高いエンゲージメントで成果を上げる自律分散型組織とは~高成長を続けるアトラエの秘訣(前編)
テクノロジーやインターネットをベースに、人を信じ、人の可能性を拡げる”People Tech”領域を中心に事業を展開する株式会社アトラエ。創業社長である新居佳英氏は、「世界中の人々を魅了する会社を創る」をビジョンとして掲げ、理想とする会社づくりにエネルギーを注いでいる。CEO、CFO、CTO以外の役職が一切ないフラットな組織形態を採用し、オープンな社風で業績を上げ、2018年に東証一部(現プライム)への市場変更も果たした。
上下関係やヒエラルキーのない組織で、どのようにして高いエンゲージメントを維持し、パフォーマンスを出しているのか。「主体性を挽き出す」をミッションとして数多くの組織・個人を支援してきた当社代表取締役社長の三坂健が、新居氏にアトラエ創業の想いから組織運営の秘訣、採用や人事評価の実態までをインタビューした。なお、対談の内容は前編・後編の2回にわたってお送りする。
・後編の内容はこちら
高いエンゲージメントで成果を上げる自律分散型組織とは~高成長を続けるアトラエの秘訣(後編)
クリエイティビティを発揮するために最適な自律分散型組織
三坂:まずは簡単に自己紹介をさせていただきます。HRインスティテュートは創業30年で、創業当初から「主体性を挽き出す」ことをご支援しています。私は2020年から社長に就任しました。弊社は企業と社員のみなさま向けに組織開発や人材育成を軸とした経営支援を行っています。
新居氏:私は、新卒で株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社し、3年目に子会社の代表取締役に任命いただきました。2003年に株式会社アトラエを創業し、2016年に東証マザーズに上場、2018年に東証一部、現プライムへ市場変更しました。
弊社の提供するサービスは「People Tech」と呼んでおり、テクノロジーを用いて人の可能性を拡げる事業です。一番の特徴は自律分散型組織で、社員のエンゲージメントを高めることにより生産性を上げてパフォーマンスを発揮していく。そのような組織、チームづくりにおいては、創業以来、こだわり続けています。
三坂:御社の業績は大変好調とお見受けいたします。業績と自律分散型組織の関係について、新居さんのお考えをお聞かせいただけますか。
新居氏:私たちのビジネスエリアでは、知識生産性を高めていくことが必要で、アイデアを出すことやクリエイティビティを発揮することが重要になります。重厚長大産業やモノづくりで見られるような、ミスなく業務を行い効率性を上げることで勝てるビジネスではないためです。
しかも技術の進化が速く、競争も激しいマーケットなので、私や経験豊富な社員にも答えはなく、年長者が若手メンバーを教え育てていくのではなく、年齢や職種、業務範囲の垣根を超えて全員の力で知恵とアイデアを出しながら、試行錯誤を繰り返すという事業形態だと思っています。
一人ひとりが意欲的に、確かな熱量をもって取り組まないと勝てない。そのような点で自律分散型組織は、個々人の能力を活かし、知恵やアイデアを発揮することに長けた組織形態の一つだと考えています。
スポーツチームを参考にした活き活きと働ける組織
三坂:会社の創業時から、「自律分散型」を目指して作り始めたのですか。
新居氏:自律分散型という言葉を意識していたわけではないのですが、上下関係が無いチームを作りたいと考えていました。参考にしたのはスポーツチームです。スポーツチームには、部長も課長も係長もいないし、実力の差で試合に出るメインとサブという区分はありますが、上下があるわけではない。そのようなスポーツチームのあり方をビジネスの世界でつくろう、それが理想の組織体のあり方なのではないかというのが創業の思いです。
三坂:どのようなことがあって、そうした創業の思いに至ったのですか。
新居氏:ルーツは就職活動です。私にとっては、活き活きと働けるかどうかが大事だったのですが、そういう方とほとんどお目にかかれず。面談で「仕事は楽しいですか。何のために仕事をしているのですか」と質問すると、「学生気分が抜けていないね。社会人はそんなに甘くないよ」と言われる。「楽しくないのですね」と言うと「楽しいとかじゃないから」と。働く時間は家族と過ごす時間や趣味の時間よりずっと長い。その時間が、自分の情熱を注げる対象ではないのだとしたら、そんな仕事はしたくないなと思いました。
一方で、スポーツの世界では一人ひとりがパッションを持ち、わかりにくいヒエラルキーもなく、チームで一致団結して勝利を目指している。そういうチームがビジネスの世界にないならば、自分で創ろうと思いました。世の中の会社は参考にせず、世界を代表するスポーツチームに言われている理論、さらには漫画のスラムダンクやキャプテン翼などのエッセンスをベースにしたチームや働き方を目指しました。そして「世界中の人々を魅了する会社を創る」をビジョンに掲げたアトラエを創業したのです。
三坂:御社自体が理想の会社になっていき、新しいイノベーションを生むサービスを提供することで、「アトラエ」の遺伝子がさまざまな会社に伝播していくことで社会に貢献していくイメージですね。
新居氏:まず私たち自身がモデルになっていくことが大事だと思っています。「世界中の人々を魅了する」とは、社員、お客様、株主、社会の四方をそれぞれ魅了すること、つまり「四方良し」であることです。その対象者をグローバルレベルまで拡大していく。それが私たちが目標に向かっていく道のりであり、理想だと思っています。
KPIはエンゲージメントと生産性:社員自らが付加価値を高めて給料を上げる
三坂:会社運営のなかで、組織に関するKPIはどのようなものですか。
新居氏:エンゲージメントと生産性、つまり一人当たりが生み出す付加価値をKPIにしています。一人ひとりの付加価値が高くないと、社員はその対価として一定以上のサラリーをもらえない。私は社員が経済的にも不安のない生き方をして、幸せになってもらいたいと思っているため、付加価値を高めることにはすごくこだわっています。
三坂:一人あたりが生み出す付加価値は「売上粗利÷社員数」ですか。
新居氏:そうです。売上が10倍になっても、社員数が100人から1,000人になって人数も10倍であるならば、意味が無い。付加価値を上げていくためには、レバレッジを効かせる必要があるので、IT、テクノロジーの力を使ったビジネスにしていこうと決めました。優秀な人達が、将来の不安が無い状態で、活き活きとビジョン・ミッションに向かって熱中できるような会社にしたいので、生産性は非常に大事な要素だと考えます。
三坂:最近、ユニクロのファーストリテイリングをはじめ、大手企業が社員の給与を上げることが話題になっています。付加価値を向上できる企業が増えれば、社員に支払う給与に還元できて、良い循環が回っていくと思います。世の中の「付加価値を高めたい」会社に新居さんがアドバイスするとしたら、どんなことをお伝えになりますか。
新居氏:アドバイスの前に、一般的に「付加価値を高めたい」と思っているのは経営者だけで、社員はそうは思っていないことが多いです。経営者は生産性を上げて残業を減らしたいと考えます。しかし社員は、1日8時間一生懸命働いて、さらに残業をしているなかで、生産性を上げて残業を減らそうという動機がありません。残業代が減って収入が減るわけですから。つまり、経営者と社員がチームとして同じ方向を向くことができていないのです。そもそも、労使関係の上でそれぞれの動機が異なるので、経営者の意向だけで生産性を高めるのは難しいでしょう。
三坂:確かにそうですね。ですが御社では、社員のみなさんが、新居さんと同じように経営者の視点でお仕事をされていると伺っています。一般の会社と何が違うのでしょうか。
新居氏:「生産性を上げて、一人当たり付加価値が上がってくれば、自分たちにきちんと還元される」ということを、社員全員が実感値として持っていることでしょうか。ここが経営者と同じ感覚です。自分たちで頑張って稼いだ利益が、社員への還元、顧客・株主への還元、社会へのドネーション(貢献)という四方に対する原資となる。これを自分たちで増やせば、必ず自分たちに還ってくる。
そして、会社全体の給与水準を底上げし、自分たちの年収を上げていくためには生産性を上げることが重要だと、全員が同じことを思っている。そこが大きなポイントです。
三坂:そのような状況に持って行くことができたのは、どういう秘訣があったのですか。
新居氏:一つは情報発信です。アトラエとしてありたい姿、考え方、価値観、そして経営者としてのあらゆる判断、意思決定の理由や背景など大小さまざまなことを発信し続けてきました。さらに全社員が、実際に所得が上がるということを体験してきている。自分たちが頑張って利益を出した時に、自分たちに還ってくるという経験を何度もしています。この10年間で、給与水準が明らかに上がっている実感値があります。
三坂:経営と社員の間で経営情報を共有しているのですね。
新居氏:自律分散型組織の一番の特徴は、情報共有です。情報がオープンで、私と同じレベルの情報を全社員が持っているということが大事です。ブラックボックスのなかで給与が決まり、上がっているのかどうかわからない状況では、生産性を上げろと言われて必死に頑張っても、「何か起きたっけ?」となってしまう。
弊社の場合は、何か起きたことは明らかにわかります。たとえば、今期の利益がいくらで、そのうち全員の給与原資がどのくらいか、将来の投資に何%割かれているのか、役員報酬の計算式ももちろんオープンなので、上がったのか、上がったとすればいくら上がったのかも全て分かります。他にもオフィスにバーカウンターがあり、お酒やドリンクが無料で自由に飲むことができます。それも、みんなの生産性が高いからできていることだよ、とメッセージを出していますし、みんながその恩恵を受けているとわかることが一番大事だと思います。
三坂:発信と実感・体感のループが徐々に増幅していって、現在に至っているということですね。
新居氏:まさにそうです。
フラット組織でプロジェクトリーダー=ボードメンバーが重要事項を決定
三坂:自律分散型組織の運営にあたり、取締役以外の組織はフラットで、上司・部下という関係がないということですが、詳しく教えていただけますか。
新居氏:取締役は法律上必要なので設置していますが、運営上はあまり意識していません。現在、社員が100人ほどいますので、全員で議論するのは少々難しい。そこで社員の総意で物事を決定するために、各プロジェクトリーダーがボードメンバーとなり、ボードミーティングという意思決定の場で議論します。人・モノ・金・投資といった会社にとって重要な意思決定は、すべてここで行っています。
決定したことは必ず全社員にフィードバックし、理由も説明します。社員全員が拒否権を持っていますので、決定事項に対して明らかにネガティブな反応や不満がある場合は、ボードミーティングに差し戻して議論するか、不満のある人が参加してボードメンバーに対して異議を唱えます。
三坂:それは仮に一人の社員でもやるのでしょうか。
新居氏:はい、一人でも多数でもやります。先般、ある決定事項に対し不服を唱えるメンバーがでて、まるで一揆のような状況になりました。ボードミーティングで充分に議論した内容なので、社内ブログで説明し、全社会議でも説明しました。「それでもまだモヤモヤする人は、私とCTOが週2回、ランチ会をやるから、膝を突き合わせて徹底的に話しましょう」と呼びかけて実施しました。そんなこともよくあります。
三坂:私も経営者として時に感じることがあるのですが、経営視点から見ると、物事の前提に対して社員の理解が不足していると思うことはありませんか。
新居氏:あります。そういう時は正直に「前提の理解が違わない?」と言いますね。質問や前提条件をわかっていないから教えてほしいということなら、全部説明します。お互いの信頼関係をベースに、オープンに話しています。
自律分散型組織のカギはテクノロジーが可能にした情報共有
三坂:現在、社員数はおよそ100人と伺いました。自律分散型組織のやり方は、どのくらいの規模感まで拡大していけるとお考えですか。
新居氏:ヒエラルキー型の組織のほうが、組織が大きくなったときに統率しやすいと思いがちです。しかし今、日本のほぼすべてのヒエラルキー型組織は制度疲労を起こしています。階層構造が深くなってしまって、現場と階層上部で意思統一ができない。自由に柔軟には動けない状態で、機能しにくくなっています。
ヒエラルキー型組織は元々、軍隊がいかに強くなるかを目指して作られたものです。本部が現場の情報を吸い上げて、計画を練った上で現場に指示を出す、というのがヒエラルキー型組織の運営方法です。しかし今の軍隊はテクノロジーの進化により横のチームの状況をリアルタイムに全て把握できるので、いちいち本部に情報集約する必要性はありません。そのため、軍もどんどん自律分散型のようになってきたはずです。
今、存在する大企業がヒエラルキー型組織だから、会社が大きくなったらヒエラルキー型組織になることが正しいと思われるかもしれませんが、大規模な自律分散型組織に誰も挑戦していないだけです。私たちは社員数が1,000人になっても、細かいマネジメントはしませんし、今と変わらずに自律分散型組織で経営していくでしょう。
先ほどお話したように、自律分散型組織は情報共有が重要です。日本の企業は情報統制を敷くことによって、上司の権限を維持しています。そのため、社員は必要な情報を持っていないので判断することができず、上司にお伺いを立てないといけないわけです。自律分散型組織は、全ての情報を全員が持っているので、自分の判断で動くことができます。今はテクノロジーの進化で、1,000人でも10,000人でも情報共有できるようになってきているので、自律分散型組織はそれなりの規模まで可能だと思いますし、ヒエラルキー型組織よりは大きな組織に適しているのではないかという仮説を持っています。(後編へ続く)
・後編の内容はこちら
高いエンゲージメントで成果を上げる自律分散型組織とは~高成長を続けるアトラエの秘訣(後編)
対談者プロフィール
■新居 佳英/株式会社アトラエ 代表取締役CEO
1974年生まれ、東京都出身。上智大学理工学部卒業後、株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア株式会社)に入社。人材紹介事業部の立ち上げ、関連会社の代表取締役、本社で200人以上を率いる事業責任者を経験したのち、2003年株式会社アトラエを創業。IT・Web業界に強い成功報酬型の転職メディア『Green』の運営をはじめ、組織力向上プラットフォーム『Wevox』などテック領域の新事業を次々と成功させ、2016年6月にマザーズ上場、2018年6月に東証一部(現プライム)への市場変更を果たす。共著書に『組織の未来はエンゲージメントで決まる』(英治出版)がある。
■三坂 健/株式会社HRインスティテュート 代表取締役社長 シニアコンサルタント
慶應義塾大学経済学部卒業。 安田火災海上保険株式会社(現・損害保険ジャパン株式会社)にて法人営業等に携わる。退社後、HRインスティテュートに参画。経営コンサルティングを中心に、教育コンテンツ開発、人事制度設計、新規事業開発、人材育成トレーニングを中心に活動。また、海外進出を担いベトナム(ダナン、ホーチミン)、韓国(ソウル)、中国(上海)の拠点設立に携わる。 国立学校法人沼津工業高等専門学校で毎年マーケティングの授業を実施する他、各県の教育委員会向けに年数回の講義を実施するなど学校教育への支援も行っている。近著に「この1冊ですべてわかる~人材マネジメントの基本(日本実業出版社)」「全員転職時代のポータブルスキル大全(KADOKAWA)」「戦略的思考トレーニング(PHP研究所)」など。2020年1月より現職。
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