2019年4月から施行された高度プロフェッショナル制度(脱時間給制度)だが、導入企業は皆無に近いようだ。5月20日の毎日新聞によると、導入後1ヶ月で適用を受けた労働者はわずか1人だけであることが厚生労働省への取材でわかったとのこと。また、5月5日の産経新聞では、主要企業へのアンケートで、導入する考えがあると回答したのは1%と報じている。1%といってもアンケート対象企業は116社なので1社だけのようである。
4月2日の日経新聞では、時価総額上位50社にヒアリングをしたところ、制度創設時の導入はないものの、JTや日立製作所、ソニーなどが導入を検討していると報じている。導入を考える企業はあっても、大半は様子見であることがうかがえる。
施行前から、導入する企業はほとんどないだろうと指摘されてきたが、その理由は導入のハードルが高く、導入しづらいからだ。高プロ制度がなぜ導入しづらいかをあらためて整理してみたい。
まずは、対象業務が5種類に限定されていることである。それも「金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務」など、かなり特殊なもので、多少とも一般的なのは「新たな技術、商品又は役務の研究開発の業務」くらいである。事実上、金融やコンサル、メーカーしか該当しない。加えて、「使用者から労働時間やスケジュールなどに関し具体的な指示を受けないもの」と仕事の仕方も制限されている。
続いて、対象労働者の年収要件が1075万円以上と非常に高いことである。対象業務をクリアしたとしても、多くの労働者がここで除外されるはずだ。管理職クラスであれば1075万円を超えるかもしれないが、管理職であればそもそも労働時間規制の対象外なので、高プロ制度を適用する意味があまりない。違いとしては、高プロ制度にすれば管理職も深夜労働規制がなくなるくらいだ。
また、その1075万円も”確定額”であり、業績に応じて変動する賞与や手当、不確定の残業代などは含まれない(ただし、支給が確実に見込まれる最低保障額は含む)。昨年度の年収が1075万円あったからといってクリアできる要件ではないのだ。非管理職でこれを満たす労働者がどれだけいるかである。
国税庁の平成29年民間給与実態統計調査によると、年収1000万円以上は民間給与所得者の4.5%である。これには役員を含むので、年収1075万円以上の労働者となれば3%を下回ると思われる。さらに、賞与等の未確定部分抜きでこれを満たすとなれば、おそらく2%を切るのではないだろうか。そのうち、非管理職ということになれば、最終的には1%未満になると予想される。
さらに高プロ制度を導入したということは、年収1075万円以上の社員がいることを内外に示すことにもなる。一般的には、あまり知られたくない情報だろう。
その他にも、労使委員会を設置し(労使協定ではダメ)、
・健康管理時間の把握
・休日の確保(年間104日以上、かつ、4週間を通じ4日以上の休日)
・選択的措置の実施(勤務間インターバルの確保、健康管理時間の上限措置、1年に1回以上の連続2週間の休日付与、臨時の健康診断のいずれか)
・健康管理時間の状況に応じた健康・福祉確保措置(医師による面接指導等)
などを決議したうえで、労基署へ届出なければならない。さらに、運用状況の6か月ごとの定期報告義務も課されている。
もう1つ指摘したいのは、現行の裁量労働制である程度対応できることである。金融商品の開発、証券アナリスト、研究開発は、現行の専門業務型裁量労働制でも対応でき、こちらの方が運用は簡単である。現行の裁量労働制も決して使い勝手がよいとはいえないが、高プロ制度に比べればマシということだ。
元はと言えば、裁量労働制が使いづらいために、労働時間規制の枠を完全に外す高プロ制度を設けたはずなのだが、高プロ制度はもっと使いづらいため、仕方なく裁量労働を続けるという企業も多くなりそうだ。
結局のところ、外資系金融機関のトレーダーやアナリスト、大手メーカーや技術系ベンチャーの研究専門職といった分野での導入に限られそうである。まあ、“高度プロフェッショナル”向けの制度なのだから、当然といえば当然のことで、多くの労働者への適用を期待するのがそもそも誤っているのかもしれない。