今、多くの日本企業がデジタル化の波に直面し、戸惑い始めている。あらゆるビジネス分野で最先端の技術を推し進めているAIやビッグデータ――。しかし戦略や人材が不足し、これらを有効に活用する術が見つからないのが現実だ。経営課題を解決するためには何が必要なのか。AIやデータを扱える優れた人材は、どのように確保すればいいのか。その解となるのが、「アビリティシェアリング」である。AIの開発やビッグデータの活用、データサイエンティストやAIエンジニアの発掘・採用・育成を支援する株式会社SIGNATEでは、優秀なAI人材を多くの企業でシェアし開発の質と人材確保を両立させる新たな仕組みとして、AI開発コンペティションを開催。AIに関わる新たなソリューション、次世代の採用手法として注目を集めている。そこで今回ProFuture代表/HR総研所長の寺澤康介が、取締役副社長 COO 夏井氏に、そのソリューションの仕組みやメリットについて伺った。
デジタル時代に不足しているデータサイエンティストとは?
寺澤 今やビジネスにおけるデジタル化の波はあらゆる産業にとって避けては通れない状況になっていますが、一方でAI人材やデータサイエンティストと呼ばれる人たちが圧倒的に不足しているとも言われていますね。夏井 現在日本の大学でAIやデータを学び、卒業する学生の総数は、年間5,000人弱しかいません。アメリカは2万5,000人、中国は1万7,000人ですから、いかに日本が少ないかがわかります。こうした状況に国も危機感を感じ、AI人材の育成に力を入れ始めました。AI人材に対する企業側のニーズも年々高まっていますが、社内にそのAI人材のスキルを測れる人材がいない、そもそもどう採用すればいいかわからないなど、自社で採用するには高いハードルがあります。仮に採用できたとしても、自社の課題とその人材とのマッチングが悪ければ、成果が出なかったり、辞めてしまったりする可能性もある。その人材が本当に自社の課題解決に貢献できるか否かは、実際に仕事をしてみないと分かりません。つまり採用できないリスクもあれば、採用するリスクもあるということです。このような八方塞がりの状況から、「どうしたらいいのか分からない」と戸惑っている企業が増えてきているのが現状です。
寺澤 データサイエンティストとひと言で言っても、そのスキルは多岐にわたると思います。実際に求められているのは、どのような人材像なのでしょうか?
夏井 データサイエンティストのスキル要件の定義・標準化を推進しているデータサイエンティスト協会によると、不可欠な3つの能力として、ビジネス力(課題背景を理解した上でビジネス課題を整理し、解決する力)、データサイエンス力(情報処理、人工知能、統計学などの情報科学系の知恵を理解し、使う力)、データエンジニアリング力(データサイエンスを意味のある形に使えるようにし、実装、運用できるようにする力)を挙げています。しかし現実には、これらすべてを兼ね備えている人材など滅多にいないでしょう。よってこれからは、ビジネス力の高い人材、データサイエンス力の高い人材など複数人が集まって一つのチームを編成していかなければなりません。そのため、単に手を動かす技術者だけでなく、プロジェクト全体を動かすプロデューサーのような人材も求められています。自社の経営課題を見つけ、それに対して戦略を練り、プロジェクトを立ち上げて舵取りをする。そういったプロデュースが重要です。しかしそれができる人材もまた、技術者以上に不足しているのが現状なのです。
AI開発コンペティションを通じてアビリティシェアリングを実現
寺澤 貴社は「AI開発コンペティション」=SIGNATEという仕組みを通じて、AIプロジェクト推進の支援とAI人材獲得の支援を行っていますね。その仕組みをご説明ください。夏井 現在弊社は、9,000人以上のデータサイエンティストが会員登録している日本最大規模のデータベースを有しています。そのうちの7割は、企業や研究機関などで活躍している社会人で、残りの3割は東大をはじめとする上位校の学生となっています。こうした登録会員に対してAI開発ニーズを持つ企業がコンペティションを開催し、応募されたAIのアルゴリズム(解法)は、その精度がランキングとなり、可視化されるという仕組みです。参加者は応募期間中なら何度でもチャレンジできるため、自ずと精度が高まっていくのが特徴です。募集した企業はランキング最上位の開発者に賞金を与え、その所有権を譲渡してもらうことで、効率的に精度の高いAIアルゴリズムを獲得することができます。
寺澤 なるほど。コンペティションで得られたものの所有権は募集企業に移るとは、外部のデータサイエンティストにAIのプロジェクトを委託しているようなものですね。
夏井 その通りです。データサイエンティストが圧倒的に不足している今、トップレベルの才能を一企業だけが囲い込むのではなく、いかに多くの企業でシェアできるかが重要です。私たちはこうした考え方を「アビリティシェアリング」と呼んでいます。副業やフリーランス、テレワークなど個人で仕事をする手段も増え、会社の形態も多様になってきました。そんな個の時代において、優秀な人が正当な報酬を受けて能力を活用する機会に恵まれ、企業は優秀な人の才能をシェアできるというのは両者にとって利点があり、また生産性向上にも大きく寄与するものだと感じます。
開発から人材の発掘・採用・育成支援まで AI開発・データ分析の各フェーズに横たわる課題
寺澤 AI開発やデータ分析に関しては、さまざまなベンダーやサービスがありますが、そうした中でSIGNATEの優位性やメリットは何なのでしょうか?夏井 もし企業がデータサイエンティストを必要とした場合、新たに採用するか、自社で育成するか、ベンダーに依頼するか、この3択しかありません。しかし、仮にベンダーに丸投げした場合、ベンチマークがないため、そのAI製品や分析精度が良いのか悪いのか、比較できないですよね。一方、コンペティションを活用すれば、応募のあったデータの精度が可視化され、ランキングも出るので、納得感が得られるでしょう。さらにコンペで優秀な人材と出会えたら、採用を打診したり、ハイエンドなクラウドソーシングとして依頼したりすることも可能です。その人は、自社の案件に興味を持ってくれて、さらに課題を解決するためのアイデアや能力も持っているわけですから、採用の枠があるなら打診しない手はありません。履歴書や面接だけではデータサイエンティストとしての能力を知ることはできませんが、実力が可視化されたコンペなら、リクルーティング活動にも大いに役立ちます。
寺澤 一方で近頃は、社内でデータサイエンティスト人材を育成したいという企業も増えているのでは?
夏井 おっしゃる通り、弊社にもそういった問い合わせは増えています。しかし、そのためにはまず、社内にAIを理解する人材を育成し、また経営陣もAIを理解することによって、経営目線でAIの活用法を検討できる体制を作ることが必要です。その場合にも、コンペティションは有効なソリューションになります。
コンペティションに入るまでには、いくつかのフェーズがありますが、第一段階として、まず社内課題を洗い出していただきます。データ分析はそれ自体が目的ではなく、課題ありきです。どのような課題があるのか、その課題を解決するためには何が必要か、さらにアルゴリズムを作るにあたってのデータは何をどう取ればよいかを検討する。そして充分なデータを出していただき、我々がプロトタイプを作る。ここまでの一連のプロセスは我々とお客様が一緒になって考えることになりますから、結果的に社内に知見が残るわけです。こうしたコンペの準備から本開発に入るまでの期間は、ある種の研修期間とも捉えることができ、私たちはこれをPBL(Problem-Based Learning)として活用できると考えています。社内プロジェクトを立ち上げる能力やデータの目利き力などを養うことができ、AI人材の中でも特に重要なプロデューサーの育成などに繋げています。
このように弊社は、AIの開発・活用から、データサイエンティストやAIエンジニアの発掘・採用・育成支援まで、AIの総合的なソリューションを提供。その点が最大の強みであり、他に類のないポイントだと考えています。
新卒の学生を対象とした8のコンペを開催
寺澤 今後は新卒採用向けのサービスも開始する予定だそうですね。夏井 中途採用市場ではAI人材はあまり流動化していませんが、一方でほとんどの学生は就職します。そのため、新卒採用に力を入れたいという企業が増えてきています。SIGNATEに登録している会員のうち3割は学生で、しかも今の若い世代は生まれた時からデジタルに触れてきた、いわばデジタルネイティブ。優秀な人材が非常に多いです。こうした学生の能力をいかに見極め、取り込むことができるか。そこで弊社では、本年度から「SIGNATEスチューデントカップ」というコンペティションをスタートさせます。これは学生向けにテーマを出してコンペに参加してもらい、その後フェイストゥフェイスのイベントなどを通じて学生と企業に接点を持ってもらうというもの。いわば8のような目的でコンペティションを開催するイメージです。
寺澤 中途ではなかなか採用ができない昨今、新たな人材発掘の場として、多くの企業から注目を集めそうですね。では最後に、このサイトをご覧になられている経営層の皆さんに、メッセージをお願いします。
夏井 これから数年の間に予想もできないような出来事が、あらゆる産業で起こってくるでしょう。AIは開発した時ではなく、その後学習し精度が高まる仕組みであり、資産価値は段々と高まっていくのです。だからこそ早くスタートを切るべきなのです。日本企業は完璧を求めるがゆえ、スタートが遅い。それはAIを導入するにあたってはデメリットでしかありません。これからは、経営トップもITリテラシーを身につけ、戦略をしっかり考えていかなければなりません。AI開発を経営視点でコンサルティングできることも弊社の強みです。お客様にとって最善の道を探すお手伝いをさせていただきます。