もう30年以上も前になるが、学生時代に教材の訪問販売のアルバイトをしたことがある。夏の真っ盛りのちょうどこの時期のことである。
住宅街を1件1件飛び込みで回り、契約を取ってくるという仕事で、精神的にも肉体的にもとにかく大変だったことをよく覚えている。
給与は確か、固定給1日2千円プラス1件の契約につき6千円というような条件だった。ただし、固定給については2週間仕事を続けないともらえない決まりで、ほとんどの人は契約も取れず2・3日で辞めてしまうので、結局はタダ働きということになった。
今考えればこのような給与の仕組みは明らかに違法なのだが、当時はそのような知識はなく、「営業のアルバイトなど、こんなものだろう」という認識しかなかった。
仮に疑問を持ったにしても、ネットなどない時代だったので、せいぜい親や友達に聞いてみるというくらいしか調べようもなかった。
情報ツールが発達し、企業のコンプライアンス意識も高まった現在では、このような「ブラックバイト」は影をひそめただろうと思っていたが、どうも違うようだ。
昨年11月に厚生労働省から公表された「大学生等に対するアルバイトに関する意識等調査」によれば、筆者のような過酷な条件ではないにしても、ブラックな経験をした学生は多数いることがわかる。
具体的には、学生1,000人が経験したアルバイト延べ1,961件のうち 58.7%が、労働条件通知書等を交付されていないと回答した。労働条件について、学生が口頭でも具体的な説明を受けた記憶がないアルバイトが19.1%であった。
また、48.2%(人ベースでは60.5%)が労働条件等で何らかのトラブルがあったと回答した。
トラブルの中身は、シフトに関するものが最も多いが、「労働時間が6時間を超えても休憩時間がなかった」「準備や片付けの時間に賃金が支払われなかった」「割増賃金が支払われなかった」「実際に働いた時間の管理がされていない」など、労基法違反と考えられるものもある。
業種別では、居酒屋や個人経営の飲食店など、小規模が想定される事業が目立つが、ホテルや結婚式場、チェーンの飲食店など、比較的規模の大きそうな企業でも違法と見られる行為があった。
世間ではブラック企業が問題視され、労働法規の遵守が叫ばれているが、まだまだ多くの企業には浸透していないようだ。
最大の要因は、やはり企業側の意識だろう。
正社員と違って、学生アルバイトだからいい加減な対応をしていることも考えられるが、そのような考え方自体がすでにアウトといえる。
トラブルの内容を見ると正社員にも該当しそうであり、使用者としては、それくらいは当然と思っているかもしれない。いわば確信犯である。
学生側にも知識不足の問題があると思うかもしれないが、今どきの学生の労働法に関する知識レベルは結構高い。
上記調査で、「法律で決められている労働条件に関して、あなたが知っていることは何ですか」という質問に対して、
・都道府県単位ごとに「最低賃金」が定められており、アルバイト代はその額を下回ることはできない(64.1%)
・アルバイトでも、1日の労働時間が6時間を超える場合は45分、8時間を超える場合は60分の休憩時間を与える必要がある(56.5%)
・事業主は、アルバイトを雇い入れる際、業務内容、労働時間、賃金などについて、書面で明示する必要がある(47.5%)
という項目が上位に挙がっている。
最近では学生への教育が進んでおり、関心も高いせいか、予想以上に高い数値を示しており、社会人に対して同じ質問をしても、結果はそれほど変わらないのではないだろうか。
このように学生たちは一定レベルの知識をもっている。企業としては、それを前提にアルバイト採用を考えなければならない。
労働条件通知書に不備があるからといって、即ブラックバイトになるわけではないが、入り口をきちんとしておくことで、学生の印象は随分とよくなるはずである。人手不足を嘆く前に、まずはやるべきことをしっかりとやる必要がある。