人事を変える集合知コミュニティ HRアゴラ

異なる言語・マーケットによる勘違い、すれ違い

0

2014年08月21日

マーサー ジャパン株式会社    年金コンサルティングコンサルタント      キャリック ケン

  手に汗を握る展開に思わず息をのむ。次の瞬間ブルース・ウィリスは爆発音とともに宙に舞い、57歳とは思えない見事な反射神経でその場をやり過ごした。危機一髪を乗り越えた直後にブルースはかっこいいセリフを放つが、スクリーン右側の字幕は少し違う台詞になっている。

「翻訳」を広辞苑(第5版)で引いてみると次のように出てくる:
(1)ある言語で表現された文章の内容を他の言語になおすこと。
(2)[生] 蛋白質の生合成で、メッセンジャーRNA上の塩基配列を読みとり、その情報に対応するアミノ酸を選んでペプチド鎖を合成する過程。遺伝情報が蛋白質の構造として発現する過程の第2段階。皆さんが思い浮かぶのは言語の置き換えという意味の(1)だと思うが、翻訳家はその過程で複雑・分かりにくい言葉を一般的な表現に直すこともある。先ほどブルースが放ったセリフも翻訳者は英語のセリフを日本語に変換するのと同時に、直訳に違和感があった場合、別の表現を検討し最終的な字幕を決めている。今となっては翻訳者の高いスキルを理解できるようになったが、昔は単なる誤訳としか見ていなかった。私は物心がついたとき既に日英のバイリンガルとして育っていたが、映画のみならず日英の翻訳を見たり読んだりするときはよく違和感をもった。英語を聞いたときに脳が連想するイメージ・経験・意味などが、日本語の翻訳を読んだときに感じるものと異なっていたので当時はよく混乱した記憶がある。しかし最近は字幕を見る際「この英語の表現は日本語にすると分かりにいので翻訳者はあえてこの字幕にしたのかな」と、字幕の選定プロセスを推測できるようになった。このとき私は以下の図Aのような見物者となる。

それまでは気がつかなかったことも、見物者となって初めて気がつくようになった。有名なところでは「Yes/No」と「はい・いいえ」の使い分けは日英で異なる。「Didn’t you go upstairs?」と聞かれたとき回答は「No I didn’t」と「Yes I did」となるが、日本語で「二階には行かなかったのか?」と聞かれると「はい、行きませんでした」と「いいえ、行きました」となる。また、和製英語にも言語間の違いが多く見受けられる。「ドライブイン」は日本語では駐車場付きの施設(サービスエリアなど)を指すが英語では自動車に乗ったまま入れる映画館を指す(Drive-in theater)。日本語の意味での「ドライブイン」を英語にする場合は「Drive through」もしくは「Drive thru」となる。私はマーサーの年金コンサルティング部門にいるが、海外の人に日本の年金制度を説明する機会が多い。日本とアメリカ、両国の話を聞いたり説明していたりすると、実に多くのことに気がつかされる。仕事において実際に経験した言語間の勘違い・すれ違いについて話したいと思う。 

勘違いのケーススタディ:確定拠出年金制度は英語で「Japanese 401k plan」?

海外の人事・財務の担当者と話すときは必ずと言っていいほど日本の「確定拠出年金制度」について聞かれる。ご存知の方は多いと思うが、確定拠出年金制度は企業年金の一種で、会社からの拠出額を原資に、社員が運用を行う制度である。英語ではDefined Contribution Planと呼び、頭文字をとって「DC制度」と呼ばれている。海外ではこのDC制度が企業年金の定番で、グローバル企業の場合は特にそうだが、DC制度導入をポリシーとして掲げるところも少なくない。

日本のDC制度はアメリカのDC制度「401kプラン」が基になっていると言われている。そのため導入された2001年当時は新聞でもよく「日本版401k」という表現を使った。

しかし海外人事・財務の担当者に日本のDC制度を「just like 401k plans in the States(アメリカにある401kプランと同じ)」と説明してしまうと、大きな誤解につながる可能性がある。実は日本とアメリカのDC制度は根本的な構造に違いがある。先ほども書いた通り、日本のDC制度は「会社からの拠出額を原資に運用を行う」制度であるが、一方でアメリカのDC制度は従業員の拠出が根本にある(アメリカでは「マッチング拠出制度」に基づいて会社からの拠出が行われる)。

日本でも従業員拠出は2012年1月に解禁されたが、依然として会社からの拠出が制度の中心にある*。そのためアメリカの担当者とDC制度について話をしていても、実際には違う制度を思い描いて話をしている可能性が高い。

そのため私が海外案件で特に意識しているのは、この手の勘違いを避けるようにコミュニケーションを行うことである。日本の制度について説明する時もそうだが、資料も誤解がないように注意して作成することも重要である。直訳に見えてもそうでないことがあるため、その可能性も考慮して説明すれば勘違いを避けることが出来る。

 

すれ違いのケーススタディ:会社の年金制度の給付水準、金額ベース、それとも%?

先ほどの話でもあったように、海外にはDC制度が多い。掛金額も「給与の何%」という形で決められているケースが多く、そのためよく海外の人事・財務からは「日本の年金制度のマーケット水準は何%なのか?」と聞かれることが多い。

各社に「給与の何%を退職金にあてていますか?」とサーベイを行いマーケットの水準を得られるが、事はそう単純ではない。

日本の場合、最終給与比例やポイント制を導入している退職金制度が多い(DC制度やキャッシュバランスプランが認められてからは減少傾向)。これらの制度は勤続年数・年齢・社員区分などによって増加する退職金の額が変動するため、「一年の退職金の増加額は給与のX%」のように、給与に連動した一つの%に落とし込むことが困難である。

そのため日本の退職金の水準を比較したい場合は、「モデル退職金カーブ」**を使うことが多い。

多くの会社のモデル退職金カーブを集めることが出来れば、自社の退職金がどの程度の水準であるかが分かる。この手のグラフは日本の方には抵抗なく理解していただけるが、海外の人に説明するのが意外と難しい。海外の方から給付カーブを見せた後でも「なるほど、それでこの場合は何%の制度になるの?」と聞かれる。つまり同じ「年金制度の給付水準」の話をしようしているにもかかわらず、日本では給付カーブ、海外では給与の何%という形で議論が進み、一向に話がまとまらない。そんな時、私は「経験や感覚ではだいたいX%~Y%がマーケット水準である」など、海外の方が理解しやすいように説明し、この手のすれ違いを解消している(実際にはX%の制度がどのような給付カーブを描くか、先方の給与モデルを使い細かい分析を行う)。とはいえ、サーベイ結果として「日本の給付水準はX%です」と言えたほうが海外とのコミュニケーションがスムーズに進む。マーサーが昨年実施した退職給付サーベイでは、この「何%」のマーケット情報の算出を試みた。いろいろな制度があるため、前提等を置く必要があったが、今までできなかった「マーケットはX%です」という説明ができるようになった。今年も実施する退職給付サーベイにご興味がある方は是非こちらの詳細ページをご確認いただきたい。長々と退職金の話をしたが、年金のみならず、高い専門性を使う場合はこの手の勘違い・すれ違いは起こり得るので、海外の方とプロジェクトをする際はご参考になればと思っている。※本記事は2013年5月時点の記事の再掲載となります。

 

マーサー ジャパン株式会社   年金コンサルティング  コンサルタント   キャリック ケン

hr_tokushu_author_photo_113_2S61TRマーサーにおいて国内外企業の退職給付債務計算や退職給付制度改革、年金ALM等に参画。
退職給付サーベイを担当。
ニューヨーク大学院数学専攻修了。

この記事はあなたの人事キャリア・業務において役に立ちましたか?

参考になった場合はクリックをお願いします。