以前、ある会社員の方から年次有給休暇の件で相談を受けたことがある。家庭の事情で年休を申請したところ、「この忙しいのに無責任だ!」と上司から叱責され、自分の年休の取り方に何か問題があったのかという内容だった。
非は全面的に上司にあるのだが、このような不合理な目に合っている方も多いのではないだろうか。原因は上司の年休に対する理解不足ということに尽きる。今回は年休の取り方や会社側の対応についてポイントを整理してみたい。
まず確認しておきたいのは、労働基準法上、労働者が年休を取得する権利は相当に強力ということだ。
その1つが労働者の時季請求権に対する使用者の時季変更権である。
労働者が年休の申請をしたとき、会社は、「事業の正常な運営を妨げる場合」に限って取得時季を変更することができる。ここで「事業の正常な運営を妨げる場合」とは、年休を取る日の仕事が業務運営に不可欠であり、代わりの労働者の確保が困難な状態をいう。
判例では、具体的判断基準として、事業の規模、内容、当該労働者の担当する作業の内容、性質、作業の繁閑、代行者の配置の難易、労働慣行等諸般の事情を考慮すべきとしている。 このうち、特にポイントとなるのは「代行者の配置の難易」で、代替要員が確保できるのであれば、時季変更権は行使できないとされる。
そうなると、今の時代、多くの企業はぎりぎりの人数でやっており、代行要員の確保などできないため、時季変更は可能ではと思うかもしれないが、慢性的な人手不足は「事業の正常な運営を妨げる場合」には該当しないとされている。そのような理由で代替要員の確保が難しいからといって、時季変更権の行使はできないのである。
これ以前の問題として、会社は労働者が年休を取得できるよう、勤務予定を変更したり、代替勤務者を確保したりするなどの配慮が求められ、このような努力をしないで、時季変更をすることは認めらないという点にも注意が必要である。
労働者の側から言えば、会社がそのような配慮をできるよう、早目に申請しておくことが大切となる。直前の申請では、会社側が配慮しなくても、そのことに対する不備の指摘はできない可能性があるからだ。
また、年休をどのように使用するかは労働者の自由である。会社は、取得理由によって、休暇を与えたり、与えなかったりすることはできない。
さらに、年休を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取り扱いをすることもできない(労働基準法136条)。これ自体は努力義務であるが、最高裁の判例でも、年休取得に対する不利益な取り扱いは、その趣旨、目的、労働者が失う経済的利益の程度、年休取得に対する事実上の抑止力の強弱などを考慮して、年休権の行使を抑制し、労基法が労働者に年休を保障した趣旨を実質的に失わせる場合には違法になるとしている。
ところで、いったん認められた年休が、その後時季変更されることで、社員に損害が発生する場合もある。このとき、もしその変更が不当であるときには、会社が損害賠償請求責任を負わなければならないケースも出てくる。
判例では、不当な年休の時季変更により旅行をキャンセルすることになった労働者に対し、会社にキャンセル料の支払いを命じたものもある(「全日本空輸事件」大阪地1998.9.30)。
冠婚葬祭や受験など、社員の立場からすると時季変更をされると困る場合もある。そのようなときには、休暇日の業務運営に大きな支障が出ないよう、社員の側で仕事を前倒しで進めておくことや、同僚・代替者への引き継ぎをしっかりしておくこと、上司等にどうしても休まなければならない旨の理解を得ておくことなど、事前の準備・調整を可能な限りしておき、「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当しないようしておくことが大切となるだろう。
また、こういったことをスムースに進められるよう、日ごろから積極的に他者を支援したり、互いに協力し合う雰囲気を職場で醸成したりしておくことも重要と考えられる。
いろいろと書いたが、結局のところ、仕事もプライベートも大切であり、そのために互いに配慮し合うという意識が浸透している職場であれば、年休取得に伴うトラブルが起きる可能性は低いはずである。