“荒れた学校”の雰囲気さえあるほどです。
そんな生徒たちを1年かけて主体性を取り戻すための“リハビリ”をしていくのですが、次第に大人も学校も大好きになっていくわけです。
若者の「国や社会に対する意識」の現状
三坂:それは素晴らしいですね。
では、私も自己紹介をさせていただきます。HRインスティテュートは創業29年目で、私は10年目に中途でメンバーに加わりました。以来、企業向けの人材育成体系の構築や教育研修に携わってきています。1社目は大手損保会社に入社しました。仕事はやりがいもあり、周りの方々もいい方ばかりで恵まれていたのですが、これからの人生を考えてやりたかったことをやろうと、関心があった人や組織に関わる仕事をしたいと思い当社に転職をしたわけです。
当社のサービスの特徴は、“ワークアウト”という、実践的なテーマを題材として戦略的な観点から課題解決を図り、教育的に実践者そのものを育成するプロセスコンサルティング型プログラムにあります。“ワークアウト”の発祥はイギリスのタウンミーティングにあり、それをGE社が社内のリーダー育成や問題解決の手法として取り入れたものです。先ほどの工藤先生の麹町中において生徒自身や教員、保護者も交えて改革を行った手法に共通していると思いました。
では、本題に入りたいと思います。本日のテーマは、「“百人百様”のキャリア自律をいかに推進するか」ですが、まずは多様なキャリア選択はなぜ困難なのかについてから議論を深めていければと思います。
工藤氏:まず、前提として若者の「国や社会に対する意識」の現状から押さえていきたいと思います。日本を含む世界9か国、各国17~19歳の1000名を対象にした日本財団の「18歳意識調査」(2019.11)によると、「自分を大人だと思う」は29.1%で、比較的似た教育制度を取っている韓国でも49.1%、最高は中国の89.9%でした。「自分は責任がある社会の一員だと思う」「将来の夢を持っている」は断トツに低く、「自分で国や社会を変えられると思う」に至っては18.3%(インドは83.4%、アメリカは65.7%、中国は65.5%)です。ここに日本の教育の現状が現れていると思います。当事者意識を失い、主体的に動けない18歳が多くを占める日本の将来は暗いと思わざるを得ません。
日本の教育によって、与えられたことに慣れていく子どもたちをつくっていると感じます。手をかければかけるほど生徒は自律できなくなり、自分がうまくいかないことを誰かのせいにするようになる。主体性を失い、劣等感を抱き、自分も他人も嫌いになり、不幸な気持ちになるのです。麹町中に入学してくる多くの生徒がまさにそうでした。
自己決定の機会がない子どもたちが、自らキャリアを選択できるとは思えません。元をただせば、日本は教育の最上位目標を国全体で合意したことが、ただの一度もありません。日本の教育基本法では、「人格の完成」が教育の目的に掲げられていますが、デンマークでは多様な子ども自身が学びたくなる環境づくりを最上位に掲げているのです。日本は子どもの人格の完成のために教育を授けているわけで、デンマークとはベクトルの向きが真逆です。このことを国全体が合意していないことが一番の大きな問題であると思います。
一番の問題は“手段の目的化
三坂:そのとおりに感じますね。私自身、三児の親ですが、与えすぎているという自覚があります。ジレンマを感じながら子育てをしている感覚もあります。世の中の親たちもそういう人が多いのではないかと思います。
工藤氏:日本社会全体がそんな雰囲気だと思います。それは、人にいいサービスを求めることが当たり前になっていて、企業はそのニーズに応えようとしているからです。そこに企業間競争が発生しますね。学校も全く同じです。保護者のニーズに応えようとするから、どうしても悪循環に陥ってしまうわけです。
しかし、先ほどのように、主体性を失った子どもたちは“リハビリ”ができるんです。そのためには、与えられることをよしとする価値観が間違っていると気づくことが大事です。
日本の教育の一番の問題は“手段の目的化”にあります。日本では、「知育」「徳育」「体育」を最重視しています。つまり「勉強だけでなく、心の豊かさや体を鍛えることも大事」ということです。しかし、このことはマネジメントの視点においては目標にはなりませんね。どんな子どもの姿を目指すのかが見えないからです。
三坂:これは手段ですね。
工藤氏:大学入試では、1点でも多く取った者を合格させるということをいまだにやっています。この制度が残っているのは世界では日本と韓国ぐらいでしょうか。ペーパーテストの学力を上げるには、繰り返させればいいのですが、繰り返させればさせるほど、子どもは自律して勉強する力を失っていきます。本当は、自分が必要だと思うところを自分で選び取って主体的に学べる子どもに育ってほしいのに、いつの間にか勉強時間を増やすということが目的になってしまうわけです。
宿題は、その象徴です。出せば出すほど自律を失わせるだけです。このように、指示されたことをこなすだけの日本人の生産性が低いのも当然だと思います。
自律的なキャリア選択を困難にしている環境
三坂:学校を選ぶ判断基準には学力と進学実績の相関があると思いますが、その先には一流企業に入るというキャリアビジョンが強調され過ぎていて、それ以外のキャリアが目に入らないという状況があると思います。キャリアの選択肢は多様にあり、そこから逆算して子どもたちが自分の進む道を選ぶようにしていくという“目的”が大事なんだろうと、お話しを伺っていて思いました。
工藤氏:全く同感です。世の中の様々な職業の人を見せていくことが大事で、麴町中では年間数百人の人をお招きしていました。企業のCSRとして来ていただき、例えば子どもたちが経営している校内の購買部の運営に関わってもらったりしています。そこでは入社面接があり、合格すると生徒が仕入れ発注や販売、在庫管理といった業務を経験するんです。
三坂:面白いですね!企業側で自律的なキャリア選択を困難なものにしている環境として、一言で言うと「昭和のやり方が令和まで引きずられてきた」ことがあると思います。本来はバブル崩壊後の平成の失われた20年、30年で変えていかなければいけなかったものが、派遣労働が始まった以外ほとんど変わりませんでした。非正規という企業に好都合な雇用形態をつくって経営を維持した一方、雇用そのものは不安定化しただけで個人の就業意識やキャリア意識は不変だったと思います。そうした結果、賃金が減っているのは先進国で日本だけという状況です。
最近になって「ジョブ型」の雇用制度を導入する企業が出始めていますが、まだまだ少数です。ただ、採用に関しては従来の新卒一括採用に代表されるような“採ってから考える”から企業のビジネスモデルにマッチした人材を“考えてから採る”に変わり始めているように感じます。
こうした良い兆しがある半面、かつてのメンバーシップ型のカルチャーのように「責任は俺が取るから思い切ってやれ」といった関係性が希薄になっているようにも思います。個人は自ら責任を持ち、絶えずリスキリングをしてジョブを確保し続けなければならないという風潮になりつつあるように感じます。そうした企業側の変化に学校側が連動して対応させていくことが今後の課題のように思います。
【対談】“百人百様”のキャリア自律をいかに推進するか その課題と改革について(後編)
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