商店専門ビジネスコーチ 岡本 文宏
採用難の昨今、スタッフの定着は現場の死活問題。「プロに聞け」では、これまでも“給与”や“環境”という側面から定着率アップを図る方法を探ってきましたが、今回は“教育”に注目。お話を伺うのは、『店長のための採る・育てる技術』などの著書がある“商店専門のビジネスコーチ”、岡本文宏さん。大手コンビニのフランチャイズオーナー時代には、従業員の平均在籍期間でエリア平均の4倍以上を叩きだした実績の持ち主です。そんな岡本さんが伝授する、アルバイト定着率アップに有効な教育法とは?
ご存じのとおり、スタッフの定着率アップは店舗の売上向上には決して欠かせない要素です。私は、大手婦人服チェーンでエリアマネージャーと店長を13年間、その後に大手コンビニでオーナー職を7年間経験しました。この間、スタッフの定着がいかに多くのメリットを生むかを実感しました。
スタッフが短期間で辞めてしまう店舗の多くは、「教育」の方法を間違えています。皆さんも、ご覧になった経験はありませんか? 人のいない店舗のカウンターで、仁王立ち状態になっているショップスタッフを。または、お客さんの質問に答えられず、聞くべき人もわからずに青ざめる接客スタッフを。
仁王立ちの彼が暇をもてあましているのは、接客以外の業務をきちんと教えてもらっていないためでしょう。一方、顔面蒼白の彼は、最低限の知識だけ教えられ、「あとはOJTで」と店頭に出されたのかもしれません。
OJTとは、正式には「On the Job Training」。実際の業務を通して、必要な知識や技能を身につけさせていく教育方式のことですが、あやふやな知識しか持っていない状態では、新人はおどおどするばかりで接客らしい接客もできません。
今すべきことがわからない。常に不安を感じている。そんな気持ちで働いていても、やりがいや面白みは感じられません。だから彼らは早々に、「辞めます」と去ってしまうのです。
また、忙しい店舗では、新人のトレーナーとなるべき店長やベテランスタッフが「教えるより、自分でやったほうが早い」と考えてしまうことも。実は、これも大きな罠の一つです。とある大阪の焼肉チェーンで自社のアルバイトスタッフの退職事情を調査したところ、辞めた理由の第1位は、「きちんと教えてくれなかったから」でした。
教えぬ現場に、スタッフの定着なし。すべてをきっちり教えてこそ、大切な仕事でも安心して任せられます。さらに、それがスタッフのやる気アップにつながるという好循環につながるのです。
新人スタッフのアルバイト初日、開店前に既存スタッフを集めて3分ぐらいの自己紹介タイムをとる。終わったら、さっそく作業のやり方を教えていく――そんな現場も少なくないようですね。しかし、仕事を教える前に、重要なワンステップがあります。
それは、新人スタッフに居場所を与えること。人の入れ替わりが激しいことで知られるヘアメイク業界において、高い定着率を誇る美容院の例を挙げましょう。この店では、どんなに忙しくても、新人が入社した日には全員参加の歓迎会を開催。クラッカーを鳴らし、入社のお祝いに軽食をみんなで食べながら、おしゃべりを楽しむという習慣を作っています。
新人スタッフにとって、初日は“職場に対する第一印象が決まる大切な日”。「ここに自分の居場所があるんだ!」と感じてもらえれば、職場への愛着が生まれます。
なかでも、事務職と異なり、接客系の仕事は物理的な自分の居場所を見つけにくいので、歓迎パーティを開いたり、みんなで「入社おめでとう」「これから一緒にがんばっていこう」などと書いた色紙やカードを渡したりと、“心の居場所”を作ってあげることが大切。そうすれば、モチベーションもアップし、教育を受ける時も熱意をもって取り組んでくれるはずです。
さらに、教育前に踏んでおきたいステップがもう一つ。今後、スタッフが一丸となり、足並みをそろえて頑張るために、経営者が新人に向けて理想やビジョンを伝える時間をとるのです。私はこの時間を「レクチャータイム」と呼んでいます。
新人スタッフが入ってきた時は、いきなり作業を教え始めるのではなく、まず売り場を離れ、静かな事務所やカフェで、お店のスタッフとして必要なマインドについて伝える時間をとりましょう。
レクチャータイムで意識の共有ができたら、次はいよいよ仕事を伝授するステップです。まず、仕事を教える時に最も重要なのは「100%教える」こと。
「わからないことがあったら、その都度聞いてね」「このサービスを受け付けるケースは少ないから、お客さんからオーダーがあったら教えるよ」と教育を中途半端に終わらせるのはNGです。最初から完璧に教えておくことこそ、安心して現場を任せられる人材に育てる鉄則です。
新人研修の際には、業務項目を100%列挙した「教育チェックシート」を作りましょう。新人スタッフとトレーナーが各自1枚ずつ携帯し、1つ教えたらお互いに各項目へチェックを入れていくだけの、ごくシンプルなものです。
シートの作り方は簡単。作業を細かく分解して、箇条書きにしてリストにしましょう。例えば、トイレ掃除の仕事リストなら下記のようなイメージです。
□手洗い台を拭く | □シンクを洗う | □鏡を拭く |
□石鹸の補充 | □ドアの表面を拭く | □ドアの裏面を拭く |
□床のタイルを洗う | □タオルを変える | □便座を拭く |
□トイレットペーパーの交換 | □芳香剤の交換 |
このシートは、新人の教育時だけに限らず、ベテランスタッフたちの記憶違いや我流になったやり方を正す意味でも有効です。また、全員が同じリストを使うようにすれば、教え漏れがなくなり、人によってサービスの内容やレベルが大きく変わることも防げます。
新人研修中は、上記の「教育チェックシート」に沿いながら、どんどん仕事を覚えてもらいましょう。なお、教え方にもポイントがあります。それは、行動を理由とセットで教えること。「そこでお辞儀をするように」などと指示しても、理由がわからないと“やらされている”という気持ちになりがちだからです。
例えば、「商品の発注では、欠品を起こさぬよう数量管理を徹底する」と教えるとしましょう。そのとき、「発注は、お客様をファンにすることと、売り上げを作るための下地を作る大切な仕事です」と伝えた上で、「ある人が来店した時に、もし欠品が3回続けば二度と来店してもらえません。すると店舗の利益が減り、あなたのお給料を上げることもできなくなります」と理由を説明します。こう聞けば、スタッフも自分がしている仕事の意味と重要度を理解できるはずです。
教え終わった項目は、スタッフに各自でノートにまとめてもらいます。これが、困った時の助けとなる「自分だけのマニュアル」(セルフ・マニュアル)になるのです。
通常、接客業では本社から店舗用の分厚いマニュアルが配布されているケースが多いようです。しかし、対応を急いでいるスタッフに、分厚い冊子を調べる余裕はありません。結局、店長や周りのスタッフにSOSを出すことになり、私がオーナーを務めたコンビニではマニュアルは無用の長物でした。
一方、業務を習った後、自分用のマニュアルをまとめておくようにすればどうなるか? 彼らは何か問題に直面しても、自分のノートを見て一人で対処するようになります。すると、店長は店をスタッフに任せることができ、じっくりと今後の営業戦略を練ったり、キャンペーンについて考えたり、店舗の課題解決に動いたりする時間を持てるようになるのです。
また、一度教えたからといって彼らを放置せず、定期的に抜き打ちで実技チェックも行いましょう。仕事に慣れて、我流に走りがちなベテランスタッフも、同様にこのテストの対象者です。
「なんと手間のかかることを……。それ、ホントに効果あるの?」と思う方もいるでしょう。ご想像のとおり、100%の業務を教えるには時間も労力もかかります。事実、私の店舗では週に3日程度、1日3~4時間というスパンで、約1カ月の期間を教育に費やしていました。
もちろん、私の店舗も最初からアルバイトの定着率が高かったわけではありません。それどころか、オープン当時の最短定着時間は、なんと4時間。「おはよーございやーす!」から始まって「お疲れっしたー!」と元気に帰っていった彼は、二度と戻ってきませんでした……。そこから経営やマネジメント、教育などを猛勉強し、定着率を伸ばす方法を試行錯誤した結果、100%完璧に教えるスタイルに行き着いたのです。
定着率が安定した時、お店を構成するスタッフは大学生が8割で、入学時から卒業時まで勤めあげてくれるのが普通になっていました。同時に、接客のクオリティが評価され、最寄りのコンビニを通り過ぎてまで来店してくれるお客さんも増加しました。最終的には、神戸を代表する大手ホテルの支配人が、定期的に店舗の様子を探りに来るようになったのです。これはさすがに予想外でしたが、接客のプロに注目されたことは、アルバイトスタッフにとっても自信になったのではないかと思います。
また、求人に困ることもなくなりました。たまに募集をかける時でも、店頭にチラシを貼れば、「ベビーカーを押していたら、店員さんが飛んできてドアを開けてくれた。私もこんなお店で働きたい」「私と同い年くらいのスタッフが、丁寧な接客をしていることに憧れた」と、明確な志望動機を持って応募してくれる人たちが現れたのです。これらはすべて、100%の教育から生まれたいいスパイラルです。
提供:インテリジェンス「an report」
http://weban.jp/contents/an_report/index.html
岡本文宏 /Okamoto Fumihiro
商店専門ビジネスコーチ
メンタルチャージISC研究所代表。1990年、大手婦人服チェーンに入社し、バイヤー・店長を経験。2003年に大手コンビニFCオーナーに。従業員の平均在籍期間で該当地区平均の4倍以上を実現。2005年にFC契約を解消し、ビジネス・コーチング会社メンタルチャージISC研究所を設立。全国 100社以上の顧問先企業に“小さな組織の人”に関する問題解決メソッドを提供し、成果を上げている。新聞・ラジオ出演多数。著書に『仕事をまかせるシンプルな方法』などがある。