第8回:社長業を続けると年金がカットされる仕組みとは(70歳以上編)

前回、前々回と2回にわたり、法人の代表者の年齢が60歳台前半の場合と、後半の場合の「在職老齢年金」の仕組みを解説してきた。今回は、法人の代表者の年齢が“70歳以上”の場合の年金調整のルールを見てみよう。

“70歳以上”では厚生年金に入っていないのに年金がカット

これまで、年金調整の仕組みである「在職老齢年金」の対象になるのは、「厚生年金に加入しながら働いている場合」と説明をしてきた。確かに、60歳台の場合にはその通りなのだが、“70歳以上”になると、やや事情が異なる。

厚生年金の加入年齢は、原則として70歳未満と決まっている。そのため、通常は“70歳以上”で厚生年金に加入しながら働くことはない。

しかしながら、たとえば60歳台で在職老齢年金の対象になっていた社長が、同様の働きぶりで70歳を迎えた場合には、“70歳以上”でも在職老齢年金の対象になる。

つまり、“70歳以上”では厚生年金に加入していないにも関わらず、在職老齢年金の対象となり、年金の調整が行われることになるのである。

“70歳以上”の社長業は、年金上はデメリットしか存在しない

“70歳以上”の場合の年金カットルールは“60歳台後半”と全く同じで、今年度であれば「47万円」を基準額として調整が行われる(詳細は前回記事を参照のこと)。また、カットされた年金が後で払われることはないのも、“60歳台後半”と同様である。

60歳台で社長業を営む場合には、「年金がカットされる」というデメリットこそあるものの、厚生年金に加入して保険料を納めているので、「リタイア後の年金の増額に結び付く」というメリットも持ち合わせている。つまり、年金上のメリットとデメリットが共存する状態なのが、60歳台の在職老齢年金の特徴である。

これに対し、“70歳以上”で社長業を営む場合には、「年金がカットされる」というデメリットはあるものの、厚生年金に加入しているわけではないので「リタイア後の年金の増額に結び付く」というメリットが存在しない。

誤解を恐れずに言ってしまえば、“70歳以上”の在職老齢年金は、「単なる年金の引かれ損」のような側面を持つ制度と言える。

制度変更が検討されるという報道も

実は、この点について最近、新しい動きがあった。平成31年4月16日、一部のメディアで「70歳以上も厚生年金の加入対象とすることを厚生労働省が検討に入る」という報道があったのだ。

もしも、このような制度変更が実現すれば、“70歳以上”の在職老齢年金も60歳台と同様に、「年金がカットされる」というデメリットと「リタイア後の年金の増額に結び付く」というメリットを持ち合わせた制度に変わる可能性が出てくる。つまり、社長業を辞めた暁には、“70歳以上”の厚生年金加入実績も加味した年金を受け取れることになるわけである。

しかしながら、この件については報道が行われた翌日、根本厚生労働大臣が「検討に入った事実はない」と否定しており、本稿執筆時点で真偽のほどは定かでない。

「生涯現役」では年金がキチンともらえない?

“70歳以上”の在職老齢年金は、社長としての働きぶりが変わらない限りは、原則として何歳まででも続くことになる。そのため、役員報酬の額などによっては、75歳になっても、80歳になっても「老齢厚生年金が全くもらえない」ということも起こり得る。

公的年金制度は、社会保障制度の一環であり、相互扶助の精神に立脚する。そのため、保険料の納付額と年金の受給額を単純比較する「損得勘定論」には馴染まないと言われる。もちろんその通りなのだが、長く社長業を続けた結果として、「納めた保険料額よりもはるかに少ない老齢厚生年金しか受け取れない」などのケースがあることも、現時点では事実である。

「生涯現役」という言葉があるが、年金の上手な活用といった観点から見た場合には、「生涯現役」も考えものかも知れない。皆さんはどうお考えだろうか。