2014年04月11日
リーマンショック以来、IT業界は非常に厳しい状況にある。ユーザー企業の投資額は縮小され、SE単価は下落し、ここ5年間の倒産件数は約1,000社を数える。2012年度は過去最大の212社が倒産している。これらの企業の多くは、SEの稼働率を維持するために、下請けの仕事を安く請け負っていたというケースが多い。そもそも受注時に収益が確定しないのがシステム開発のビジネスである。
無理して安く受注すると要件が膨れた時に柔軟に対処できない。ユーザーと交渉して追加費用をもらうことができなければ、要員を増加できないので、時間外の作業で対応させざるを得ない。時間外手当を全て支給していると、会社は倒産してしまうので、会社側は上限を設定して、超えた分は代休消化というルールを用いているケースもかつては存在していた。そんな企業はここ5年間ですっかり淘汰された。生き残っている企業のほとんどが監督署の厳しい指導を受けて、残業手当は全て支払っているようだが、経営者が利益を確保する上では非常に厳しい制約である。これはIT企業に限った話ではなく、あらゆる業種に当てはまるであろう。経団連からはもう5年以上も前から一部の職種に対して労働時間を撤廃する“ホワイトカラー・エクゼンプション”の導入が求められている。これに対し、厚生労働省は裁量労働制を拡大する方向性を示している。“だらだらと長時間働くよりも、生産性を上げて短時間で成果を求めていかなければ国際社会で勝ち残れない”という危機感を抱きつつも、そこは労働者を保護するのが厚生労働省の役割、いきなり労働時間の撤廃はハードルが少々高すぎるということだろうか。では、裁量労働制の導入状況はどうであろうか? 厚生労働省の調べによると、平成24年度における“みなし労働時間制”全体での導入企業の割合は11.9%。IT業界(情報通信業)においては25%の企業が導入しており、全業種で一番導入の比率が高い。それでも、専門業務型裁量労働制になると、導入比率は14.2%にとどまっている。さらに導入企業のうち、適用されている社員の比率は7.9%に過ぎない。これは、情報通信業で働く社員のうち1%程度にしか適用されていないということになる。厚生労働省は、システムズ・エンジニアとシステム・コンサルタントに対して、専門業務型裁量労働制の導入を認めているが、実際に適用されている人はごく僅かということだ。昭和の時代に導入されたこの制度、なぜこんなにも導入が進んでいないのか? 就業規則を大幅に変えるということは、IT業界の人事部長さんには少々荷が重いのかもしれない。実際にIT業界の人事部長を対象にセミナーを実施してみたが、ポジティブな質問はほとんど出てこない。ネガティブな質問に全て解決策を提示しても、アンケート結果は全て“将来的には検討したい”である。避けては通れないテーマなので情報収集は必要であるが、結局はできない理由を探しにきているに過ぎない。“代休残を全て清算しないと移行できない”、“勤務の実態と合っていない”、“監督署が厳しくて認可がもらえない”、“残業代を召し上げられると社員に勘違いされる”、などである。代理で出席された30・40代の主任・課長クラスの方々の方がよっぽどポジティブである。彼らは明らかに今のやり方に限界を感じ、大きな危機感を抱いている。もちろん人事部長さんも、全員が全員やる気がない訳ではない。実際に監督署と喧々諤々やった結果、導入を断念したという方もおられる。
前述のできない理由は、全てもっともらしい理由であるが、全てにおいて解決が可能である。リスクを負いたくない人事部の人達と話していると、ひとつの問題を解決してもまた新たな問題が発生する。要はやりたくないのだ。改革に痛みが伴うのは当たり前のこと。でもこの問題に正面から立ち向かっていかないと生き残っていけないのが今のIT業界である。
外資系を見てみるといい。裁量労働制とインセンティブは当たり前のように運用されている。私は外資系企業に営業職として15年勤務し、日本企業の営業人材育成に10年携わっている。その中で外資系企業と日本企業の営業力の違いを痛感している。競合下の土壇場のせめぎ合いになると、日本企業の営業は決まって“XXX万円値下げしますから決めて下さい”と最後のカードを切ってくるが、外資系の営業は決してそんなアプローチはしない。トップを動かしてでも、社内外のリソースを総動員してでも高く売ろうとする。なぜならば、安く売ると自分のインセンティブが少なくなってしまうからだ。どれだけ売っても賞与は会社と一蓮托生の日本社の営業と、売れば売っただけ自分の給与に直結する外資の営業の動機付けの差は歴然だ。外資系の営業利益率はほとんどが10%以上。対する日本企業はいいところ5%程度である。この第一線の底力の差が企業の収益力の差に明確に表れているということだ。ただし、全て外資系のマネをしようと言っているのではない。そういう部分も取り入れていかないと外資系企業と互角以上に戦っていけないということだ。
働き方や給与体系をガラリと変える裁量労働制とインセンティブの導入。こんな改革は余生を静かに送りたい人事部長に期待しても所詮無理な話であろう。しかしながら、経営者の方針に一番忠実なのも人事部長である。経営者の方針が明確であれば、人事部長も重い腰を上げるだろう。
改革に必要なのは、経営者の決断とリーダーシップに他ならない。
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