「仕事とは何か」――この命題について、組織リーダーが若年社員をどのように教育するかは、極めて重要な問題である。教育内容次第で、優秀な社員を育成することもあれば、若年社員の早期離職を誘発してしまうケースもあるからだ。そこで今回は、リーダーが若年社員に「仕事の意義」を指導する際のポイントを考えてみよう。
「仕事=“生活の糧を稼ぐこと”」では人材が定着しない
「仕事とは何か」。組織リーダーである皆さんは、このような問いに向き合ったことがあるだろうか。また、若手社員に「仕事とは何か」、「働くとはどのような意味を持つ行為なのか」を教育しているだろうか。初めに、「仕事とは生活の糧を稼ぐ行為である」と教育した場合、若手社員の働く意欲にどのような影響を及ぼすかを考えてみよう。
働く意欲を喚起する要因を“動機付け”と言う。動機付けには、「外発的動機付け」と「内発的動機付け」の2種類がある。「外発的動機付け」とは外部から与えられる動機で、「高い給料がもらえる」、「昇進できる」などが該当する。これに対し、「内発的動機付け」は自分の心の中から湧き出てくる動機で、「仕事でお客様に喜んでもらいたい」、「仕事で皆の役に立ちたい」と考えることなどが当てはまる。
「仕事とは生活の糧を稼ぐ行為である」とする教育は、社員の外発的動機付けにアプローチをする手法である。仕事の意義を「生活のため」と定義することにより、社員の働く意欲を一定程度は喚起する効果が期待できると言えよう。
しかしながら、人はより大きな外発的動機付けに魅力を感じる傾向にある。つまり、「働くことは、給料をもらうこと」と教育された若手社員は、より多くの給料をもらえる企業に魅力を感じるようになる。その結果、自社よりも処遇が勝る他社に人材が流出しかねないのが、この教育のデメリットだ。
また、仕事の意義を「生活のため」と指導すると、給料などの金銭的インセンティブに変化がない場合に、不満を感じる人材が発生する可能性が高くなる。そのため、給料を増額しないと“動機付け効果の維持”が困難になりかねない問題も抱えている。
結果として、若手社員に前向きな気持ちで仕事に全力を尽くすよう促すためには、必ずしも効果的とは言えないのが、仕事の意義を「生活のため」とする教育なのだ。
「仕事=“売上を増やすこと”」では社員が動かない
それでは、「仕事とは売上を増やす行為である」と教育した場合には、どのような現象が起こるだろうか。これは、仕事の意義を「組織のため」と定義する方法だ。確かに、売上や利益の増加は、企業の持続的成長・発展に必要な経営課題のひとつではある。しかしながら、このような教育によって働く意欲を強く喚起される若手社員は、残念ながら非常に少ないと言わざるを得ない。仕事の意義が「組織のため」と定義されている場合、企業と社員との間に特別な利害関係が存在しない限り、外発的・内発的のいずれの動機付けにもなりにくいからである。
それどころか、若年社員が何らかの理由で自身の仕事に疑問を抱いた際には、「自分は会社に都合よく利用されている」などのマイナス感情を醸成しかねないのが、この教育のデメリットだ。
労働契約上、社員には誠実に業務に精励しなければならない義務が課されている。しかしながら、「働くことは、売上を増やすこと」とする教育では、前向きな気持ちで仕事に全力を尽くす若手人材の育成が非常に困難になるといえるだろう。
「仕事の社会的意義」の浸透で若年社員の定着率向上を
若年社員に前向きな気持ちで仕事に全力を尽すよう教育するには、「仕事とは人の役に立つ行為である」という趣旨で実践するのが、非常に有効である。例えば、医療機関であれば「仕事とは一人でも多くの人命を救う行為である」、飲食業であれば「仕事とは食で笑顔を増やす行為である」、建築業であれば「仕事とは家族の憩いの場を提供する行為である」などが挙げられよう。
つまり、企業における仕事の本質は「社会に貢献すること」であり、給料は企業活動を通じて実施した“社会貢献の対価”であるとする考え方だ。この教育は、「仕事でお客様に喜んでもらいたい」といった感情を社員に醸成することに繋がるものであり、内発的動機付けにアプローチする手法である。そのため、社員の働く意欲を喚起する効果が期待できるのだ。
ただし、「働くことは、社会に貢献すること」と一度や二度、社員に伝えただけで高い動機付け効果が発揮されるわけではない。リーダーが日常業務の中で繰り返し「当社は社会にどのような価値を提供していくのか」を社員に訴え続け、自社の社会的意義に基づく意思決定を繰り返すことにより、少しずつ社員の内発的動機付けの効果が上がるのである。
離職率の高い企業は、「仕事の社会的意義が定義されていない」、「社会的意義は定義されているが、実際の企業運営に反映されていない」といったことが顕著である。社員の早期離職に悩むのであれば、ぜひ内発的動機付けを喚起できるような社会的意義の構築と運用を目指してほしい。