ミッションを実現し、バリューを体現する組織の創り方~世界で活躍する人を増やすプログリットの経営哲学(前編)
「世界で自由に活躍できる人を増やす」をミッションに掲げ、英語学習サービスを展開するのが、株式会社プログリットである。「英語」が大きな障壁になり、活動の幅が狭まってしまう人が多い日本の課題を解決すべく、業界の英語学習の常識を覆すサービスを提供している。
2016年に、GRITという社名でスタートした同社は、2019年に社名・ミッション・バリューをすべて刷新し、新たな姿に生まれ変わった。その後、2022年9月に東証グロース市場に上場を果たし、さらなる成長を続けている。
業界に新風を吹かせるプログリットの経営哲学、サービスへのこだわり、そして大胆な組織変革の背景について、株式会社プログリット 代表取締役社長 岡田 祥吾氏に、当社代表取締役社長の三坂 健と、コンサルタントの設楽 浩司がインタビューを行った。その内容を、前編・後編の2回にわたってお届けする。
・後編の内容はこちら
ミッションを実現し、バリューを体現する組織の創り方~世界で活躍する人を増やすプログリットの経営哲学(後編)
人×テクノロジーの融合で、英語業界に風穴を開ける
三坂:岡田さん、本日はよろしくお願いします。実は私たち、プログリットさんの「シャドテン」(※1)ユーザーです。
岡田氏:本当ですか!使っていただいてありがとうございます。よろしくお願いします。
設楽:どんな時間に実施しても、丁寧なフィードバックをすぐにいただけるので、いつもびっくりしています。
岡田氏:シャドテンは、添削するスタッフが、日本だけではなくアメリカ、アジア、ヨーロッパに点在しているんです。時差があるから、日本時間で真夜中でもフィードバックできるんですよ。そうした驚きも体験価値として含んでいます。
三坂:私も英語学習で20年くらい悩んでいましたが、「シャドテン」はこれまでにないくらい続いています。ところで、「シャドテン」は人が介在するサービスですが、この4月にリリースされた「プログリット先生」(※2)や「プログリットスピーチチェッカー」(※3)は、テクノロジーを活用したサービスですね。
岡田氏:そうですね。「プログリット先生」と「プログリットスピーチチェッカー」は「シャドテン」ではなく、当社の祖業である「プログリット」(※4)のお客様を対象にしたAI英語学習サポートサービスで、「プログリット」の受講生、卒業生はみなさまご利用いただくことができます。「プログリット」でも「シャドテン」でも、人が介在することを大切にしながら、テクノロジーに代替した方が良い部分は積極的に代替していっています。当社の事業コンセプトは「人×テクノロジーの融合で英語学習に革新をもたらす」ことです。多くの英語学習サービスは、人だけ、あるいはテックだけに偏っています。私たちは両方を掛け合わせることで独自性を出していく戦略です。
三坂:プログリットさんはアンバサダーの本田圭佑さんのイメージが強いですが、しっかりと狙いを定めてイメージ戦略を進めてこられたのでしょうか。
岡田氏:まったく狙っていませんでした。副社長の山碕が本田さんと知り合ったご縁が始まりです。その時はオーストラリアのメルボルン・ビクトリーに移籍するタイミングで、英語学習について相談されたことからプログリットを受講いただきました。すると本田さんがプログリットの英語学習方法を非常に気に入ってくださったんです。お客様というだけではなく、一緒にサービスを成長させていくことができないかと考え、アンバサダーをお願いすることになりました。
設楽:本田さんがアンバサダーになったというのは素晴らしいですね。私も以前、貴社とのご縁で本田さんとグローバルで活躍する人材について対談する機会があったのですが、その時にプログリットを毎日継続していらっしゃるとおっしゃっていました。
岡田氏:もう5年ほど続けてくださっています。彼が単なる広告塔ではなく、リアルなお客様として1日も欠かさず学習を続けているということが、マーケティングメッセージとしっかり重なっています。
(※1)リスニング力向上に効果的なシャドーイングに特化したサブスクサービス
(※2)OpenAI社の文章生成AI「ChatGPT」を活用したAI英語学習サポートサービス
(※3)OpenAI社の音声認識モデル「Whisper」を活用したAI英語学習サポートサービス
(※4)専任のコンサルタントがマンツーマンで英語学習を伴走する英語コーチングサービス
競合他社は気にしない。「本質」の追求にこだわる
三坂:今お話を伺って、無理に大きく見せるというよりは、価値観を大切に育みながら会社を成長させている印象を受けました。その中で、岡田さんが大切にしていること、こだわりをお聞かせください。
岡田氏:創業時から「本質的な価値を高める」ことにこだわって経営をしてきました。そうすれば、他のことは後からついてくると考えていたんです。お客様には、「英語力を伸ばす」という価値に対してお金をお支払いいただきます。そのため派手なマーケティングで差別化をはかるのではなく、英語力向上という本質的な価値が他とは圧倒的に差別化されている状態をつくれるよう、全力を注いでいます。
三坂:本質的な価値を高めるために、具体的にどのようなことをしていますか。
岡田氏:ひとつは、競合他社を気にしないことです。マーケティングにおいて他社を見ることはありますが、サービス開発においては一切気にしません。なぜなら、英語業界には歴史があり、業界の慣習や常識ができあがってしまっているからです。競合他社を見てしまうと、その常識にとらわれてしまい、新しいサービスを創出できない。私たちが向き合うのは、あくまでお客様です。だからこそお客様との対話の中から、何に価値を感じ、何が不必要なのか、探りながらサービスをつくっています。
雇用においても、業界の常識とは大きくかけ離れています。英語業界では、英語を教える先生などは非正規雇用であることが多いです。労働集約型ビジネスという側面があるため、柔軟にシフトを組めるようにするのが一般的です。しかし、当社はプログリットのコンサルタント全員が正社員です。また、英語のネイティブスピーカーである外国人講師に価値を置く英語学習サービスが多いですが、プログリットのコンサルタントは全員日本語ネイティブです。
三坂:確かに、私も以前ネイティブスピーカー講師の学校に行っていましたが、ネイティブに教わったから英語力が向上するかというと、そうではなかったと感じます。でも、あまりに業界の常識とかけ離れすぎて、受け入れられるまでに少し時間がかかりませんでしたか。
岡田氏:確かに競合他社のサービスとは違うところだらけで、最初は違和感をおぼえる人も多かったかもしれないですね。特に創業時は、「なんでネイティブスピーカーがいないの。」とよく言われました。また、当社のサービスは、従来の英会話教室などと違い、英語を教えるのではなく、学習の正しいやり方を教え、継続をサポートするというものです。「自学自習」の学習効率と学習量を最大化するというコンセプトも、なかなか受け入れられませんでしたね。結局は、お客様が努力しなければ英語力は向上しないのですが、「なぜ自学自習にお金を払うのか」という声をよくいただきました。時間は少しかかりましたが、そこで信念を曲げず本質的な価値の追求にこだわり続けた結果が、現在のプログリットです。
「英語」を入口に、お客様の人生の問題解決を支援する
三坂:サービス品質を高めるには社員教育が非常に重要ですが、どのような工夫をしていらっしゃいますか。
岡田氏:私たちは、「英会話の5ステップ」という独自のフレームワークに従い、お客様一人ひとりに伴走しています。これを社員全員が心の底から理解して、お客様の問題解決ができるよう徹底して教育しています。
三坂:問題解決のフレームワークをしっかりと浸透させることで、サービス品質を担保しているのですね。
岡田氏:私の前職はマッキンゼーだったのですが、新卒のコンサルタントがお客様の問題解決をするのは非常にハードルが高いですよね。その時に頼りになるのが、フレームワークです。そのことを身をもって感じていたため、英語学習指導の細かいテクニックというよりは、問題解決のフレームワークをまずしっかりとつくることにしました。問題解決のために、まずイシューを出して、それを分解してプライオリティをつけ、本当に重要な問題を解決しにいく。そういったことを実践しています。
設楽:確かに「問題解決」という捉え方をすると、マッキンゼーで行っていることと、プログリットが行っていることは、基本的な構造は共通しているのですね。
岡田氏:そうですね。問題解決の対象物が、企業の経営課題なのか、お客様の英語力や人生の課題なのかという違いのみです。
三坂:一方で、社員の方が経験を積んでいくと、フレームワークにとらわれず自分なりにお客様のお手伝いをしたいと感じることもあるかもしれません。その時、モチベーションを下げないような工夫はされていますか。
岡田氏:私たちが問題解決しているのは、「英語」だけではなく、お客様の人生全体であると考えています。もちろん、最初は英語学習のお話をするのですが、お話をするうちにいろいろなイシューが見えてくるんです。例えば、仕事とプライベートのバランスだったり、ご家族との関係性だったり、職場の人間関係だったり、様々ですね。そうなるとフレームワークでは問題解決ができないため、一人ひとりの裁量に任されていきます。ただ、こういった問題はお客様の中に答えがあることが多いため、社員はフレームワークとあわせて、お客様から答えを引き出すコーチングの技術も身に付けています。
三坂:ただ、人生となると問題が大きいですよね。
岡田氏:確かに、特にお客様の方が圧倒的に人生経験が豊富なケースも多いため、若い社員が1人で抱え込むのには限界があります。そこで、私たちは集合知で解決していきます。現在、当社は全国に9教室を展開し、それぞれの教室に英語コンサルタントが在籍しています。毎週、各教室に所属するコンサルタントが集まる場を設けて、そこで一人ひとり担当するお客様の問題を相談し合い、教室全体で解決策を練っていくのです。自分ひとりで抱え込まず、ベテランも含めて多様な知見を持つコンサルタントたち全員でお客様の問題に向き合えますし、お互いに学びがあり成長することができます。
“戦う集団”であるために、社名・ミッション・バリューを大胆に刷新
三坂:経営戦略、高品質なサービスレベルのための育成について伺っていると、社員の方のエンゲージメントやモチベーションも高いのではないかと推察します。数値化はされていますか。
岡田氏:社員のエンゲージメントについては、早い段階から定量データとして測定していました。社員のエンゲージメントが高いことは良いのですが、以前はエンゲージメントが高すぎていたことがあります。当時、「この組織で、このフェーズなのに、このスコアというのは何か違うな」と、違和感をおぼえました。想定より高い数値が出るというのは、私が描いていることと、社員が考えていることに何かしらのズレがあるということです。そこで、改めて組織の状態を見直してみると、「楽しくいこう」という雰囲気になってしまっていて、「事業を真剣に進めよう」「本気で世の中を変えていこう」という、“戦う集団”にはなっていませんでした。戦う集団になれば一定のストレスはかかりますし、「とにかく仕事が楽しい」という状態にはならないはずです。そこを、変えていくことにしました。
三坂:多くの企業は、エンゲージメントやモチベーションが高ければ高いほどいいと考えがちです。しかし岡田さんは経営として想定する姿と乖離していることに危機感を持ち、修正する取り組みを進めたのですね。具体的にはどのようなことを行ったのですか。
岡田氏:2019年、社名・ミッション・バリューをすべて刷新し、リブランディングを行いました。
三坂:社名も!それはかなり思い切りましたね。
岡田氏:経営幹部の合宿で話し合い、「GRIT」という社名をサービス名と同じ「プログリット」へ、そして「世界で自由に活躍できる人を増やす」を新ミッションに設定しました。“戦う集団”といっても、ただ厳しくするだけでは意味がありません。何らかの目標や達成したいことがあるから、大変なことにも挑んでいくことができます。そこで会社の存在意義として新ミッションを設定した上で、そこに向かうための価値観として、新バリュー「FIVE GRIT」をつくりました。
三坂:ここまで大胆な刷新となると、カルチャーも大きく変えることになると思います。それにより、離れていく社員の方はいませんでしたか。
岡田氏:そうですね。ただ、社員にとっても大きな変化になるため、一方的に発信することは避けました。当社では年に1度「創業祭」と銘打って、全社員で泊まりがけの旅行に行きます。その場で、社名・ミッション・バリューの変更を発表しました。そして、どのような背景・プロセスで決定したのかを、議論に参加した幹部全員が登壇し、しっかりと説明したんです。その後、全社員をグループ分けしてどう感じたのかを話し合う場を設け、経営に対する質問や批判的な意見も含めて発表してもらい、意見交換をしました。そこである程度の納得感は醸成されたと思います。その後、“戦う集団”として厳しさも増してきたことから、離れてしまう社員はいました。
設楽:その時に出た社員の意見をもとに、ミッションやバリューを微調整するということはしませんでしたか。
岡田氏:変更は一切しませんでした。これは経営者によって様々でしょうが、ミッション・バリューを浸透させるうえで最も大切なのは、トップの確固たる意志だと思います。もちろん、社員の共感も大切です。しかし前提として、一番高らかに宣言しているトップが本気でそれを成し遂げようと思っていることがまず重要だと考えています。ですから、社員が考えていることには耳を傾けますが、一度掲げたものを変えてはならないというのが、私の信念です。
・後編の内容はこちら
ミッションを実現し、バリューを体現する組織の創り方~世界で活躍する人を増やすプログリットの経営哲学(後編)
対談者プロフィール
■岡田 祥吾氏/株式会社プログリット 代表取締役社長
大阪大学卒業後、新卒でマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。日本企業の海外進出、海外企業の日本市場戦略立案等、数々のプロジェクトに従事。同社を退社後、2016年9月にプログリット創業。英語コーチングサービス「プログリット」を主軸とし、サブスク型英語学習サービス「シャドテン」も展開。22年9月、東証グロース市場に上場。
■三坂 健/株式会社HRインスティテュート 代表取締役社長 シニアコンサルタント
慶應義塾大学経済学部卒業。安田火災海上保険株式会社(現・損害保険ジャパン株式会社)にて法人営業等に携わる。退社後、HRインスティテュートに参画。経営コンサルティングを中心に、教育コンテンツ開発、人事制度設計、新規事業開発、人材育成トレーニングを中心に活動。また、海外進出を担いベトナム(ダナン、ホーチミン)、韓国(ソウル)、中国(上海)の拠点設立に携わる。 国立学校法人沼津工業高等専門学校で毎年マーケティングの授業を実施する他、各県の教育委員会向けに年数回の講義を実施するなど学校教育への支援も行っている。近著に「この1冊ですべてわかる~人材マネジメントの基本(日本実業出版社)」「全員転職時代のポータブルスキル大全(KADOKAWA)」「戦略的思考トレーニング(PHP研究所)」など。2020年1月より現職。
■設楽 浩司/株式会社HRインスティテュート コンサルタント
早稲田大学理工学部卒業後、損害保険ジャパン株式会社に入社。リテール営業、企業営業を経て、一橋ICS(International Corporate Strategy)にてMBA修了。ホールディングス人事部で人材開発・組織開発などに携わる。その後、HRインスティテュートに入社。
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