仕事内容を明確化・限定して雇用契約を結び、処遇を行うジョブ型雇用が脚光を浴びている。職務に応じて報酬を決めるという観点からいえば、戦後にアメリカから導入された職務給、バブル崩壊後の成果主義に基づく職務給に次ぐ第3次のブームである。
今般のブームの背景には、ワークライフバランスへの対応、グローバル化に伴う賃金体系の統一、デジタル人材等の優秀な人材の獲得、コロナ禍によるテレワークの普及などがある。“解雇以外は何でもあり”のメンバーシップ型雇用では、これらに対応するのが難しいというわけだ。
ところで、何か新しいことを始めようとする際、できない理由を列挙して自ら動こうとしない人は「評論家」とか「官僚的」と呼ばれ、よい印象を与えない。それを承知の上、今回はあえてジョブ型雇用で懸念されるリスクを指摘したい。現在の日本企業に向かない理由と言い換えてもよい。
あらかじめ断っておくが、筆者はジョブ型雇用が絶対にダメと言っているのではない。ジョブ型雇用にも大きなメリットがある。ただ、指摘するリスクを承知の上、あるいは回避できるとの判断の上で、ジョブ型雇用に取り組んでほしいということだ。
さすがに、ブームだからと言って飛びつく経営者はいないと思うが、表面的なメリットに気を取られてなんとなく導入するような場合は、限りなく失敗の可能性が高いと認識すべきである。導入するのであれば、これまでの人事制度の考え方を根本的に変える覚悟で臨まなければならない。
それでは、懸念されるリスクを指摘しよう。
1.多くの社員の賃金は上がらなくなる
ジョブ型雇用では、ポストと社員の賃金がリンクする。ここでいうポストとは職種・地位・仕事内容を指す。当然ながら会社のポストには限りがある。たとえば、人事部長は1人でよい。部長と同レベルの仕事をする専門部長というのは、表現上はありえても実際にはない。つまり、ポストが空かない限り昇進できない。ということは賃金も上がらない。
2.チャレンジよりも安定が大切となる
日本は労働市場が発達していない。それでも若くて優秀な人は他社に活路を見いだせるだろうが、そうでない社員は、会社に居続けることになる。しかも、たとえ成果を上げてもなかなか上には進めない。ただ、大きな失敗をすると降格となったり、退職を迫られたりするので、リスクを取らず、目の前の業務をソツなくこなすことが重要となる。そのような社員が大量に発生する。
3.人事異動ができなくなる
メンバーシップ型は、会社の命令により配置転換や転勤ができたが、ジョブ型雇用ではNGとなる。もちろん同じ職種であれば、勤務場所の変更はありうるが(契約にもよるが)それほど多いケースではないだろう。異動ができないということは、多様な経験を持つジェネラリストを育成できないということだ。経営者の多くは、自身が多様な経験を積んできたケースが多い。そのため、ジェネラリスト信仰が強い傾向があり、役員や部門トップには複数の部門経験者を求める。そのような経営者好みの人材がいなくなってしまう。
4.限られた仕事しかしなくなる
ジョブ型雇用では、職務記述書を作成し、そこに書かれた業務を各人が遂行することなる。言葉を換えると、職務記述書に示された業務だけをすればよいということだ。基本的に評価は決められた仕事を適切に遂行したかでなされるので、範囲外の余計な仕事をするインセンティブは働かない。メンバーシップ型のとき以上に限られた仕事しかしなくなる。仕事が細分化されている大企業であればまだしも、何でも屋が求められる中小企業で支障が出ないか。そもそも、これだけ変化が激しく、仕事内容も多岐にわたる時代に有効な職務記述書を作成できるのか、という問題もある。
上記のリスクを回避するためには、「日本的なジョブ型雇用」が生み出されるだろう。メンバーシップ型との折衷型だ。
たとえば、ジョブ型でも厳密にポストに基づいた運用はせず、必要に応じてポストをつくる。つまり、課長ポストがない場合は、専門課長ポストを用意する。
人事異動に関しても、できる限り契約したジョブに限定するよう配慮するが、状況に応じて異動させることもありうるとする。社員としても、転職のリスクを取るよりは自社にとどまったほうがよいので、大半は渋々ながらもそれに同意する。
職務記述書に関しても、「その他●●業務に付随する業務」「上司が指示した業務」などの条項が入り、実質的に骨抜きになる。また、評価は仕事の遂行度だけでなく、取り組み姿勢や意欲なども対象とする…。
このような“ジョブ型雇用もどき”が出現する可能性が高い。いや、すでに出現していると考えるのが妥当だろう。
冒頭でジョブ型雇用が求められる背景を述べたが、ブームで終わらせるわけにはいかないほど事態は切迫しているのも確かだ。今回は少しシニカルにジョブ型雇用をとらえたが、実際のところその必要性は高い。日本型のジョブ型雇用がどのような形になるのか注目している。